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『 お店の掃除をするのです 』

  

  

 2年ぶりに預かり屋の、扉が開く。積もったほこりが、西の窓から入った光できらきらと輝く風景は、薄く積もった雪のようだ。


「さあ、掃除を始めるのです」


「やるからには、ちゃんとやるからな。ジャマするんじゃないぞ」


「はいです」


 ケビンとカエデは、汚れてもいい服に着替えて、頭にタオルを巻き、口には薄い布でマスクをしている。

 完璧な装備を整えた、ふたりは最初の仕事「清掃」を元気よく開始した。



 預かり屋の一階は店舗になっており、二階は住居になっている。そして、店舗は大きく三つに分かれていた。

 広場に面した側はラウンジになっており、客が待ったりするためのテーブルが二つ置いてある。その周囲には椅子が6つずつ並ぶ。

 ラウンジとカウンターを挟んで真ん中側は、店側のスペースだ。預かった物を一時的に置く棚などが並ぶ。二階へ上がる階段もここにある。

 頑丈な扉がある一番奥側が、保管庫だ。




 ふたりは、最初に手分けをして家中の窓を開き、空気を入れ替えていく。

 窓を開けるたびに、ほこりが舞い上がり二人を襲った。


「けふけふ。すごいほこりです」


「げほげほ。確かにすごいなこりゃ。目もいてーし」


「ああ、目をこすっちゃダメですよ。目を傷つけちゃいますです」


 袖で顔を拭っていたケビンに、あわててカエデが駆け寄る。

 そしてポケットからハンカチをとりだすと、ケビンの眼の周りを拭っていった。

 そのとき、ぐっとカエデの顔がケビンの正面に近づく。


(って近いってば!?)


 反射的に顔をそらしそうになる。だけど、次の瞬間そらすまえにカエデの顔を見てしまって吹き出してしまった。


「ぶっ。な、なんだよ、それ」


 カエデの顔に、ほこりが変な風にかかり、シマシマにやっていたのだ。まるで変なピエロのような顔である。


「な、なんでいきなり笑うのです?」


 もちろんカエデにはそんなことはわからない。きょとんと不思議そうに首をかしげる。

 今のケビンにとっては、その当たり前の動作さえ滑稽こっけいに見えてしょうがない。


「ぶはははっははははっ。や、やめてくれ。笑いがとまらねぇ」


「な、なんだかひどく傷つくのですー」


「だ、だってよう。あははははっ」


 あんまりにケビンが笑うので、カエデは、桶の水で確認するために、裏の井戸へ向かった。

 ケビンの耳に、悲鳴とそのあとの笑い声が聞こえてきたのはすぐその後だ。


「……たのしいじゃないかよ、ちくしょう」


 いやいやで始めたはずなのに、ケビンはなぜか今はそれが嬉しかった。





 掃除は、昼ごはんの休憩を挟んで続いていく。

 順調とはいえなかったけれど、それでもだんだんと昔の姿に戻っていくのが、二人ともわかった。

 そして、この店がいかに大勢に使われて、大事にされていたのかという事も。


 傷だらけのテーブル。使い込まれたカウンター。お得意様の伝票帳。

 お礼の手紙が入った箱なんていうのもあった。


「おやじたち。すごかったんだな」


「はいなのです。すごいのです」


 そんな店をふたりでやっていく。それは大変そうだったが、同時にやりがいもあるだろう。

 一緒に床拭きをしているしているカエデに、ケビンはなんとなく聞いてみた。

 掃除をしていくことでテンションが上がったからかもしれない。


「なあ、俺たちも、おやじたちみたいにできるかな。きっとできるよな」


「はいです。ケビン君ならなれるですよ。いい店主さんに」


「あ……。そっか。そうなんだよな」


 返ってきたカエデの答えは、ケビンが期待したものではなかった。

 いや、ケビンが忘れていたのだ。彼女は、この村を去るという事を。ふたりでずっと店をすることは出来ないという事を。


「おまえは……商人が来たら一緒に行っちまうんだったな」


「……ケビンくん」


 カエデの声が暗く沈む。その声を聞くと、ケビンも悲しくなってきた。


(カエデは悪くないのに。なぜこいつは、すぐに気にするんだよ。

 何かっていうと頭下げるし、あやまるし……うっとうしいんだよ。

 ……ちくしょう)


「な、なんだよ。そんな顔すんじゃねーよ。

 最初から決めていたことなんだから。

 ……忘れていた俺が悪いんだ。だからカエデは悪くない」


「でも」


「うるさいな。帰りたいんだろ? 待ってる親いるんだろ?

