『 ボクは冒険者リーチェです 』
明るかった月が山陰に隠れ始める。暗かった森が、さらにその黒を濃くしてく。今までさえ、明るかったのだと気がつかせる。
光だけではない。音もまた急に静かになっていった。
コツコツ。
そのことを意識し始めたゴブリンシャーマンは、落ち着きなくしきりに杖で地面に横たわっている岩を突いていた。わずかでも音を鳴らすことで、静けさを否定しようとしたのかもしれない。
ぎょろりと大きい、世界を蔑む瞳で、じっと部下たちが向かっていた森の奥を睨む。だが、そこから松明の明かりはひとつも見えない。ひとりたりとも、戻ってこない。
コツコツ。
ゴブリンシャーマンは、隣にいる巨大なオスの方をちらりと伺う。担ぎ役の者まで、森の中の探索に借り出してしまったため、地面の上におろしたみこしに、どっかりと座り込んでいた。
相変わらず、酒瓶を傾けている。それのふてぶてしくも頼もしい態度は、この程度の騒ぎなど気にかける価値も無いと、言っているかのようだった。
コツコツ。
変わらないボスの様子に、安心してゴブリンシャーマンは、ふう額に浮いた汗を拭った。
人間たちを、追いかけたままいつまでも、戻らない部下たち。きっと、玩具にして弄ぶことに夢中になっているのだろう。そうに違いないと、自分に言い聞かせる。
だが、それは森の奥から現れた者によって否定された。
杖をつく音とは異なる、硬い音が耳に届く。それは、ブーツが地面をしっかりと踏みしめる音だ。部下のゴブリンたちの足音ではない。
シャーマンは、誰何の声をあげる。そして、隣に明り精霊を呼び出して、森から出てきた何かを、照らし出そうとした。
そこには、人間の少女がいた。自分たちと変わらない大きさだ。きっと子供なのだろう。
だが、その雰囲気は子供のような脆弱さや無邪気さを感じさせない。
身に纏っているのは、白い衣装に青い鎧。黒くて長い髪を、歩くたびに揺らしている。だが、何より異様なのは、その瞳だ。
森の中では、黒かったはずなのに、こちらへ一歩ずつ歩いてくるたびに、茶色、青、そして金色と変えていく。それにあわせるように、まとう雰囲気も穏やかだった風から、夏の嵐へと変化していった。
「ボクは、リーチェです。冒険者のリーチェです。
人間の領域から、出て行ってくださいです。
もし、残るというのなら……倒しますですっ」
最初に自分たちに対して、ちょっかいをかけてきた、あのメスだ。
臆病にも、震えながら棒を振り回す、覚悟も根性も無い小さき者だったはずだ。だからこそ、部下たちに任せたのだ。あんな小娘など、すぐに狩れると。
だが今目の前にいるメスは、別人だ。まるで、あれでは、長い長い時を戦い抜いたかのような、豪傑のようではないか。
ギシ。
ゴブリンシャーマンは隣からみこしが軋むのを聞きつけて慌てて振り向く。
そこには、静かに立ち上がり、手に斧を構えるゴブリンチーフの大きな姿があった。その顔には、先ほどまでの酒のものとは、違うものに酔っている。
ギラギラと目を滾らせる。べろりと舐めた口元には、残忍な笑みが浮かび上がる。戦い、それも強敵との戦いの予感によっていた。
森中に届けといわんばかりに、咆哮があがる。
それに負けないといわんばかりに、甲高い叫びがあがった。
ゴブリンシャーマンは、慌てて杖を構えて意識を切り替えた。
自分たちこそが、刈られる側だということを。いたぶる為ではなく、奪う為ではなく、生き残るために、戦わなくてはいけないのだと。
チーフの斧と、メスの盾が激しくぶつかり合い、決闘が始まる。
◆
闇が深まった森の中、精霊が照らす光の下で、少女と怪物たちがぶつかり合う。
ガイィィィンッッ
打ち合わされた、斧と盾の間に火花が散り、甲高い金属音の余韻が長く長く響く。
リーチェの目の前には、ふたりのゴブリンだけが立っていた。
ひとりは群れを率いるボスであろう、ゴブリンチーフ。
もうひとりは、その参謀らしいゴブリンシャーマン。
(予想よりもレベルが高いのです!?)
