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『 村長さんと話なのです 』

  

  

「カエデ嬢ちゃんに、話があるのじゃよ。部屋まで来てもらってよいかの?」


 ジェイムスに、そう声をかけられたのは、カエデがリビングで保存食の袋をまとめ終わったときだった。


 既に太陽は真上を過ぎて傾き始めている。日差しは、窓からあまり中へ差し込むこともなく、部屋は少しだけ薄暗い。

 リビングの床には、たくさんの袋がぎっしりと並んでいた。朝から村中で集められた、保存がある程度できそうな食料が、つまった袋だ。

 これを、カエデはずっと村長とふたりで袋詰めしていたのだ。ケビンは、朝飛び出していってからずっと帰ってきていない。


「話って何です? ここでできない話なのですか?」


「うむ。まだ、他の者に聴かれたくは無いのでな。

 それに、部屋でおまえさんに、渡したいものもある」


 まだ他の作業があるカエデは、リビングではダメかと聞くが、申し訳なさそうにジェイムスは答えた。

 その表情は、どこか無理して笑っているように見える。


(話にくい……ことのようなのです)


 カエデは、スカートについたほこりを払いながら、床から立ち上がる。村長へ、気を使わせないように柔らかく微笑み返しながら頷いた。


「わかったのですよ。部屋におじゃまするのです」


「忙しいのにすまんの。じゃが、今のうちじゃと思うのでな」


 すまなそうに、告げるとジェイムスは、部屋へ向かって歩き出す。カエデもその後ろを着いて歩く。

 その歩みは、いつもより少しだけ遅いような気がカエデにはした。

 彼は、今からする話をできることなら、したくないのかもしれないと、感じるほどに。





「お邪魔しますです」


「遠慮せずに入っておくれ」


 カエデは、ジェイムスの部屋へ始めてはいる。

 部屋の様子は、カエデが借りている部屋とあまり大差はない。本棚があり、そこに木彫りの像や、本が並んでいるのが大きく違うところなくらいだった。

 ジェイムスに促されるままに、ベッドに端へ腰かけた。彼のほうは、ベッドの下から引っ張り出したチェストを開けて、中から何かを取り出そうとしているようだった。


「あの……」


「ん、ああ。最初に、これを渡した方が……いや返したほうがいいじゃろうからな」


 何をしているんだろうと、覗き込むカエデの目の前に、折りたたまれた服が差し出された。


「それは……」


 その白い生地と、裾にあしらわれた模様には見覚えがある。カエデは、恐る恐る手を伸ばして受け取り、それを大きく広げた。

 つややかで肌触りがいい白い生地。それは、修道女シスターと呼ばれる女性たちが着る服に似ているが、かなりアレンジされている。ノースリーブのように袖はないし、スカートには大きなスリットが入っていた。

 そしてあしらわれた刺繍のデザイン。


大地母の聖衣セイクリッド・ローブ・オブ・ガイア……」


 カエデは、その服の、いやその装備の名前を震えながら呟いた。

 間違いない。リーチェが〈エルダー・テイル〉で愛用していた防具だった。

 そしてそれは、カエデが、ゾンビに出会ったときに着ていた服でもあった。


「ほほう。その様な名があるほどの一品じゃったか」


「あっ!?」


 納得したといわんばかりに、しきりに頷くジェイムス。その様子をみて、カエデはしまったと悔いた。

 今のやりとりで、自分が普通ではないことがばれてしまったのだと思ったからだ。


「ん? そんなに驚くようなことは、無いじゃろう?

 それは、おぬしの物なのじゃし。

 もしや……わしが、何も気がついておらぬと思っておったのかな?」


「あう……。そ、それは……」


 いたずら小僧みたいな笑みを浮かべて、ジェイムスはカエデの顔を覗き込んできた。

 カエデは、その通りだと答えるわけにもいかず、だまって下を向いてしまう。


「実は昨日までは、気がついておらんじゃったのだがな。

 カエデ嬢ちゃんが、冒険者じゃと」


「……っ!?」


 昨日の夕食の話をするようにさらりと、ジェイムスはその一言を発した。

 その瞬間、カエデはまるで死刑宣告を受けたかのように、身体が心が凍りつく。


(……ついに……ばれてしまいました……)


