『 アキバの思い出です 』
「ゴブども、こっちに向かって来てたぜ。
しかも、大量にだ」
空が赤く染まり始めたころ、戻ってきた狩人のロビンが、村長の家へ戻って最初に発した言葉が、これだった。
既に、避難の準備を終えて、リビングに再び集まっていた村の男たちは、いっせいにざわめく。
「あ、ああ神様……」
「くそっ。ようやく種まきも終わったばかりだっていうのに」
「俺のところ、子供が生まれたばかりなんだよ……。どうして……」
男たちは、畑のこと村のこと家族のことを心配し、訪れるだろう運命に悲嘆する。
「落ち着けっ」
ダンッというテーブルを叩く音と共に、鋭く頼もしい声が部屋中に轟いた。
一瞬で、ざわめきが遠ざかり、静寂に満たされる。
視線がいっせいに、テーブルにどっしりと座る、ひとりの老人に集まった。村長であるジェイムスに。
「すでにわかっていたことじゃ。なにも慌てることはない。
ウォレン、避難先の廃坑への荷物の運び込みは終わっておるのじゃろう?」
明日の天気を話すように、いつもどおりの調子で、ジェイムスは木こりのウォレンに話をふる。
ロビンの言葉で、放心していたウォレンはその言葉で、正気にもどり慌てて答えた。
「も、もちろんだ。食料も水も運び込んである。毛布とかも大丈夫……た、たぶん」
「そうか。短い時間でよくやったぞ。さすがじゃなウォレン」
ウォレンの不安交じりの言葉に、頼もしげに村長は頷いた。その様子をみて、村長がしっかりと頷くのなら大丈夫かもしれないと思い始める。
「ロビン、ゴブリンどもはどのくらいで村に来そうなのじゃ?」
「結構ゆっくりしていたからな。早くても今夜……真夜中あたりじゃないか」
「ならば、十分にみなで逃げる時間はあるという事じゃな」
ジェイムスとロビンのやり取りを聞き、集まった村人たちから安堵の声が上がる。
逃げられる。助かるのだと。
「みなのもの。よく聞くのじゃ」
ジェイムスは、ゆっくりと立ち上がり、部屋の中をぐるりと見渡しながら、力強く宣言する。
「わしたちは、今から炭鉱まで避難をする。そして、同時にを領主さまのところまで使者をだすのじゃ。
騎士団が来るまで、一週間はかかるであろう。じゃが、水も食料も十分に隠れ場所には運びこんである。
ゴブリンたちが倒されるまで、隠れていられる。じゃから安心するがええ。
みなで生き延びさえすれば、シャーウッド村はまた蘇るのじゃから」
「村長っ」
「村長っ!」
「そんちょうぅ」
先ほどまで満ちていた、不安が消えたように、男たちに笑顔が戻った。
「そうだ、そうだ。俺たちは荒地から畑を作ってきたんだ」
「麦は多少間に合わないかもしれないけど、他のなら間に合う」
「生きてりゃなんとかなるだよな」
そんな男たちに、ジェイムスは号令をかける。
「では、みなのもの。生きるために、みなで逃げるとしよう。
慌てなくてよいのじゃ。真夜中までには時間がある。
忘れ物が無いようにしっかりと確かめるのじゃぞ」
「大丈夫だ、村長。うちのかあちゃんとガキより大事なものは、ねー」
ひとりの男が上げた声に、どっと笑いが起こった。
不安であり、恐ろしかった。だからこそ、大丈夫だとみんな笑いたかったのだ。
ジェイムスは、微笑を浮かべてひとつ頷く。
「それでは、開始じゃ」
老人は、やせた手をパンっと打ち合わせた。 それが避難が始まる合図になり、男たちは村長の家を駆け足で出て行く。大事な人たちを連れて逃げ出すために。
◆
扉の外から廊下を走って外へ出て行く足音が響いてくる。
借りている部屋でカエデは、ひとりの男と向かい合って、ベッドに腰かけていた。
「えっと……フランクさん、その……」
目の前で椅子に座っている、日焼けしてがっしりとした体格の男はフランクといった。森を挟んだ隣村、レッドフィールドの人だ。そしてゴブリンに襲われて、この村まで助けを求めに来た人でもある。
その顔は、下を向いてしまっていてカエデにはうかがう事ができない。
「あまり、落ち込まないで下さいです……」
心情は穏やかではないことは、色々微妙な少女にもわかる。
自分の村を助けてもらうために来たのに、ここの村人たちは今、逃げ出そうとしているのだから。
だが、それは仕方ないことであり、合理的だとカエデは考えている。
無理なのだ。シャーウッド村の人たちでは、ゴブリンたちと戦うことは。
少なくても、カエデの知識と見た範囲の情報では、そう結論するしかない。
レベルと訓練の量が違いすぎる。相手は、奪い殺すことこそ職業としているモンスターなのだから。