カエデは、アイコンに表示された数値を見て、内心驚く。せいぜい高くても30くらいだと思っていたのだが、シャーマンでも40。チーフにいたっては60を超えている。ゴブリンとしては、破格の高さだといっていい。
「でも、牛頭大鬼・闘技王よりも……弱いですっ」
引いていた右足を前に踏み出し、腰をひねる。肩をいれて、その勢いを右腕に伝えていく。
勢い良くモーニングスターが振るわれた。
鉄球はオレンジ色の流れ星となって、巨大なゴブリンチーフの胸板にめり込む。
(与えたダメージは大体400。減った割合からHPは6000くらいですね)
唸り声が怪物から漏れた。それは痛みを堪えるものではない。
「危ないですっ」
すかさず、その隙に左足に力を入れて、後ろに少しだけ下がる。ぱっと、黒い髪の毛が目の前を舞った。前髪が少しだけ、チーフが自棄になって振るわれた斧に切られたのだ。
だが、HPバーは減っていない。ならば、問題はないと、カエデは判断する。
「もう一回っ」
今度は、右に回りこむ。そして盾を前に突き出して、相手の視界を防ぎながら、今度は膝を狙ってモーニングスターを振るった。
ゴキュリ、と肉と骨が潰れたかのような、鈍い音が響く。ゴブリンチーフのHPバーが短くなっていく。
だが、そんな音をたとえ立てても、足は折れたりしない。ゴブリンチーフは、殴られた足でしっかりと地面を踏みしめて、勢い良く小さな頭を目掛けて斧を振り下ろした。
カアァァン
再び盾から、火花が散る。先ほどまで広場で、ゴブリンを倒していた動きでは無い。まるで攻撃が来るのを横から見ていたかのように、盾を上に持ち上げている。
いや、今の彼女には見えているのだ。
(視界が違って操作しにくいなら……慣れている視界を作ればいいのだけです)
ゴブリンたちは気がついていないが、リーチェの後ろや、左右の上空に小さな球体たちが浮いている。〈魔法使いの眼〉という魔法で作られたものだ。
宙に浮かぶこの瞳が、写した映像はリーチェの視角に小さなウィンドウとして表示されていた。
(発想としては、車についてるバック用の後部カメラですが)
これによって今のカエデは、リーチェの姿を、モニターで見ていたのと同じように確認できる。本来の視角では、ゴブリンチーフの巨大な体と自分の持つ盾で隠れてしまう。離れてみる視点を得ることで、それの死角を補ったのだ。
「見えてますです」
盾を左に傾けて、斧をずらす。そのまま体をさらに右へとずらして、ゴブリンの横へと回り込む。そして再びモーニングスターを叩きつけた。
一方的な戦闘だった。いまや、カエデはリーチェの能力を引き出しつつあった。まだ、身体を使った入力こそ不安定だが、魔法のタイミング、攻撃と防御の切り替え、相手と自分の位置の調整など、すでにゲームと同じようにできつつある。
だが、この世界は、ゲームの〈エルダー・テイル〉は違うのだ。
突然、ゴブリンチーフの体が緑色の輝きに包まれた。それは、魔法がかけられたことを示すエフェクトだ。減っていたゴブリンチーフのHPバーが元の長さへと戻っていく。
「か、回復魔法です!?」
リーチェは悲鳴のような声をあげてしまう。ありえなかった。少なくても、カエデの常識ではありえないことが起きていた。
(ゴブリンシャーマンは、攻撃魔法しか使わないはずですっ。だいたい、こんな風に連携して戦うルーチンなんて、ゴブリンには、組み込まれて……あ!?)
気がつくと、目の前に斧がせまっていた。避けようと思うよりも早く、激しい衝撃が胸を襲う。
ガバァアァン!
激しい音が鳴り響く。青い破片が、舞う。胸を揺らしながら、リーチェの身体は大きく後ろへと仰け反り、倒れていった。
「ぐっ、はっ!」
背中を激しく堅い地面にぶつける。息が一気に押し出された。思わず痛みで閉じたまぶたを、わずかに開くと、馬乗りになり斧をさらに振るう、ゴブリンの巨体が目に入った。
「うあっ」
リーチェは、身体をひねり右へと転がった。背中から地面を掘り起こすような、音が響く。
(くぅ……っ!?)
