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『 お母さんと朝ご飯です(1) 』

 

 

 カエデ・ルイスは、イギリス人の父親と日本人の母親の間に生まれた、日系英国人だ。

 母親ニホン譲りの、黒く長い髪と幼い顔、それに150cmに届かない背。

 父親イギリス譲りの、淡褐色ヘーゼルの大きな瞳に、豊かな胸。

 それらが交じり合ったオリエンタルな少女の容姿といえる。


 一時期、母の実家にホームステイをしていたこともあったけれど、英国生まれの英国育ち。

 けれど、日本大好きな父親と、生粋の日本人の母親だけが一緒に住む家族だったためか、あまり英国淑女レディらしさはない。どちらかというと、日本の中学生と言った方が彼女のイメージにしっくり来るだろう。


 だが、見た目に騙されてはいけない。

 彼女は、これでも19歳。ロンドンの大学に通う立派な女子大生なのだから。

 そう少女と呼ぶには、微妙に辛いお年頃なのである。





 さて、賑やかに起こされたカエデが、リビングに来ると、白いテーブルの上には、既に朝食が用意されていた。

 味噌汁に白いご飯。焼いた切り身の鮭に、ほうれん草のおひたし。もし、ラジオからロンドンの天気予報が流れていなければ、どう見ても日本の食卓そのものにしか見えない。


「おはようです」


 英国のモーニングを、日本の朝ご飯にした張本人、母親のモミジにあいさつをしながら、カエデは向かいの椅子にちょこんと座る。

 微妙に足が付かないことにも慣れた。


「おはよう、おねぼうさん。

 飲み物は、お茶でいいわよね?」


「はいです」


 モミジが、カエデのお気に入りのマグカップ差し出す。

 その温かさを感じながら彼女は、カップを受け取った。五月とはいえ、まだまだロンドンの朝は寒い。


「「いただきます」」


 母娘おやこは、手を合わせて日本式の食事のあいさつをする。これは、ルイス家の習慣だ。



「今日は、トーフとワカメのミソスープですか」


 さっそく、カエデは、木の碗からスプーンで茶色のスープをすくい、おいしそうに食べ始める。


「カエデちゃん、味噌汁は、碗から直接すするのがマナーよ?」


「いやですよう。それが癖になって、みんなに笑われたのです。

 ここは英国なんだから、スプーンでスープは飲むのです」


 モミジが、ちょっとだけ眉間にしわを寄せて、カエデに注意するが、彼女はそ知らぬ顔で、スプーンを口に運ぶ。

 だが、次の言葉でその動きが固まった。


「そんなこと言うと、明日から味噌汁無しにするわよ?」


「あう!? そ、それは嫌です」


「じゃあ、碗から飲みなさい」


「うー」


 しぶしぶ、スプーンを皿に置いて、味噌汁をぐぐーっと口付けで飲む、カエデ。

 でも、しぶしぶだったのが、あっという間においしそうに飲み始めるのだから、彼女も現金なものである。





「それで、夜に何をしたの?」


「ぶっ!?」


 とうとつな問いかけに、口に含んだ味噌汁が飛び出しそうになった。

 だが、19歳の乙女には、そんなはしたないことは許されない。必死に堪えてごくりと喉を鳴らして飲み込んだ。


「何をって何をなのです?」


 多少咳き込みながら、カエデは、あわてて問い返す。さっぱり質問の意図がわからない。

 そんな慌てる娘とはうらはらに、のんびりと焼き鮭の身を箸でほぐしながら、何故わかんないかな、というニュアンスを込めてモミジは、答えた。


「だーかーらー。〈エルダー・テイル〉のことよ。

 カエデちゃんが、朝に起きれないほど、夢中になってやるなんて理由があるに決まってるでしょ?

 何かレアアイテムでも見つけたの? それとも期間限定のイベントとか?