「フランクさんは……十分にやったのですよ。頑張ったのです」
おそらく、目の前でうな垂れているフランクにもそれはわかっているのだろう。
だからこそ、ジェイムスに頼まれたとおり、この部屋でおとなしくしているのだ。
今、リビングにいれば、その姿が村人たちの目にとまり、不安を与えるだろうから。
「頑張っているのですよ。偉いのです」
「え、ら、い?」
カエデの言葉に、ピクリとフランクの肩が動いた。そしてゆっくりと顔をあげて、少女の目を見つめる。
その瞳は、赤く泣きはれてどんよりと曇っていた。
「何を言っているんだ、あんたは……。
えらいわけないだろ……。結局、俺はなにもできなかったんだ……。
妻さえ、助けられなかったんだ……。
愛した女さえ……。そんな、男が……えらい?」
まるで恐ろしい呪いのように暗く重い男の言葉。カエデは、一瞬だけびくりと怯む。
だが、そこで思いとどまる。 カエデが受け止めなかったら、彼は立てなくなる。そう感じてしまった。
だから、少女は精一杯強がってみせる。
(大丈夫です。演技は、得意なのです。だてに10年以上もリーチェとして振舞ってきてないのです)
「……偉いのです。フランクさんは、すごいのです。
できる事をやり遂げて、そして、今もやり続けているのですから」
最初は少し声が震えてしまった。それでも最後にはしっかりと言い切る。
「ふざけているのか? なにができたっていうんだ?」
「シャーウッド村を助けてくれました」
「……は?」
真面目に言い切れた言葉に、フランクは戸惑った。何を言い出したんだこの娘は、という思いが表情にありありと浮かんでいる。
「……まだ、終わったわけじゃないですから、違うかもです。
でも……フランクさんが、逃げてきてくれたから、シャーウッド村のみなさんは、危険を知ることができました。逃げる準備をあらかじめすることができました。そして、今も余裕をもって逃げ出せていますです」
「……俺はっ」
「……この村はどうでもいいとは……思ってないのですよね?
だから、こうして大人しく待っていてくれているのですよね?
騒ぐこともなく、ジャマすることもなく」
「そ、そんなのは……当然だ。
あの村長も言っていただろうっ。領主様へ騎士団を出してもらうしかないんだ。
そのためには、これが一番早い方法なんだ。
……俺の村を取り返す唯一の手段なんだ」
まるで自分に言い聞かせるように、ひとつひとつ区切りながら、フランクはカエデに説明していく。
その説明に少女は、同じくひとつひとつ頷きをかえした。
「だからですよ」
「なにがだ?」
「フランクさんは、自分ができる事をしていますです。
今だって……必死に我慢しているのです。レッドフィールド村の、奥さんのために。
ボクは、それはすごいと思うのです。偉いと、ほめられることだと思いますです」
「……」
フランクは、最初は何を言い出しているんだと戸惑い、次にバカにされていると考えた。
だが目の前に座る少女の青い瞳は、まるで憧れの英雄を見つめるような、眩しそうな眼差しをしている。
彼は、彼女が本気で自分のことを感心しているのだと理解する。同時に、顔に苦笑が浮かんでいた。苦笑とはいえ笑みが浮かんだのは、かなり久しぶりだった。
「……なあ、あんたバカだろ?」
「あははは。よく言われますです」
少女の、ふにゃっと表情が柔らかくなり、笑みが浮かんだ。瞳の色が、青から茶色に変わる。
同時にフランクも、自分の心が、柔らかくなった気がした。
「だけど、ありがとう。
……もう少しだけ、堪えることができそうだ」
「なぜ、お礼なのです?」
フランクの優しい言葉に、カエデは小さく首をかしげた。
男性は、畑仕事でごつごつする手を伸ばして、少女の黒髪をわしゃわしゃとなでてやる。
「俺が言いたかったからだよ。
いいから受け取っておいてくれ」
「あう。わかりましたのです」
カエデは、戸惑いつつも、少し元気になったフランクを見て嬉しくなり、こくりと頷いた。
「それに、そんなに立派なもんじゃないさ。
俺は……自分がやりたいから、やっただけなんだからさ」
「自分が?」
「そう。助けたいって俺が思ったから。だからその、そんな風に持ち上げれると居心地が悪いな」
フランクは、はははと笑ってみせた。きっと彼なりの照れを隠すためのものだったのだろう。
だが、その言葉はカエデに、とって大きな衝撃を与えていた。
(自分が……ボクが……やりたいこと……?)