そのまま三回転ほどして距離をあけて、すばやく身体を起こす。だが、膝をついたところで、追いつかれる。ゴブリンが、唸り声をあげながら、斧を大きく振りおろした。
高い音が響く。
鋼がぶつかり合う。今度は盾が間に合ったことに、リーチェはほっと胸を撫で下ろす。
だが、チーフは、そのまま逃がすつもりはない。盾の上から斧を押し付けてきた。
リーチェは、盾の裏に右手をグーで当てて両手で支えて抵抗する。
「ぐぐぐ……っ!?」
レベル90とはいえクレリックでは、ゴブリンチーフの怪力を押し返せない。必死に堪えるだけで精一杯だ。
(油断した……いえ、勘違いしていたです……っ)
必死に歯を食いしばりながら、視線を動かしてステータスをチェックし、魔法の眼でゴブリンシャーマンの動きを注視する。
(ここは、ゲームじゃないのです。相手だって……ちゃんと考えて、必死に行動してくる……っ)
ゲームでは、好戦的な性格として設定されていた、ゴブリンシャーマン。だが、魔法の眼でみえた、ゴブリンは忠実な部下として、チーフを援護しようとしている。気がつかなかったけれど、強化魔法もきっと使っているはずだ。
(まずい、かもです。
ゴブリンシャーマンの動きが魔法攻撃職じゃなくて、回復職のです)
仲間と連携したときの強さは、カエデは良くわかっている。それこそが冒険者の強みであり、楽しさであり醍醐味だ。ひとりでは不可能な事を、可能な事へと変える。
(それに、ブルーメイルが砕けたです……。これじゃ攻撃に耐えられないです)
カエデは、忘れていたのだ。ミノタウロスによって、鎧が壊されていたことを。秘法級と呼ばれるレアアイテムだっため、消滅こそしなかったが、張りぼて状態だったのである。今まで、回避が上手くいき、ダメージを受けてなかったことも災いした。
結果として、先ほどのダメージをまともに受けてしまって、HPが2割ほど減ってしまっている。
(やってしまいました……)
ぎりぎりと盾と斧で押し合う。食いしばる歯から息が漏れる。それでも、カエデは静かに考えていく。勝つための方法を見つけるために。
(このままでは負けますです)
ミノタウロス戦とは、反対のような立場になっている。リーチェがダメージを与える量よりも、シャーマンが治す量の方が大きい。そして、回復している間もチーフは、リーチェのHPを削ろうと攻撃を続けてくるだろう。
避けれないわけじゃない。だが、全部を避けれるわけでもない。おそらく後4回、多くても5回も攻撃を受ければリーチェのHPは0になってしまう。
(ジリ貧です……。ってこんなことばかりですね、最近は)
いっそゴブリンシャーマンも魔法で攻撃し始めてくれれば、勝ち目はある。ひたすら守りを固めて、シャーマンのMPが尽きるのを待てばよいのだ。
だが、シャーマンは回復に専念している。リーチェの攻撃力の低さでは、シャーマンのMPが回復で尽きる前に、チーフに殴り倒されてしまう。
もし、アサシンのように一撃で、回復する暇も無いほどの大ダメージを、与えれることができれば、シャーマンのMPがいくら残っていても、チーフを倒すことが出来るだろう。
「う、う、うぐ」
ゆっくりと膝をずらして、身体を少しずつ盾の下から動かしていく。
ゴブリンチーフも、逃がさないように位置を変えようとするが、斧が盾から滑りそうになり、動けないでいた。
(回復役から倒すのがセオリーですが……。
シャーマンを狙うのも、難しいです)
シャーマンの位置が悪い。リーチェがシャーマンへと移動しようとしても、チーフがジャマできるような場所へと、移動しているのだ。回復職のお手本にしたいくらい見事に。
「だからって、諦めないですよっ」
リーチェはずらした盾を一気に引いた。支えが無くなった斧が、いきおいよく振り下ろされる。その瞬間再び、盾を構えて体ごと体当たりする。
ちょうど斧を振り下ろすために、下がっていたゴブリンチーフの頭部へと、景気のいい音を立てながら盾がヒットした。
「ボクは、冒険者なんですっ。ボクが、リーチェなんですっ。
諦めるなんて、かっこ悪いこと、できないのですよっ」
すかさず、跳ねるように後ろに飛んで立ち上がり、盾とモーニングスターを構えなおす。
チーフも二、三度、顔をさすると、ゆらりと身体を起こし、斧を横へと構えた。
シャーマンは、リーチェからの魔法の射線が通らないように、すかさずチーフの後ろへと回り込む。
(とはいっても、どうするです?
