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『 お母さんと朝ご飯です(2) 』

 

 

 〈エルダー・テイル〉

 MMO-RPGのタイトルのひとつ。ユーザー数は、全世界で2000万人を超え、最大規模のネットゲームだといっていい。

 ゲームの内容は、〈冒険者〉となって異世界セルデシアで生きていくというもの。いわゆる剣と魔法のファンタジーというやつで、様々な怪物モンスターたちと戦っていくことになる。



 リーチェはそんな〈エルダー・テイル〉での、カエデの操作するプレイヤーキャラクターだ。

 メイン職業は施療神官クレリック。サブ職業が魔杖使いワンドマスター。レベルは限界上限カンストの90。

 小さな身体に白いローブと青い鎧をまとって、身長より長い両手杖を振るい、凶悪なモンスターに挑む勇敢な姿は、カエデのお気に入りである。

 また、幼いころのカエデの髪型と同じツーテールの黒髪に、黒真珠のようなつぶらな瞳は、その可愛らしい容姿にぴったりで、彼女は自画自賛ながら可愛くて仕方が無い。





 そんな、カエデにとっては自慢のキャラクターであるリーチェだったが、モミジの指摘されたとおり、高難易度ソロクエスト『王者への挑戦』をクリアできずにいた。


「その様子だと、ダメみたいね。

 まあ、それもしょうがないでしょうね。リーチェは、単独行動ソロプレイに向いているようで向いていないから。

 回復職だから火力足りないだろし」


「それはその通りなのですけれど……」


 食後のコーヒーを飲みながら言う、モミジの無責任な言葉に、いじけた声を上げるカエデ。



 確かに、リーチェのメイン職業であるクレリックは、ソロプレイにあまり向いていない。

 回復職というカテゴリのひとつであるクレリックは、仲間の傷を癒すことを得意としていて、攻撃をするのは得意では無いのだ。

 ソロプレイで大事なのは、プレイヤーが倒れる前に相手を倒せるかどうかだ。いくらダメージを癒すことが出来ても、相手を倒せるだけのダメージを与えることが出来なければ勝てない。



「お母さんにだけは、言われたくないのですよう」


 けれど、リーチェがクレリックになったのは、ゲームを始めたときに、母たちから『今、回復職が足りないのよ。クレリックをやってくれないかな?』とお願いされたからである。

 だから正論であっても、素直にうなずけない。思わず、上目でじーっと睨んでしまう。

 けれど、きっと肝心のモミジは、そんな細かいことなど覚えていないのだろう。実際、なぜ彼女がそんな風に睨むのかわかっておらず、どうしの? と不思議なそうな顔をしている。



「なんで、私だけは言っちゃダメなのよう。

 ってわかったわよ、そんな目で見ないでよ。

 ほら。あれよ、あれ」


 リビングに差し込む朝日で、カエデの瞳は青く照らされている。

 それがじんわりと涙を浮かべ始めたのをみて、あわててモミジは、話題を変えることにした。

 彼女は、万事行き当たりばったりなのである。


「どれです?」


 素直に話に乗ってきた娘に、内心『本当に素直でいい子』と褒めながら、モミジは急いで考える。

 そしてひらめいたフォローを、笑顔で娘に告げた。



「ええ~と~。そうそう、ほら、サブ職業のおかげで、他のクレリックよりは戦えるわけだし」


 だが娘の表情は、ぴしりと凍りついた。モミジは、己のフォローが失敗したことを悟る。


「それは、その通りですけれど……」



 ワンドマスターは、魔杖マジックワンドというのアイテムを使うことに特化したサブ職業である。

 マジックワンドとは、一種類の特技魔法を使うことができる、消耗型の魔法の道具マジックアイテムのひとつなのだが、あまり効果は高くなく、また職業による制限もあった。


 だが、ワンドマスターは、専用特技〈杖道ワンドウ〉によって、あらゆる種類のマジックワンドを使いこなせる。

 また、その効果を変化、強化、拡大化などをする特技を使うことで、マジックワンドの性能を二倍にも三倍にもすることが可能だ。

 それらの特技を使うことによって攻撃魔法が苦手なクレリックでも、妖術士ソーサラーのように強力な攻撃魔法を撃つことができる。まさに戦闘向きのサブ職業といえた。



「その分、お金が無くなりますのです」



 ただし、マジックワンドは、使用回数が決められており、使い切ると壊れてしまう。おまけに、マジックワンドは、けして安いアイテムではない。

 さらに、ワンドマスターの特技を使うと、その使用回数を通常より多く使ってしまう。つまり、強化したりするとあっという間に杖が壊れるのだ。

 結果、マジックワンドで強力な攻撃魔法を撃つということは、お金を撃っているようなものになる。そして調子に乗って使いまくれば、あっという間に財布はからっぽになってしまうのだった。