同時にそれは、遠い記憶を思い出せる。
4年前の〈アキバ〉でのことを。
ゲームだったころの〈エルダー・テイル〉のことを。
◆
それは、4年以上前になる。カエデが中学生になったばかりで、日本へ留学した時になる。もちろん、〈エルダー・テイル〉はただのMMOゲームでしかない。
〈アキバ〉で、ふたりの仲間と出会って、数回目のパーティを組んだときのことだった。
廃墟となったビル街。そこに繁茂する巨大な木と蔦。灰色と緑色が絡み合い、廃退的な美しささえかもし出している。日本サーバーの本拠地である〈アキバ〉周辺のフィールドには、このような古い文明の名残という設定の廃墟ビルが、多く存在していた。
ひと狩り終えた、三人の冒険者たちが休憩しているのも、そんなフィールドにある上半分がなくなってしまったビルのエントランスだ。廃墟というのは、一種の凄みがある。人の営みの無情さをひしひしと伝えてくる。
そんな場所だったからかもしれない。三人の間には、微妙に居心地が悪い、歯車がかみ合わないような空気が漂っていた。
「……あのさー。リーチェ、今の戦闘、さぼらなかったか?」
派手な赤い装束に身を包み、腰に刀を下げた青年がイライラとリノウムの床を歩きながら、声をわずかに荒げる。
「まあまあ、ルーグさん。みんな無事だったし、いいじゃないですか」
ふたりの間に立ち、柔らかくとりなそうする少年は、剣道の防具みたいな鎧を装備して、同じように腰に刀を下げている。
カエデが日本にいたころ、よく一緒にパーティを組んでいた暗殺者のルーグと、武士のソウジロウのふたりだ。
「あ、あう」
そして最後の三人目はもちろん、カエデが操作している施療神官のリーチェである。
ルーグがなぜ、そんな風に苛立っているのか理由がわからなくて、おろおろとふたりを交互に見ていた。
三人は、パーティを組み、この付近で軽いモンスター狩りをすることになった。特定に目的があったわけじゃない。連携行動に慣れるためと、ちょっとしたお小遣い稼ぎの予定だった。
戦闘は、パーティの勝利で終わった。だが、その直後ルーグが、リーチェに注意したのだ。これじゃダメだと。そして、そのままこの廃ビルまで引き上げて、冒頭の言葉に繋がるのである。
「いやいや、良くないって。なあなあですませないで、ちゃんとしておかなきゃダメだろう。
おまえは、女相手だとすぐそうやって甘やかすから……」
ルーグは、短い髪をバリバリとかきながら、女性に甘いソウジロウにもダメだしをする。
もちろん髪をかいているのは、あくまでキャラクターだ。わざわざ、プレイヤーが操作して、そういうモーションをさせて、相手への苛立っているというアピールしているのだ。
相手へ伝える手段は、音声とキャラクター動作しかないのだから。そして、彼らにとってはそれで十分にお互いの感情は伝わる。
「どうしてです? ちゃんとクレリックとしての仕事をしたですよ?
