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『 お役に立てないのです 』

  

  

 とっぷりと日も暮れて、静かな夜。古びた家のリビングに、ランプがぼんやりと灯る。

 そこには、いつもどおり村長であるジェイムスと、その義理の息子のケビン、そして拾われた少女カエデが座っている。

 食卓の上には、出来立てのミートパイから湯気とおいしそうな匂いが立ち上り、部屋の中を満たしているというのに、三人の表情はまるで通夜のように暗く、口は重い。



「カエデ嬢ちゃんを拾って今日で四日目になるのう」


 ぼそりと、ジェイムスは話し始めた。

 正面に座っているカエデは、びくりと身体を震わせる。ケビンは、そんな二人を、心配そうな表情で、きょろきょろと見ていた。


 老人は、ため息混じりに続ける。


「そして仕事をするようになって、三日になる」


「は、はいです……」


 カエデは、身体を小さくするように手を膝の上において少し前かがみなっていた。

 隣に座るケビンから見ると、豊かな胸が強調されているのだが、そんなことなど彼女は気がついていない。



「なんというのじゃろうな。

 かなり、遠まわしに表現すると……。

 ダメっ()じゃな」


「ご、ごめんなさいです」


 ガン


 勢いよく、頭を下げたらテーブルに頭を盛大にぶつけた。景気いい音に、ケビンもジェイムスも目を丸くして驚く。


「お、おい。何やってんだよ」


「勢いよすぎじゃよ」


「あ、あう。痛いです……」


 カエデは、涙目になりながら、恐る恐るおでこをさする。少しはれてコブになっているようだった。

 咳払いをひとつして、ジェイムスは話を戻した。


「カエデ嬢ちゃん、謝る必要はないのじゃよ。

 ちゃんと仕事をしてくれるだけで、いいのじゃ」


「はいなのです……」


「とは、言ったものの……これはなぁ……」


 申し訳なさそうにうな垂れる少女を前にして、村長は困った顔になる。

 なぜなら、叱ることが無いのだ。



 言い直すと、なにも彼女には悪い点が無い。


 サボったり、怠けたりはしない。

 仕事を覚えるのも悪くない。

 人当たりも、少々変わってはいるが出来てはいる。

 指先も器用だし、体力も並の男たちよりあるようだ。


 なのに、何の仕事も満足に出来ていない。


「何故なんじゃろうなぁ……」





 ジェイムスの嘆きに、カエデも一緒に心の中で頷く。


(なんで、出来ないんです……)


 カエデは、じっとテーブルの上に視線を置きながら、この三日間の出来事を降りかえる。

 一体何が悪かったのだろうと。



 仕事の初日。

 最初に紹介されたのは、機織りのカディナだった。この道、40年のベテランのおばあさんだ。

 羊の毛を、糸車を使って毛糸にする仕事をやることになった。この村の女性ならば、だれでも一度はやる仕事であり、誰でも出来るような簡単な仕事だ。


 だけど、カエデがいくらやっても出来上がるのは、毛糸じゃなくて毛玉ばかり。

 結局、半日かけても上手くいくことはなく、それ以上カディナの邪魔をするわけにもいかず、帰ることになってしまった。



 二日目。

 次に紹介されたのは、木こりのウォレンという、大柄な男性だった。

 最近、父親と一緒に森に入るようになったばかりだと、照れたように言うのが印象的な、好青年だ。

 なぜか、ケビンも「あいつが一緒だと心配だから」と言って一緒についてきて仕事をすることになった。


 木こりなどという、力仕事をやることになったのは、カエデがかなり力持ちだと判ったからだ。


 前の日、カディナの家から戻ってきた彼女は、やることがないからということで、村長宅の掃除を始めた。

 そのとき、うっかりタンスの後ろに本を落としてしまう。そのタンスをカエデは、ひとりで動かす。

 それを見たケビンは、すごく驚いたものだ。なぜなら、それは黒檀で出来ており、大人ふたりでも動かすのは難しいほど、重かったのだから。


 ということで、力仕事をすることになったのだが……。結論から言うとこれも上手くいかなかった。

 まず、斧が上手く使えない。振るえないというよりも、持つのが上手くいかないのだ。手からすっぽ抜けたり、木に刺さって抜けなかったりする。

 作業場で、木材にするための作業もダメだった。枝を切り払うくらいは大丈夫なのだが、四角に削ろうとするとなぜか途中で、丸太が砕けてしまう。


 結局、ケビンと一緒に薪にする枝をひろったり、キノコを採ったりしてその日は終わった。



 三日目。つまり今日。

 力仕事自体は、向いているだろうという事で、今度は畑仕事をすることになる。

 若い娘が、村にやってきたという噂は広まっていたらしく、集まった農家の人たちからは、珍しい人形を見たときのように歓迎された。

 そして、村はずれの畑を広げる作業を手伝うことになったのだが……。これも上手くいかなかった。

 クワを振るって、穴を掘ることは、できる。だがそれが、ウネにならない。いくらやっても土山になってしまったのだ。

 また、種まきをすると、なぜか手のひらにべったり残ったり、種が黒くなったりしてしまってダメになる。


 最初は、歓迎してくれた人たちも、最後には、不気味なものを見るような目になっていた。

 夕方、仕事が終わるころには、誰もそばにこようとしない。しかたないので、遠くから挨拶だけしてカエデは帰ってきたのだった。



 カエデは、顔をあげて、村長の顔をちらっと見てみる。

 眉間にしわを寄せて、何か考えているようだ。

 激怒しているというよりは、呆れているのように見える。


(なんだかもう、自信がなくなってきますです。

 ボクって、こんなにダメだったのですか……)