 もちろんリーチェも例外ではなく、いつも家計は真っ赤である。

 カエデが嘆くのも当然だった。



「そりゃあ、リスク無し、コスト無しで強かったらゲームバランス壊れるからね。

 しょうがないわよ。『仕様』ってやつね」


 さっきまで、ワンドマスターのお陰で強いといっていたのに、今度はそのコストの重さが当然といい始めた、モミジ。

 他人事のようにいう彼女に、カエデは悲しくなってくる。


「その『仕様』を説明しなかったじゃないですかー。

 便利だからって、お勧めしたのは、お母さんなのです。

 ちょっとは責任感じて欲しいのですよう」



 リーチェがワンドマスターになったのも、モミジの巧妙な誘導な策略にはめられたからだ。


 当時9歳のカエデが、日本のアニメ〈魔法本気少女マジまじガールまぎマギ〉を大好きだったのを利用し、『ワンドマスターってかっこいいのよ。まぎマギみたいに、いろんな魔法を使えるの。ね? 素敵でしょ』とささやいたのである。

 無邪気な少女だったカエデは、その言葉を信じて、リーチェをワンドマスターへ転職させる契約をしてしまったのだ。


 本当の理由が『パーティに足りない魔法を補えるて、便利そうだったから』ということを、カエデが知ったのは、それから4年後の日本へ留学する時だったりする。



(はあ……。よく考えると、ボクはお母さんのせいで苦労しているのかもです。

 お母さんの大丈夫は、いつも当てにならないのですよう。勢いばっかりなのです)