 なら、お前はいいことをしているんだ。それでいいじゃないか」


「……はいです。

 でも、それまでは、お手伝いするのですよ。勉強も今夜から教えますからね」


「疲れているんだよ。明日からでいいだろ?」


「ダメです。教えたいこといっぱいなのです」


「しょうがないな……。優しく頼むぜ?」


「優しくするですよ」


 ふたりで、ふと見合わせて、一緒に笑い出す。

 何かが面白かったわけじゃない。ただこのやり取りが妙に気恥ずかしくて笑わずにいられなかった。


(こんな風に笑ったのは、いつだっただろう)


 ケビンは、こうして笑いあえる誰かがいるのが嬉しくて。そしてそれがまたいなくなるのが少しだけ寂しくて。

 涙が滲んだ。


「ちくしょう。笑いすぎて涙が出てきちまった」


 だけど、そんなことはカエデに知られたくない。下手な嘘をついてごまかす。

 なぜなら、彼は男だったから。彼女の前で泣くなんて、したくなかったから。



 ふたりでやる始めての仕事は、ケビンの複雑な思いを抱えたままで、それでも順調に進んでいく。









「なあ、これなんだと思う?」


 ケビンがその箱を見つけたのは、掃除がもうすぐ終わろうとしているころだった。

 カエデはその声に振り向いて、ケビンが指している棚を見上げる。そこには、隠すように両手の幅くらいある四角い箱が置いてあった。

 窓から入ってきた夕日が、赤くその箱を染めていて、どこか不気味な感じさえする。


「わかんないのです。下ろしてみるのです」


 カエデは、背伸びして棚から引っ張り出して、床に下ろしてみた。

 箱は、金属の枠で補強された木製のチェストのようだ。蓋は、後ろの蝶番で、上に開くようになっている。


(まるでゲーム出てくる宝箱のようです)


 その箱は古いそうだったが、造りがしっかりしており、とても頑丈そうに見える。

 この店にあった、ほかの箱とは明らかに雰囲気や感触が違っていた。


「ケビン君、これ見覚えありますですか?」


「うーん。あ、思いだした。

 たぶん一番大事な箱だ」


 カエデの問いかけに、ケビンは思い出して勢い良くうなずく。


「一番大事な箱、なのです?」


「おやじが、そう言っていた。

 なんでも特別製の魔法の箱なんだって。これが無いと預かり屋ができないんだ」


「無いとお店ができない魔法の箱、ですか」


 薄くついていたほこりを布で拭ってみると、つややかな表面が戻ってきた。

 まるで新品のような輝きというたとえがあるが、これは本当に新品そのもののように見える。


「中身は何が入っているのです?」


 カエデは、蓋を持ち上げようと力を込めた。


「ん~~~っ」


 だが、蓋はびくとも動かない。


 鍵穴らしきものもないし、蓋が紐などで縛られたりもしていない。

 なので、カエデはすぐに開くと思っていたのだが、あてが外れたようだ。


「あうー。空かないのです」


「鍵でもかかっているのかな……」


「今まで掃除しましたけど、それっぽい鍵は無かったのですよ?」


「そうだよな。じいちゃんが、預かっているのかなぁ……」


「大事な箱だと、無理やり開けて壊すわけにもいかないですし」


「開きそうなのになー」


 残念そうに、ケビンがぽんぽんと箱を叩く。



 一瞬だけ輝く不思議な文様。


 小さく響く金属音。



 その輝きと音に、二人は驚いた顔を見合わせた。


「今の音、箱からです……」


「鍵が外れたのか?」


「かもしれないです」


 ごくりと唾を飲み込んだのは、どちらだったのか。


「でも、なんで?」


「多分……ですが、ケビン君がこの店の持ち主だからだと思うのです。

 触っただけで、解錠されたですし。店主なら開け閉めできないと困るですから。

 魔法の箱ということなので、そういうこともあるのですよ、きっと」


 驚きのあまりに言葉が少ないケビンに、落ち着いた声でカエデは自分の推論を答えた。

 けれど、彼女の内心は、別のことに気をとられている。



(今のは……魔法陣、でしたです)


 魔法陣。いわゆるファンタジーなどでよく使われる文様だ。円と幾何学模様、そして独特な文字で描かれることが多い。

 有名なのは、円の中に正三角形を二つ組み合わせて六芒星(六角形の星型)を描いものだろうか。

 ゲームなどでは、ありがちな設定として“魔法を発動するときに現れる演出エフェクト”に使われることが多い。


 そう、まるで今のように。


(ここは、モンスターがいる世界で……。〈フェアリーリング〉もあるのです……。

 だから、だから、魔法があっても不思議ではないのです。ないのですが……)


 カエデには、今の模様に見覚えがあった。似た形を知っていた。

 知っていたが、それを否定する。ありえないと否定する。


(落ち着くです。〈エルダーテイル〉の中にいるなんて、ありえないのです。

 ボクはここにいるです。ケビンくんも存在していますです。

 村は、CGの作り物じゃないです。触れば、感触があるし、匂いだってあるのです)