 また顔を下げて、周りに見えないように小さくため息をつく。

 カエデは、田舎暮らしなどしたことがない。だから、どれもこれも初めてのことばかりでは、あった。

 けれど、それにしてもだ。

 あんまりな結果。ひどすぎる失敗ばかりである。

 種まきなんて、やるだけなら小学生にだってできるだろう。それがカエデには出来なかった。


(うう。こういうのもニートっていうのかな……。

 いやだな、ニート)


 勘違いしたニートのイメージで、しくしくと嘆くカエデであった。





「ふむう……」


 ジェイムスは、困っていた。

 カエデは、いい娘だ。家もお金持ちなのだろう。だから、仕事をしたくないのならば、商人が来るまでの間、ずっと家で大人しくしてもらってもかまわない。


 だが、ケビンのことがある。

 彼は、自分の足がないことで、仕事に対して、いや生きるという事に対して投げやりになっていた。そんな彼の前で、ぐうたらするような姿を見せて欲しくはない。

 そのための、村で仕事を手伝うという提案だったのだが。


(裏目になってしもうたかのう)


 カエデは仕事が出来なかった。それも仕方なく、だ。


 カディナも、ウォレンも、他の者も会ったときに言っていた。カエデを叱らないでやって欲しいと。

 それは、彼女の失敗が、明らかに理不尽でおかしいから、というのも理由だろう。

 だが、それ以上に仕事をする姿が、彼らに好意的に受け止められたことが大きい。


 失敗したことに落ち込みはする。上手くできないことに、いらだってもいた。

 それでもくじけずに、やろうと続けていた。教えることに、ひとつひとつ頷き、言われた意味を考えて、ちゃんとやろうと努力を重ねていた。

 サボったり、逃げ出したりなど、もちろんしない。



(しつけが良いのだろうな。それに飲み込みも悪くないようじゃ。

 それならば、上手くとはいかずとも、それなりに形になるはずなのじゃが……)


 下手ならば、それはそれでよい。最初から上手くできる者など、極わずかしかいない。それが当然なのだ。

 だが、彼女は『下手』どこではない。結果だけが『失敗』になってしまうのだ。

 しかも、それから成長することが一切無い。何度も同じ失敗を重ねていく。ちゃんと正しい手順でやっているはずなのに。


(これでは、ケビンのあきらめ癖が悪化するかもしれんな……)


 叱ることは出来ない。何も悪いことはやっていないのだから。

 褒めることは出来ない。何も成功させてはいないのだから。



 きゅるるぅ


 沈黙していたリビングに、空腹を知らせる音が鳴った。

 ジェイムスが、誰のだろうと見ると、カエデが顔を真っ赤にさせている。彼女は、今日一日畑仕事をしていたのだ。とても空腹だろう。


「な、なあ、じいちゃん。

 せっかくのミートパイがさめちまうよ。続きはメシの後でいいだろ?」


 ケビンが助け舟をおどおどと出してきた。


「それも、そうじゃのう。では、いただくとするか」


 ジェイムスは、夕食のミートパイを切り分けて、食べ始める。

 カエデとケビンもそれを見て、待ってましたという勢いで食べ始めた。

 特にケビンは、よほど我慢していたようで、口いっぱいに入れている。

 そしてジェイムスが心配したとおりに、喉を詰まらせてしまった。


「あわてるでない。誰も取ったりはせんのじゃから。

 ほれ、水を飲め」


 ケビンは、村長からコップを受け取り、勢いよく水を飲み干して一息つく。

 その背中を、カエデは優しくさすっていた。


「もう、ゆっくり噛まなきゃダメですよ」


「わ、わるい。

 あんまり美味しかったからさ」


「まったく。そのような食事をしていては、せっかくの味が台無しになるのじゃよ」


 そうケビンに注意しながら、内心では『それも仕方ないじゃろう』とジェイムスも思っていた。


 このミートパイを作ったのは、彼自身だ。

 だが、今までの方法で作ったのものではない。

 目の前でミートパイを幸せそうに食べている少女から、教わった作り方だった。



(この件もおかしな話なのじゃのう)