 教えなさいよ~。抜け駆けは、許さないわよ~。

 ど~う~な~の~よ~?」


 きらきらと子供のように目を輝かせながら、モミジ(39歳・娘有り)が詰め寄ってくる。

 と同時に、ほぐした鮭の身をご飯に盛り付けてお茶をかけて、鮭茶漬けを仕上げていた。


(娘と母親は、親友に近い関係になりやすいとは、よく聞くけど……。

 さすがに、これはボクの家だけと思いたいものです)


 一緒に出かけると姉妹に間違われるカエデは、心の中でそんな母親の振る舞いにため息を付く。

 もちろん彼女の中で、姉妹扱いされるのは母親の言動が子供だからだということになっている。


(でも、どう答えようです……。

 そのまま言うのは、恥ずかしいですし)


 味噌汁碗をテーブルに置きながら、ちょっとだけ考える。

 考えたけれど、良い言い訳も思いつかない。なので適当にごまかしてみることにした。

 やっている事は隠すような悪いことではないのだから。


「そ、そういうのは、無いのですよ。

 ちょっと、その、えっと……

 ほ、ほらもうすぐ追加パックが導入されるですよね?

 マップとか出現モンスターとか変わっちゃうですから。その前のアイテム回収なのですよ。

 ちょっと欲張っちゃって、寝坊しちゃったのです。

 だからお母さんが気にしなくてもいいと思うですよ?」


 焼き鮭をフォークとナイフでほぐしながら、なんでもないのですよ、と普段どおりに振舞って答えてみせる。

 彼女は心の中で名演技に喝采を自分で送った。



「うそね」



 でも、一秒で見抜かれた。


「私がいったい何年、母親をやっていると思っているの?

 カエデちゃんが、そんな下らない事で、寝坊するような無理をするわけがないじゃない。

 ううん、違うわね。とっくに必要な分のアイテムは集め終えているはずよ。

 だから、そんなありきたりな理由じゃないわ。

 そうね、そうよね。

 単にお金が稼ぎたいとか、レアアイテムを探しているじゃないわ。そんなつまんないことじゃない。

 となると……ははーん」


 モミジの顔に、悪い企みがひらめいた時の笑みが浮かぶ。またはワイドショーを見ているときの顔かもしれない。

 カエデはいやな予感がしてきた。


(もしかしてばれていたのです?

 まあ……ばれても困ることは無いのですが……)


 沈黙するカエデに向かって、自信満々にモミジは言い切った。



「お、と、こ。でしょ?」



「あう?」


 出てきた答えが予想外すぎて、思わず首を傾げてしまうカエデ。

 そんな娘のことなど気にしないで母の推理は続く。


「ゲームで出会った憧れの王子様に何かを差し上げるために、クエストをやっているんでしょ?

 しかも、その急ぎようからみて、日本でしょ。日本にいる男でしょ。

 三日後に日本へ留学するものね。それに間に合わせようってわけだ。

 さすが、私の娘ねー。私と同じで健気なんだからっ。

 でも、男に貢ぐような女は感心しないわよ。いい女だったら男の方から寄ってこさせないと。

 あーでも、ままならないのが恋なのよね……。旦那様に出会ったときの私がそうだったわ……。

 というわけで。どう? どう? ずばり、正解でしょ?」



「えええ~~~!?」



 カエデは、おどろきの声をあげた。

 外れだからじゃない。だいたいあたりだからだ。

 ちがったのは、「男」ではなくて「仲間」であり、貢ぐような相手も貢いでくれる人もいないってことくらいだ。



 カエデは、中学生の間の三年間、日本へ留学したことがある。そのときに、〈エルダー・テイル〉の日本サーバーの街〈アキバ〉で出会った仲間たちのことだ。

 まだ友達どころか知り合いさえいなくて、心細く寂しかった時に、温かい居場所を作ってくれた大事で大好きな仲間たち。



「ち、ちがうですよ。ほ、ほら、〈アキバ〉の……」


「え? 違うの? あの子達なの?

 名前なんだったかしら……。ルーグ君とソウジロウ君は、覚えているんだけどね。個性的な子だったし」



 モミジは、彼らに会った事は無かった。けれど、娘からのメールに良く書いてあったので、それなりに知っている。

 特に、シニカルな癖に、根っこの人の良さでトラブルに巻き込まれやすい、ルーグという暗殺者アサシンと、誰にでも優しく出来る天然ジゴロという、ソウジロウという武士サムライの子の二人のことは、あったらすぐにわかるだろうと思えるほどだ。

 同時に、彼らの間には、恋愛関係がさっぱり無かったことも良く知っていた。



 カエデは、そんなモミジの感想など気がつかずにうんうんと頷く。


「そうです。そうなのです。

 プレゼント、というわけではないのですが、会う前に手に入れたいアイテムがあるのですよ。

 この場合は、倒したい相手、かな?」


 娘の恥ずかしがりながらも嬉しそうに話す様子を見て、母親はため息をふかーくついた。


「それにしても……はぁ……。

 そうか~。男じゃないのか~。年頃なのに……。なんでこんな風に育っちゃったのかしら」


(それは、間違いなくお父さんとお母さんを見て育ったからだと思うのです)