 顔を上げれない。ジェイムスを見ることができない。どんな表情で、カエデを見ているのか知るのが怖い。

 カエデはそのまま、黙って下を見続ける。


「そこまで、驚かれるようなことじゃったのか……。

 安心せい。少なくても、わしは、誰かにこれを話すつもりは無いのじゃよ。

 おぬしを、責めたりするつもりもないしの」


 頭の上から降り注いだ言葉は、冬の冷たい雨ではなく春の柔らかい日差しのようだった。

 カエデは、ゆっくりと顔をあげて、ジェイムスを上目で見つめる。

 そこには、いつもと同じように、いたずらっぽく笑みを浮かべる好々爺の顔があった。


「そのような顔をせんでええ。

 ……すまんのう。そこまで驚くとは思わなかったのじゃよ」


 細い手で、ぽんぽんとカエデの黒髪がなでられる。その優しい肌触りは、カエデの心の氷をようやく溶かしてくれた。

 おずおずと、少女は疑問を口にする。


「どうして……」


「ん?」


「どうして、わかったのですか?」


「最初にそれを聞くあたり、カエデ嬢ちゃんはやっぱり変わっておるのう」


 ジェイムスは、聞かれると思っていた質問と違ったことに、ちょっとだけ苦笑いをこぼした。

 だが、カエデは聞けなかったのだ。一番に聞きたいことを。だから、最初に遠回りの質問をしてしまっていた。


「気がついたのは、昨日じゃよ。

 おぬしたちを、店に案内したあとじゃな。

 せっかく開店しても、お客がいないとつまらないじゃろう? だから、預かっていたこれらを持っていってやろうと思ってな」


 そういいながら、ジェイムスはチェストの中から、鞄をひとつ取り出した。


「マジックバック……」


 それは、〈ダザネッグの魔法の鞄(マジックバッグ)〉というマジックアイテムの鞄だった。

 ある程度まで、入れた物の大きさと重さを無視できるという便利な魔法の鞄で、中堅レベルの〈冒険者〉ならば、誰でも持っていると言っても良いほどポピュラーな鞄だ。



「この鞄じゃがな、以前村にきた冒険者がもっておったのを見ておったのじゃよ。

 長い槍でも、大きな鎧でもどんどん入れておったからの。そりゃあ驚いたものじゃ。

 もっとも、それを思い出したのは、昨日鞄を取り出したときじゃったがのう。

 いやはや、歳をとると物忘れが多くていかんのう」


「……」


 つまり、本当なら拾われたその時に気がつかれてもおかしくは無かったのだ。ただ、この村で冒険者と関わったことがあったのが、ジェイムスしかおらず、たまたま彼がそれを思い出せなかっただけで。

 カエデは、これが幸運だったのか、不幸だったのか、考えてしまったが、わからなかった。

 最初から冒険者だと教わっていたら……ケビンの足の怪我を治せたのだろうか?

 ……いや、もしかしたら最初から知っていたら、彼らをゲームのキャラだと思い込み、怪我を治してやろうと考えることさえなかったかもしれない。

 カエデは、そう考えてしまう程度には、割り切ったゲーマーだった。





「さて……。肝心の話なのじゃが……」


「これが本題じゃないのです?」


 ジェイムスは、変わらない調子で話を次に進めようとする。そのことに、カエデは驚いて、遮ってしまった。

 カエデが冒険者であったこと。それ以上に大事な話があるとは思えなかったからだ。


「これは、ついでというか、前置きじゃよ。

 今まで預かっていた物を返しておこうというな」


「じゃあ、なぜ今なのです?

 返すのは、ボクが村を去るときでもいいはずなのに」


 カエデの疑問に、ジェイムスは少しだけ眉を寄せて悲しそうに答えた。


「それはな、その時までわしらが生きておるのか、わからないからじゃよ」


「……っ!?

 だ、だってまだ、この村にゴブリンが来るって決まったわけじゃないのです」


 淡々とジェイムスは、何も知らない少女に教えていく。

 この村に訪れるであろう未来を。


「ゴブリンどもは群れを作るモンスターじゃ。国さえ作ることもある。

 そんな奴らが、たかだが30匹で村を襲うというのが、ありえないんじゃよ。畑を荒らしていくとか、家畜を奪うだけならともかくな」


「襲うって……そういう意味じゃないのです?

 食料を奪うだけじゃないのですか?」


「おまえさんの国は、よほど平和な場所なのじゃな……。

 村が、というのであればそのままの意味じゃよ。村のすべて家畜だけではない、人も家も襲われ奪われるのじゃよ。隣村も、何人かは避難しておるじゃろうが……突然のことだったらしいからの。無事なものは、少ないじゃろうな。

 そして、村ひとつを襲って終わることも、あるまい。また、全部で30ということもないじゃろうな。おそらく他にも同じくらいの群れがいくつか動いてるはずじゃよ。ゴブリンというのは、そういう奴らなのじゃ」


「そ、そんな……」


 知っていたことと全然違うことにカエデは驚きを隠せなかった。

 だけど、それは当然かもしれない。知っていたのはゲームでのイベントだ。イベントは、クリアすればお話は終わる。登場人物は退場する。たとえ誰かがイベントで失敗してNPCが死んでしまっても、それはイベントの中だけ。他の人がイベントクリアすれば同じNPCが生存し続ける。それがゲームというものなのだから。