 彼女は必死に言い聞かせる。

 認めない。認めるわけにはいかない。


 もし、認めたら。



 今までのものすべてが、作り物になってしまう気がしたから。



 だから否定する。ありえないと否定し続ける。

 ケビンは、作り物じゃない。生きている人間だ。ぶっきらぼうだけど優しい人だ。



「おい、おいってば。どうしたんだよ?」


「え?」


 少年の驚いた声に、一緒に驚く少女。

 彼の目は、彼女の手を見ている。

 そこは、ケビンの手を握り締めるカエデの手があった。


「あ、あ。え、えっと……」


「あ、そっか。怖いんだな。

 いきなり光ったり、鍵が外れたりしたから。

 やっぱり女の子なんだな。しょーがないな、まったく」


「え、う、あ、その」


「大丈夫だって。俺がついてるし。

 それにこうやって、おやじが開けているところ見たことあるし」


 説明できない不安から、言葉に出来ないカエデを、ケビンはおびえていると勘違いした。

 だから、大丈夫だと蓋を開けてみせる。


 蓋を開けた瞬間、光が溢れた。



『預け主』『アイテムリスト』『YES/NO』


 浮かび上がる『ウィンドウ』。

 四角い板だ。ただしその厚みはない。半分透けて向こう側が見える。それが浮いている。

 そこへ、表示される名前。表示されるアイテム名。



「あ……」


 カエデは、見えたていた。見えているから、動けない。

 ケビンは、見えていない。見えていないから、動けた。


「どうしたんだよ、カエデ?

 何で、そんなに驚いているんだ?」


「あ、あ……」


「カエデッ。おいってばっ」


 ケビンは、激しくカエデの身体を前後に揺さぶる。

 だけど、カエデは視線を目の前から外せない。外すことが出来ない。


『預け主:リーチェ・フルー』


 ぼんやりと光る『ウィンドウ』に刻まれたその名前キャラクターネームから目をそらすことができない。

 その『ウィンドウ』が目の前に浮かび上がるその意味から。その名前が表示されている、その意味から。



「え……えるだー、ている……」



 その浮かび上がる『ウィンドウ』の形はカエデにとって馴染みのものだ。よく知っている。

 なぜなら、それは〈エルダー・テイル〉で表示される表示・入力用表示窓ユーザー・インターフェースなのだから。

 ずっと、画面の向こうで見てきたものだったのだから。



「しっかりしろよっ。お化けでも見えているのか?!」


 ケビンもだんだんとただ事でない雰囲気を感じ取り、語気が荒くなる。

 今まで彼が見たこともない顔だった。まるで世界中で一人しかいない、そんな雰囲気すら感じた。


「ケビン、くん……」


 カエデは、あんまり揺さぶられるから、視線を下ろす。

 そこには、不安げに見上げてくるケビンの姿があった。


『ケビン/開拓民/レベル10』


 そのケビンの上にはウィンドウが表示されていた。

 彼が〈大地人〉、つまり……〈エルダー・テイル〉内でのNPC、コンピューターが操るキャラクターだと示す内容が書かれたウィンドウが。



「いゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」



 いつの間にかしがみつくようになっていた、ケビンの身体を突き飛ばしてしまう。

 彼は、そのまま床に転がり、激しく身体を打ち付けた。


「って!? ど、どう……」


 ケビンは、痛みに顔をしかめながら、カエデを見上げる。

 そこには、涙を流しながら、いやいやと首をふる小さな子供のようなカエデがいた。

 同じくらいの歳なのに、色々知っていて、しっかりとしていて、年上のように振舞っていた少女が。

 まるで幼い子供のように泣いて、わめいていた。


「あ…………」


 あまりに予想しない光景に、少年は何も思いつかない。

 何が原因なのかもわからないのだ。戸惑うことしかできなかった。


「あああ……。あああぁぁぁ……」


 そんな少年の様子は、カエデにはまるで化け物を見ているように思えた。

 もしここが〈エルダー・テイル〉だとしたら……たしかに自分は化け物なのだろうと、カエデはどこか冷静に考えてしまう。

 〈大地人(NPC)〉にとっては、脅威である怪物モンスターを平気で倒してしまう〈冒険者プレイヤー〉など、怪物以上の化け物でしかないのだろうと。

 その感情は、とても重く、冷たく、カエデの体を包んでいく。足元が消えていくように、現実感を失わせていく。


「……いやあぁぁぁぁっ」


 呆然としているケビンの前から、カエデは逃げ出した。

 現実から、いや虚構から。

 もしかしたら、自分自身から逃げ出した。



 もう彼女は、何から逃げているのかもわからなかった。

  

  

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