サボってなんかいないのです」
三人で並ぶとひとりだけ極端に背が低いリーチェは、男性ふたりを見上げながら、首をかしげてみせた。何を言いたいのか、わからなかったからだ。
「そうですね。リーチェさんは、クレリックとして、ちゃんとしています」
ソウジロウも、少女の言葉に一緒になって頷く。
リーチェは、ちゃんと前衛であるふたりのHPやステータスを管理し、的確に回復魔法や治癒魔法をかけていた。先ほどの戦闘でも、危ない場面など一度も無かったのだ。
「ソウジてめえ、わざわざそういう言い方するってことは、全部わかってんじゃねえか。それが甘やかしてるっていうんだよ。
リーチェがクレリックとして悪くない動きだった……そんなことは俺だってわかってるっての。ちゃんとモンスターがソウジからターゲットを変えないように、タイミングとか計ってたしな。
けど、そうじゃなくて、なんていうか……手を抜いただろ?」
ルーグも話している間に、落ちついてきたのだろう。苛立ちから、だんだんと物覚えが悪い生徒に教える忍耐強い教師のような調子になってきている。
「手なんか抜いていないのです」
カエデは、ちょっと腹を立てたように強く反論する。
ルーグは、足を止めてリーチェの前に立った。ふたりがお互いに見つめあうと、どうしてもルーグは下を見下ろすようになり、リーチェはあごを上げて見上げる格好になる。
ますます、中学校の若い先生と生徒のようだ。いや、カエデは当時本当に中学生だったのだが。
そんなふたりの間にすすっとソウジロウが身体を滑り込ませてきた。その動きは滑らかで、ふたりとも一歩ずつ後ろに下がってしまう。
そして、ソウジロウは人懐っこい笑みを浮かべた。
「手を抜いてたっていうか、リーチェさんが『遠慮していた』って、ルーグさんは言いたいんですよね、多分」
「うぐ……」
ぎくり、として、ソウジロウの顔をまじまじと見つめてしまう。
会話は素直で、プレイスタイルも猪突猛進。ゲームに慣れていないお人よしの少年という、イメージを、カエデはソウジロウに持っていた。
まさか彼からそんな指摘をされるとは思っていなかったのだ。
キャラクターの穏やかな笑顔と、プレイヤーののんびりとした声に騙された気分だった。
「僕がタゲ取りを失敗した時、一匹だけ回りこまれて、リーチェさんが殴られたでしょ?
あのときのことですよね、ルーグさん」
ソウジロウが指しているのは、先ほどの戦闘の途中で起こったことだ。
モンスターが一匹だけ、後ろに控えていたリーチェのところまで、やってきたことがあった。
リーチェは、ひたすら回復魔法をかけてモンスターの攻撃に耐えながら、ルーグとソウジロウが目の前の敵を倒して、助けにくるのを待っていた。
「まあ、『遠慮してた』って言いかえてやってもいい。悪気があってやったんじゃないだろうし。
……で、どうなんだ?」」
クレリックは回復職である以上、回復するのが仕事で、それしかできないというのが〈エルダー・テイル〉の常識である。戦術としては何も間違っていない。
少なくとも、リーチェのところまで来たモンスターは、回復職が通常攻撃で倒せるようなレベルでは、無かった。
それにも関わらず、ルーグは「手を抜いた」と言い、ソウジロウは「遠慮した」と断言した。
「そ、それは……」
そしてカエデは、それを否定することができないでいた。
「あとソウジ、さっきのアレはタゲ取りの失敗なんかじゃなくて、“わざと”だろ?」
「……ばれてました?」
「普段からさんざんやらかしまくって、前科が山盛りのクセに。バレないとでも思ってんのか、このバカ」
(もう、すべてふたりには、ばれているのです)
ルーグとソウジロウの息のあったやり取りを見て、カエデは推理ドラマで探偵に追い詰められた犯人の気持ちを味わっていた。
そう、リーチェが倒せるはずのモンスターを、倒せさなかった。
敵を倒さないフリをして助けを待っていたのだ。「手を抜いた」といわれても仕方ない行為だ。だが、彼女は戦うわけにはいかなかったのだ。
「で、どうやれば、クレリックさんがさっきの敵を倒せてたのです? そんな特技はなかった気がしますけど。武器の特殊能力か何かですか?」
「おいソウジ、おまえ何も知らずにリーチェに敵回したのかよ!?」
悪びれずに質問するソウジロウに、思わず突っ込むルーグ。
「いや、リーチェさんが何とかできるんだろうなー、とはわかりましたけど。
戦闘の位置取りが、射撃系暗殺者や妖術師の人と同じでしたから。
多分、中距離射程の射撃攻撃手段があるのだろうな、と当たりをつけただけですよ。
実は、それが見てみたくて、一匹流しちゃいました。えへへ」
ソウジロウの言葉は図星だった。
カエデは、無意識にいつもどおり位置取りをしてしまっていたのだ。回復のためではなく、攻撃するための場所に移動してしまっていた。
「データのことはてんでの癖に妙なトコは鋭いんだよな、この天然は……。
簡単に説明すると、リーチェのサブ職は魔杖使いなんだよ。