 ゲーマーな両親に育てられた割には、まともだと自負しているカエデは心の中だけで返事を返す。


「素材は、悪くないのになぁ……。

 背はちっこいけど、それはそれで需要はあるはずだし、胸はぼよんよんだし」


「胸は関係ないですっ。あ、背も関係ないのですよっ」


 モミジの視線から胸を隠すように両腕で押さえる。はみ出しているけど。


「何よ、そのポーズは?

 ぺったんこな母に対するあてつけなのかな!?」


「お、お母さん? 本気でちょっとこわいですよ?」


 笑顔のまま怒りを表すモミジに、ちょっと泣きそうになりながらぶんぶんと左右に首を振り全力で否定する。


「まったくもう。

 男なんて、おっぱい星人なんだら、もみゅっと揉ませてあげれば、イチコロよ。イチコロ」


「も、もませるなんて、は、はれんちですっ」


 カエデのさっきとは別の意味で赤くなった顔を見ながら、モミジは、もう一つため息をついた。


「あーあー。

 胸が大きいことを恥ずかしがるようじゃ、娘の春は、まだまだ遠そうね……。

 孫の顔を見れるのは、いつになるのかしら……」


「孫って……ボクはまだ19なのですよ?」


「ならあと一年ね」


「お母さんと一緒にしないで欲しいです」


 母モミジは、20歳の時に結婚してカエデを生んでいる。

 父と出会ったのが、〈エルダー・テイル〉の中というあたりが、この夫婦のゲーマー具合をあらわしていたけれど。



「それで? その子達のために、遅くまでプレイしてたの?」


「みなさんのため、というわけじゃないのです。

 その、どちらかというと、ボクのため……というか、あの、いいところ見せたいっていうか……」


 中学の卒業と同時に帰国してから、4年も経っている。

 〈エルダー・テイル〉が大好きで、いつも全力で楽しんでいた彼らは、きっと一流の〈冒険者〉として今でも活躍していることだろう。



 だが、自分はどうだろうか? 彼らに対して引け目を感じないだろうか?

 カエデには、そんなことを考えてしまった。

 こうすれば十分なんていうラインがあるわけじゃない。でも胸を張って会うことが出来る何かが欲しかった。ちょっとだけ、いいところを見せたいと思った。

 だからカエデは、留学が決まってから三ヶ月の間、少し特殊なクエストに挑戦していたのだ。自信を得るために。



 その挑戦しているクエストは、『王者への挑戦』という。

 内容自体は、シンプルで牛頭鬼・王者ミノタウロスチャンピオンを一人で倒せというものだ。

 ただし、その挑戦権を得るためにはいくつかの小さな試練をクリアしなければいけない。


 その試練をクリアするために、カエデは連日遅くまで〈エルダー・テイル〉をしていたというわけだった。



「というわけなのです」


「ふーん。なんていうか……お子様ね、カエデちゃんは。

 男なんかに興味ないわけだ」


 お茶漬けを食べ終わったモミジは、食後のブラックコーヒーをすすりながら、説明を終えたカエデに気のない返事をする。


「お子様じゃないです。来年は二十歳になるのですよ。立派な成人、大人なのです」


「つまり今はまだ子供ってことじゃない」


 子供そのものな文句を言う娘を、母は容赦なく言い負かす。

 もっとも英国では、成人の年齢が違ったりするのだが、モミジはあえて指摘しない。なぜなら、その方がカエデの反応が楽しいからだ。



「そ、それは今は関係ないのですっ」


「それじゃ、話題を戻してあげましょう。

 その『王者への挑戦』だっけ?

 有名なクエストだから聞いたことあるわ。あれって単独ソロ専用のクエストでしょ? でも参加条件がややこして面倒で挑戦者の心が折れることも多いらしいじゃない。しかも、ボスの強さはパーティランクに匹敵するそうだし。

 ソロクエストの中でも屈指の難易度ってことで有名なのよ?

 カエデが……というか、“リーチェ”でクリアできるの?」


 モミジは、ずばりと指摘してきた。

 カエデは、頷くことが出来ない。

 そう、既に何度も失敗していた。だからこそ徹夜することになったのだから。

 

 

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