レベルが低いとはいえ60もあると、閃光も殆ど通じないでしょうし……)
ミノタウロス戦で使った方法も、有効ではない……そう考えたときに。唐突にひらめいた。
(そうですっ。めがねの人が得意だった、あの魔法をつかえば……)
だが、それではダメだとすぐに気がついた。あの魔法だけでは足りない。
「あと、一歩いるのです」
カエデは、悩みながらも動きを止めない。
あの魔法を使うために、マジックワンドを取り出そうと、アイテムメニューを視線だけで開く。
そこの並んだ名前の中に、足りない一歩を見つけた。
「これなら……。いや、やってみるのですっ」
リーチェは、モーニングスターをしまい、魔法の鞄から取り出したマジックワンドに持ちかえる。
その様子を見て、ふたりのゴブリンは警戒したのだろう。今までの動きとは、うって変わってリーチェの周りをゆっくりと歩き始めた。まるでライオンが獲物を狙うかのように。
(盗剣士じゃないボクには、この方法しか思いつかないのです)
リーチェは、ひとつだけ深呼吸をする。カエデは、思いついた作戦を確認していく。
(……上手くいくかどうかは、五分五分、くらいでしょうか。
50%もあるのなら、悪くない賭けですね。
この世界に、この判定が存在していないことを祈るのです)
ヘーゼルの瞳と魔法の眼をつかって、周囲を歩きうかがうゴブリンチーフたちを見据える。
いつでも動けるように、だらりと力を抜いて次の動作に備えた。
(必要な手順は、三つです。それをシャーマンが気がついて魔法を発動する前に完了させるのです)
チーフがリーチェの左へと回りこんでくる。
やがて、リーチェの視線から盾がチーフの下半身を隠す。
「ひとつっ」
リーチェの叫びと、チーフの咆哮、そしてシャーマンの魔法の詠唱が重なった。
チーフは巨大な体を大きく屈めて、低い姿勢からダッシュをかけてくる。それは、盾の影に隠れた奇襲だ。
リーチェは、盾をシャーマンがいるほうへと放り投げた。驚いたシャーマンは、慌てて後ろに下がり、飛んできた金属の塊を避ける。
地面に盾が落ちて、音を立てた。
同時に、間合いをつめたチーフが斧を横から胴を、真っ二つにせんとばかりに、振るう。
リーチェはしっかりと目を開き、両方の足に力を入れてしっかりと立ち、それをむかえうった。
柔らかく重い音が響く。
小さな少女の体に斧が深々とめり込む。ゴブリンチーフの顔に、にやりと満足げな笑みが浮かんだ。手ごたえがしっかりとあったからだ。
(一撃は、一撃なのですっ。大丈夫、これだけで、HPは尽きませんっ)
「ふ、ふたつっ」
リーチェは、痛みを堪えてマジックワンドを振るう。取って置きの魔法をチーフへ向けて放った。
「〈魔杖威力最大化〉ッ。〈ソーンバイド・ホステージ〉ッ」
紫色の茨が魔法陣から出現し、チーフの体へと絡み付いていく。だが、それは〈ウィロー・スピリッツ〉のように動きを阻害したりしない。
ゴブリンチーフは、うっとうしい茨などに構いはしない。目の前で杖を振り回している少女を目掛けて、さらに斧を叩きこむ。
「ぐふっ」
リーチェは、斧の勢いに逆らわずにそのまま横へ吹き飛ばされる。そのまま地面を転がるが、でんぐり返りの要領で、すかさず膝立ちになった。
カエデの予定通りに、ゴブリンチーフとの間に距離が開く。
(気がつかれたです)
魔法の眼で、ゴブリンシャーマンが、唱えていた攻撃魔法を詠唱をキャンセルしている様子が見えた。間違いなく、急いで解呪の魔法を唱えるために。
「けれど、遅いですっ」
リーチェは、杖をほうり捨てて、空いた右手に再び鞄から、マジックワンドを取り出した。
そこに握られているのは、杖とは名ばかりの拳銃に似た、自動詠唱杖だ。
それを、右腰に添えるように構える。