魔法の杖を職業制限を無視して使えるようになる職だ。つまりコイツは、妖術師並みの攻撃魔法を使えるはずなんだ」
「メイン職業2つ分の性能……“改造行為”ではないですよね?」
ソウジロウは、驚き混じりで疑いの眼差しを小さな少女に向ける。
彼がそう思うのも無理はない。〈エルダー・テイル〉は、さまざまな職業を持つ者たちがパーティを作り、己の特性を補い合って敵を倒していくゲームだ。
前衛職が、敵の攻撃を受け止め、武器攻撃職が、その横から必殺のダメージを与えていく。
回復職が、傷ついた仲間を癒し、魔法攻撃職が、様々な魔法で敵を翻弄する。
なのに、ひとりで複数の職業をこなしてしまっては、協力する意味が薄れてしまう。その存在は間違いなくゲームバランスを壊すものだ。
知らない人が見れば、まちがいなくずるにしか見えないだろう。
「チートじゃないのです……」
カエデの弱々しく否定する。だがその否定が受け入れられることは、無いだろうと諦めていた。
誰だって自分の仕事を他の者に奪われたらいい気持ちはしないのだから。
特に日本サーバーでは突出した個人プレイヤーなど、憎悪の対象でしかない。
(また……嫌われるですね)
プレイ環境の違いも大きすぎた。
北欧サーバーにいたころは、両親と一緒に行動することが多かった。ふたりともガンガン新しいダンジョンを攻略していくプレイスタイルだった。そのため、常にリーチェも攻略の最前線にいたのだ。
だが、〈アキバ〉でそんな遊び方をするのは、一部の大規模ギルドだけ。大部分は、のんびりと遊ぶプレイヤーたちだ。
例えるなら、草野球のチームにメジャーリーグの選手が入ったようなものだった。
〈アキバ〉にやって来たばかりのカエデは、そのことに気がついていなかった
最初こそは、物珍しさや、その強さに尊敬が集まるが、それはあっという間に妬みや媚に変わる。
『違法改造をして、ワガママ放題に暴れる高慢な外国人プレイヤー』
そんな噂が広まり、居場所がなくなるまでの時間は長くかからない。
やがて、大規模ギルドからも入会を断わられてしまうようになった。和を重んずる風潮が、彼女のような目立つ存在を嫌ったのだ。
(だから、今度こそは大人しくするって決めたのに……)
ルーグとソウジロウのふたりに出会ったのは、そんな時だった。
ふたりは、なぜか前衛だけでパーティを組み、募集などもしないで付近のフィールドでうろうろしていた。
何度も見かけているうちに、同じようにな、はみ出し者扱いなのかもしれない、そう思った。そして、思い切って声をかけて……。
いつの間にか仲間になっていた。やっと〈アキバ〉で出会えた友達だった。
(でも……これできっと、さようならです)
カエデは、留学を切り上げて英国へ戻ることさえ覚悟する。ひとりぼっちで遊ぶ〈エルダー・テイル〉は、もう嫌だったから。
「そのとおり。チートじゃないな、完っ全な仕様だ」
ルーグが楽しそうに断言する。それは、さも当たり前ですばらしいことのかのように。
「だいたい、いうほど強くもないしな。マジックワンドには使用回数があるし、そもそもバカ高い。
キャッシュカードと同じだな。調子にのって使えば、あっという間に破産するって寸法だ」
「え……?」
聞き間違いかとカエデは、思った。ヘッドホンを指でこつこつ叩いて壊れてない事を確認する。
「すごいじゃないですかっ」
ソウジロウが無邪気に弾んだ声をあげる。モニターの中で、ちょこまかとリーチェの周りを歩いていた。どうやら興奮しているらしい。
「そうだろ? すごいんだよ、コイツは。
なのに、出し惜しみしやがって。腹立つよな」
「その……ずるい、とこ、思わないのですか?」
戸惑うカエデは、ついそんなことを聞き返してしまった。
「なんでですか?」
きょとん、とした顔でソウジロウが言い返す。
「仕様でその性能なのに、あんまりメジャーじゃないってことは、そのスキルを使うのは色々条件が厳しいのですよね。
リーチェさんは、それを全部クリアしたんでしょ? それって、すごいことじゃないですか!」
助けを求めるようにルーグを見ると、彼は大仰に肩を竦めていた。
「ソウジはこういうヤツだ。気を遣うだけバカらしいぞ?」
そして、真面目な声になって、すこしだけ早口で続けた。
「……何があったのかはだいたい想像つくし、気分のいい話じゃないだろうから、言わなくていいさ。
ま、俺たちの前で、そんな遠慮は無用だってことよ。やりたいようにやってみな。
必要なら、俺たちに指示を出してもらってもいいぜ」
「ボクが、してもいいのですか?」
おどおどと切り出したら間髪いれずに返される。
「やっちゃいけない理由ってなんだ?」
ルーグの言葉に驚く。まだ数回しか一緒に遊んでいない。なのにどうしてそこまで言い切れるのだろうかと。
「それは……」
「まずやってみなけりゃ、やっていいかどうかもわかんねえだろう。
互いに全力を尽くす。足りないところは助け合う。やってみてダメなら別の方法を考える。そういうもんだろう?