 だが現実は、ちがう。終わらない。ずっとずっと続いていく。失敗してゲームオーバーになって終わりじゃない。失敗すればその結果がずっと残っていくのだ。

 誰かが失敗して、村の人が死んだら、もう生きてることは無い。もう一度はない。


 試したわけじゃない。だが、毎日を生きている彼らを見れば、わかる。彼らは必死に生きている。

 それは、けして「死んでもすぐ生き返れる」生き方なんかじゃなかった。


「このあたりは、開拓村じゃからな。怪物の襲撃も多い。

 しょっちゅうではないが……数年に一度はあることなのじゃよ」


「……」


 沈黙を肯定として、ジェイムスは、咳払いをひとつして話を戻す。


「今、返す理由はわかってもらえたようじゃのう。

 もうひとつ、返す理由はあるのじゃが、それが本題とも関わっておる。

 ひとつ、頼みたいことがあるのじゃよ」


「……ボクに、です?」


 カエデは、びくりと身体を震わせた。

 彼は、カエデが冒険者だと、ゴブリンと戦える者だということを知っている。


(ボクに……ゴブリン退治の依頼を……)


 そう考えることしかできなかった。それを恐れていたから。

 だが、ジェイムスからの頼みごとは、まったく別のものだ。


「ノッティンガムの領主様のところへ、手紙を届けてもらいたいのじゃ」


「それは……」


「おぬしは、わしらが思っておるより、足も速いし、体力もあるようじゃからのう。

 おそらく半日も歩けば、ノッティンガムへ着けるはずじゃ」


「なぜ、ボク、なのですか?」


 カエデは、うすうすその答えに気がつきながらも、確かめるように問いかけてしまった。

 そして返ってきた答えは、その予想通りのもの。


「一番の理由は、おぬしを逃がすためじゃな。

 いや、おぬしひとりならば、逃げることができるじゃろうから、にげろというておる」


「……どうしてです!?

 ボクは……ボクは、冒険者なんですよ?

 ジェイムスさんは、それを知っているのに……なぜ……」


 思わずベッドから立ち上がりそうになるカエデの肩に、そっとジェイムスの手が置かれた。

 カエデは浮かした腰を再びマットに沈める。


「なぜ、ゴブリンと戦えと、頼まないか?

 そう聞くのじゃな。おぬしは。

 まったく……こんなに震えるほど怖いのに、無理をしおって」


「あ、う……」


「おぬしが、わけありなのは最初から判っておったことじゃよ。

 色々不自然じゃったからのう。

 じゃが、同じくらい最初から、おぬしが悪い人間ではないこともわかっておった。

 ……だまって、引き受ければいいのに、このようにわざわざ自分から話をしてしまうくらいに」


「そ、それは……」


 カエデは、ジェイムスの言葉に首を振る。違うと否定する。

 そんなに言ってもらえる様な、良い人間じゃない。臆病で身勝手で、ダメな人間なのだ。

 こんなに優しくしてもらったら……罰が当たるほどに。


 でも、ジェイムスは優しく肩に手を置いたまま、話を続ける。


「怖いのじゃろう? モンスターが。夢に見るくらいに」


「……え?」


「寝言で、よく苦しんでおったよ。朝起きたときは、その様なそぶりを見せておらんかったがな」


 カエデは、気がついていなかった。そもそも夢を見た覚えがない。

 いや……きっと見ていたのだ。そしてあまりの恐ろしさに起きると同時に忘れていたのだろう。

 か弱い心を守るための、それは防衛本能なのかもしれない。



「起きておる時も、時々おぬしは怯えておったぞ。

 部屋の扉が開いた音にさえ」


 カエデには、そんな覚えがない。この村に拾われて、毎日が安心して過ごしていた。

 仕事が上手くいかないことは不安ではあったけれど、怖くは無かった。


「他にもあるぞ。

 おぬしには、独り言を言う癖があるのじゃよ。特に考え事をしておる時などにな。

 ……寝る前に、祈っておったな。目が覚めたとに、怪物が目の前にいませんようにと」


「あ、あう……。き、聞かれていたのですか……」


「壁が薄く、狭い家じゃからな。静かな夜には良く聞こえるのじゃよ」


 知らないことばかりなのだと、カエデは実感する。

 見守ってくれていたこと、恥ずかしい言葉を聴かれたことなど交じり合って、恥ずかしさが口から飛び出していきそうだ。目の前がぐるぐる回っている気さえしてくる。

 相手が、村長さんでなかったらこの場から逃げ出していたかもしれない。


「夢でさえ怖がる。そんな子供に、怪物と戦わせる?

 冗談じゃないのう。そのようなことは、わしはできぬな。

 大人とは、子供を守るためにおるんじゃし」


「でも……ボクは……」


「じゃから、おぬしはただの迷子なのじゃ。何も気に病む必要などないのじゃよ。

 ただ無事に家に帰ればよい。それで、わしらにたっぷりと礼をしておくれ。それでいいのじゃから」


 ジェイムスは、カエデを小さな子供をあやすように抱きしめて、ゆっくりと背中をさすってくれた。

 カエデは、その温かさが心地よくて、何もいえなくなってしまう。振りほどくことができない。


「いざとなったら一人だけでも逃げることじゃ。

 村のことは村の者で、なんとでもしてみせる。おぬしがそこまで気にする必要は無いのじゃよ」


「ジェイムスさん……」


 カエデは、顔を上げることができない。ただ、腕の中のローブをぎゅっと握り締めた。

 いつもリーチェが着て、かっこよく戦っていた、その白いローブを。

  

  

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