ゴブリンチーフが、止めを誘うとリーチェの方へと駆け寄ってきた。だが、そのためには三歩必要であり。その三歩を埋める時間ですべてが決まる。
集中していく感覚が、カエデの時間を引き延ばしていった。
世界がゆっくりと動いていく。
「みっつっ。いけぇぇぇぇっ」
右の親指で、撃鉄を起こしてそのまま支える。
右の人差し指に力をこめて、引き金を引きっぱなしにする。
チーフが右足で地面を蹴った。距離は後二歩。
左手を広げる。そのまま左手を銃の後ろに持っていき、小指で親指で支えていたハンマーを抑えた。 右手の親指は、ハンマーからずらしてグリップを握る。
チーフが左足で地面を蹴った。斧を大きく振り上げる。距離は後一歩。
左手を銃身の方へチョップをするように動かす。
左手の親指が、ハンマーを押し上げて弾装を叩くっ。
銃声が森に轟く。
トリガーが引かれたままでチェンバーが回転する。
左手がチョップした勢いのまま手前へ引き戻された。ハンマーが左手の小指にひっかかり後ろへと引っ張られる。
そして再び左手が前へと動く。ハンマーがチェンバーを叩く。
銃声が消える前にさらに新しい銃声が重なった。
左手が前へ後ろへと踊るたびに、チェンバーが回り、ハンマーが戻され、叩く。
銃声が重なり、重なり、重なり、重なる
それは一瞬で奏でられた六重奏。
銃口から、六条の光弾が煌き、魔物を貫くっ
ゴブリンシャーマンは、詠唱の言葉を途切れさせてしまった。目の前で起きたことが信じられずに。
あのメスが、使った魔法はすぐにわかった。〈ソーンバイド・ホステージ〉。あの紫の茨についたトゲは、絡みついた相手が殴られるたびに、はじけてさらに傷を与えるのだ。
一回殴ることで二回ダメージを与えられるわけである。
シャーマンは、この魔法を警戒した。たとえ二回ダメージを受けても、彼の回復魔法を上回ることは、おそらく無い。だが万が一にも目の前の偉大なオスを、失いたくない彼は、その魔法を取り除くことを優先した。
あのメスの武器は、振り回して勢いをつけてから殴るものだ。解除する間に殴れても1、2回だろう、そう思っていた。
信じたくなかった。だが、目の前で起きていることが現実だ。
銃声が鳴るたびに、紫の棘がはじけて、偉大な英雄を傷つけていく。
銃声が鳴り止まない。血が飛び散るのが止まない。
シャーマンは、泣き叫んだ。銃声をジャマすれば、助かると言わんばかりに。
だが銃声はなり続けた。彼の命を奪い取るために。
やがて余韻を残して銃声が鳴り止む。鼓動が鳴り止む。
彼の英雄は、ゆっくりと後ろに倒れていく。大地へと横たわる。
一瞬で、ゴブリンチーフのHPバーは消えてしまっていた。
同時に彼の生きる情熱も消えたのだった。
光へと分解されて消えていくゴブリンチーフを見て、ゴブリンシャーマンはへたりと膝を着いて前に倒れる。もう、完全に戦意を失っていた。
「ボクの、ボクたちシャーウッド村の……勝ちなのです」
リーチェは、戦いが終わったことに、深く安堵した。
自分の格好を見ると酷いものだ。泥と、草の汁と、血でぐちょんぐちょんに汚れている。
きっと髪の毛にも色々ついて酷いことになっていることだろう。
だが、その格好を恥ずかしいとは、ちっとも思わない。
むしろ、誰かに見せて自慢したいくらいだった。
「ボク……少しは、胸をはれるほど強くなれましたでしょうか……」
〈アキバ〉にいるはずの仲間たちに問いかけように、東の空を見上げた。
フレンドリストが真っ白な彼女の言葉は、誰にも届かない。
それでも、仲間たちがよくやったと褒めてくれた気がした。
山の向こうが、濃い藍色だったのが、紫になり、オレンジ色に変わっていく。
「夜が、明けますです」
カエデは色が変わっていく空を見続ける。
「……会いたいのですよ。みんな……」
夜明けの光が眩しくて、涙が零れた。