 当時を思い出して、カエデは心の中でため息をついた。



「もうっ。なによ、文句ばっかり。

 そんなに不満なら、転職してサブを変えるなり、メイン職業を変えてキャラクターを作り直すなり、好きにすればいいじゃないっ」


 だが、そんなため息などモミジはわかりはしない。それどころか、あんまりカエデがいうものだから、逆切れ気味に怒り出した。

 もちろん、そんな理不尽な怒りをぶつけられて、カエデもむっとした表情になる。


「文句があるのは、お母さんの無責任な正論になのですー。

 リーチェには、文句なんか無いのです。クレリックもワンドマスターも気にいっているのです。

 それに作り直しなんかしたら、リーチェが消えちゃうのです。

 そんなの、ぜーったい、嫌っ、なのですっ。

 ボクはリーチェが大好きなのですっ」


「ほ、本気で言ってないわよ。

 泣かなくてもいいじゃないの。もう~。ほら、涙吹いて。

 だいたい、そんなに嫌なら、最初から文句言わなければいいでしょうに」


「あううー」


 言い返す言葉が思いつかないカエデは、せめてもの抗議をこめて、じっとモミジを見つめる。

 そんな視線を笑顔で受け止めて、母はあっけらかんと話を続けた。


「そんな顔しないの。

 リーチェを消して欲しくないのは、私も同じ気持ちよ。

 あの子は、カエデにそっくりだし、〈エルダー・テイル〉での私たちの娘そのものだしね。

 それにしても……」


 カエデのほっぺをぷにぷにと突っつくモミジ。


「成長したカエデを想像して設定コンフィグして作成とはいえ……ここまでそっくりに育つとは思わなかったけれどね」


「そ、そうかな?」


 大好きなリーチェに似ているといわれて、少しだけ機嫌をなおしてしまう単純なカエデ。


「まあ、胸と目の色だけは似ていないけれどね。

 ……背は伸びなかったけれど、そこだけは豊かになっちゃって」


「それは、お父さんのせいですっ」


 父親の金色と、母親の黒色がまざった淡褐色ヘーゼルの瞳を吊り上げる。

 どうせなら、目の色も同じだったら良かったのにとカエデは、ことあるごとに思わずにはいられない。


 育ちすぎた胸も、英国人の血のせいに違いないのだ。母のは、とても慎ましいし。

 もちろんリーチェのは、小柄な体にちょうどいいサイズでバランスが取れていて、とても可愛い。



「まあ、そんなことをお父さんブライアンが聞いたら、泣いちゃうわよ?」


「あう……。それは嫌です。ナイショにして欲しいです」


 父親が泣いてしまう姿を想像してしまったカエデは、あわてて前言を撤回した。

 娘にとても甘い彼は、カエデの一言にいつも派手に一喜一憂するのである。お父さんを泣かせてしまうのは、カエデの本意ではない。

 なお、母の一言は、どんなものでも常に喜ばせてしまうのだけれど。



「しょうがないわね。黙っておいてあげるわ。

 私もブライアンの涙は見たくないしね。

 旦那様を泣かしていいのは、私だけなんだから、娘にも許さないわよ」


「許してもらっても困るのです」


 元々泣かせる原因を作ったのは母だというのに、何故自分が許してもらうことになるのだろう? とカエデは心の中でため息をつく。



(よく考えると、お母さんが、お父さんをいじめるようなことを言うわけないのです)


 モミジは、わざわざ英国まで来て結婚するほど父にべたぼれしている。

 既に結婚して20年目を過ぎているというのに、この両親は、現役バカップルなのだ。いつも仕事に出かける父に、母はキスをしているし、月に一回は娘を置いて二人でデートに行ってしまう。


(ま、それでも寂しいって思ったことは無かったのですよね)


 思い出すと、デートに行ったとき以外は、常にどちらかがそばに居てくれた気がする。いや、そのデートに行ったときでさえ、出先で何かお土産を買ってきてくれたものだ。

 誕生日にはいつもお祝いしてくれたし、休日は夜まで一緒にゲームで遊んでくれた。


(っと夜まで〈エルダー・テイル〉をするのは、単に二人ともゲーマーだからでした)


 そんなことを思ったりもするが、それでもやっぱりそれは嬉しいことなのだ。

 日本に行ってみたい、と言った時にもすぐに許してくれた。その後で色々条件をつけられたけれど。


(……わかってはいるんです。

 無責任でいつも勢いばっかりなことを言うけど、ちゃんと話を聞いてくれるし、大事にしてくれているのです)


 今だって、元々寝坊したカエデが悪いのだ。それを頭ごなしに叱ったりはしないで、ちゃんと理由を聞いてくれた。その後で色々脱線したけれども。





 カエデが一度目を閉じて、深呼吸をするのを見て、モミジは彼女が落ち着いたのを確認する。


(本当に、カエデちゃんは手間がかからない娘よね。誰に似たんだか)


 なので話を戻して、この件を締めくくることにした。

 手にしていたコーヒーカップをテーブルに、ことんと置いて、ちょっとだけ叱っている顔を作る。


「おっと、話がそれちゃっていたわね。

 理由はわかったわ。納得も出来るし、気持ちもわかる。

 でもね、やっぱり寝坊はダメよ」


「ごめんなさい」


 カエデは今度は素直に謝る。

 けれど、モミジの言葉はまだ終わっていなかった。



「だから……今日で決着つけなさい」


「はい……え?」


 つながりが解らなくて、返事した後に首を傾げてしまった。

 そんな娘に母は、笑顔でウィンクをする。


「カエデちゃんのことだから、もうそろそろ勝つ方法見つけているんでしょ?

 だから、今朝までその準備をしていたのよね。見込みが無いのに、無茶することなんてしないし。

 でもね、これ以上寝坊されても困るのよね。

 だから、今日で勝っちゃいなさい」


 さっきまで、厳しいだのなんだのと言っていたのに、こんな風にさらっと言って欲しい言葉を言ってくれる。


(ずるいですよね。まったく。

 普段は横暴なのにこんなときだけ……。だから嫌いになれないのですよ、もう)


 カエデもこんな風な大人になれたらと、いつも思う。

 けど、まだまだカエデは子供でしかない。だから今は、精一杯自分を励まして、強気の言葉で答える。


「任せてです」


 今日こそは、あの巨大なミノタウロスを倒してみせる。


(大丈夫。リーチェとならきっと出来るです)



 決意を新たにしたカエデは、席を立ち部屋へ行こうと、リビングのドアへ向かう。

 モミジは、そんな頼もしい背中に娘に、一言告げた。


「あ、ゲーム部屋へいく前に、食器の片付けよろしく」


 振り向いて、仕切り窓越しにキッチンを見ると詰まれた食器や鍋の山。


「って、流しに昨日の夕食の分そのままじゃないですか!?」


 やっぱり、ちゃらんぽらんな母親だと、カエデは呆れるのだった。

 

 

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