俺たちにも、本気のリーチェを見せてくれよ」
「あー。僕には、自重しろっていつも言っているのに……」
ソウジロウが冗談交じりに、いじけた風を装う。ルーグが笑いながら、こめかみぐりぐりのアクションをしてみせた。
「うるせえっ、この突撃おバカわんこサムライめっ。
フォローする俺の、じゃない。俺たちの身にもなれっ」
「うう……。
ともあれ、僕もリーチェさんの全力、見てみたいです!」
きっと目をきらきらさせているのだろう。そうわかるような弾んだ声でソウジロウは言い切った。
ルーグは、そんな無邪気な後輩に多少呆れながらも、頷きを返す。
「そういうこと。次から遠慮禁止! ……返事は?」
「は、はい。ハイ、なのです」
カエデは震える声で、マイクに返事をひとこと吹き込むだけで、精一杯だ。
「ルーグさん。僕の判断も、信じてくれますよね?」
「信じてやってもいいが、あまり従いたくはない。無茶振りばっかしやがるし」
「あー。酷いですね。前よりは、自重していますよ」
「なんとなくいけそうだと思った。なんて理由でリーチェに敵流すヤツの、どこらへんが自重してるって? ハァ?」
「う、それを言われると……」
ふたりは、そのままじゃれあうように遊び始める。
カエデは笑い声をあげながら、その様子をモニターで見ていた。
あふれ出す感情のほとばしりを、涙に変えてぼろぼろと零しながら。
リーチェという存在を、何のかかわりもなく信じてもらえたのは、この時が初めてだった気がした。
◆
『俺たちにも、本気のリーチェを見せてくれよ』
カエデは、遠い記憶の言葉を思い出す。
自分を信じてくれた、仲間の言葉を。リーチェを信じてくれた、パーティの言葉を。
(みなさんが、信じてくれたリーチェ……。
今のボクは、リーチェでもあるのに……。
これで……これで……いいのですか?
これが……本当に本気なのですか?)
目の前には、森を抜けてきた男性が座っていた。
彼は、自分が大事なものを助けるために、そんなことをしたのだと言っていた。
じゃあ、カエデがしたことはなんなのだろうか?
元の世界に帰ること?
それは、間違いじゃない。けれど、それは今したいことじゃない。
リーチェとして戦いたい?
それは、違う。戦いたくなんかない。リーチェは、憧れではあったけれど、そのものになりたかったわけじゃない。
ひとりになりたくない?
近い気がする。この世界で出会った人たち。いつの間にか、馴染んでいた。嫌われたくは無い。まして彼らとは別の存在になどなりたくは無い。
(ボクが、本気……。本当にできる事……)
カエデは、何かをつかめそうな気がしていた。
今までとは違う何かを。
だが、時間は待ってくれない。日は沈み、夜が訪れ始める。
もうすぐ、村へ災厄が訪れようとしていた。
ログ・ホライズン二次創作作品「疾風と西風」(相馬将宗)より、ルーグ=ヴァーミリオンをお借りいたしました。
承諾をして下さいました、相馬将宗先生ありがとうございます。