 それは、木こりの仕事が上手くいかなかった日の夜のことだ。

 お詫びに夕食を作ると彼女はいった。だが出来たのは、面妖な黒いペースト。


 あきれたジェイムスは、どのようなものを作ろうとしたのか、聞いてみた。

 そのやり方は、知らないものだったが、ミートパイを作ろうとしているらしいとわかった。

 ……その説明があまりに一生懸命だった。どうやら母親から教わったレシピで得意料理らしい。だが、上手くできていないので、彼女は混乱していた。

 あまりにかわいそうだったので、カエデの代わりに、作って見せることにした。それで、出来上がれば満足するだろうと。


 出来た料理は、今まで味わったことが無いものだった。


 味がある。と表現すればいいのだろうか? 肉の脂が生地に染み込み、ソースの濃厚な風味がそれらを包み込む。

 今までの料理とは、明らかに別物だ。あまりの驚きに、次の日には村中に噂が広まっていた。

 だが、それをカエデは自分では作れない。作る方法、コツを知っているのにだ。



(一体、何者なのじゃろうな……)



 さくさくとしたパイを食べながら、ジェイムスの考えはそこに戻る。

 〈フェアリーリング〉に迷い込み異国からやってきた少女。育ちの良さや、着ていた服装から、貴族か裕福な商人の娘だろうとは察していた。

 素直で真面目、体力は並みの男以上、頭も悪くはない。器量もよく、このまま育てば、美しい令嬢になることであろう。

 だが、あまりにも何も出来ない。

 彼女になにかできる仕事はないだろうか?


(カエデ嬢ちゃんでも、出来るというところを見せれば、ケビンも変わると思うのじゃがのう……)





「あ、あの」


 食べ終わるのを見計らっていたのだろう。ジェイムスが最後のパイを飲み込むと同時に、カエデがおずおずと声をかけてきた。


「なんじゃ?」


「これ、ミートパイのレシピなのです。

 村の皆さんが知りたいって言っていたので、書いたのです」


 差し出されたのは、一枚の羊皮紙。息子の部屋に残っていた物を使ったようだ。

 村長は、うけとり上から順番に読んでいく。

 そこには、判りやすく読みすい文字で、材料の量や、作り方などが丁寧に書かれていた。


「おまえさん、文字が読み書きできるのか?」


「え? は、はいです」


 彼の質問に、少女は不思議そうな顔をして答える。何故、そんなことを確認されたのかわからないのだ。

 それを見て、ジェイムスは察する。おそらく彼女の国では、文字を読み書きできるのが当たり前なのだと。


(カエデ嬢ちゃんの国は、進んでおるのじゃな。このような料理も、そのような国ならば普通にあるのじゃろう)


 だが、この国ではそうではない。読み書きが出来るのは、富裕層と教会関係者くらいだ。


「せっかくじゃがの。この村で文字が読めるのは、わしだけなのじゃよ。

 自分の名前や、数字くらいは読めるのじゃが。レシピになるとわからぬ」


「あ……。そ、そうだったのですか……」


「き、気にすんなよ。上手くいかないなんて、いつものことじゃないか」


 しょんぼりと落ち込むカエデ。その隣の席から励ますケビン。

 少年の表情は、どこか安心したものがあった。


(こやつ……。カエデ嬢ちゃんを自分と同じだと思っておるな。

 じゃが、チャンスかもしれんな。ケビンがやる気を出すのを待つつもりじゃったが、カエデ嬢ちゃんならあるいは、上手くやるかもしれん)


 目の前のふたりの子供たちに、ジェイムスは『形見』を託してみることにする。

 ケビンの両親が残したものを。


「のう、カエデ嬢ちゃん。おまえさんは、帳簿をつけることはできるじゃろうか?」


「ちょ、帳簿ですか? 本格的なのは、やったことないのです。

 出納帳くらいなら、なんとか書けるとは、思うですけれど」


「ふむ」


 少女の言葉に、老人は満足げに頷く。彼女は、商人が扱う帳簿と、家でつける家計簿が違うことを理解している。

 その上で、真似事程度ならできると答えたのだ。


「ならば……。ひとつ、出来るかも知れぬ仕事がある」


「ボクが、出来る仕事です? やるですっ」


 リビングのランプが明るくなった。いや、カエデが嬉しそうに弾んだ声を出しただけだ。それだけで部屋の雰囲気が、軽くなった。

 この時に初めて、この子が落ち込んでいたことに、ジェイムスもケビンも気がついた。いつも、ニコニコしていたし、元気よく動き回っていたから、落ち込むことが無い子なのだと思い込んでいた。

 だが、違ったのだ。仕事が出来ないことをずっと気に病んでいたのだ、この少女は。


「そうじゃよ。

 仕事の内容じゃが……そうじゃのう。見て説明した方がいいじゃろうな。

 明日、案内するとしよう」


「わかりましたですっ。よろしくなのですよ」


「へ、へえ。そんな仕事があったんだ。よかったじゃないか

 まあ、失敗しても落ち込むなよ。仕方ないことなんだし」


 嬉しそうにするカエデを、どこかぎこちなく祝福するケビン。

 だが、そんな少年に、ジェイムスはにやりと笑みを浮かべて、言い含める。


「何をいっておるのだ、ケビン。

 おぬしも一緒に来るんじゃぞ」


「え? お、俺も? けど……俺じゃなにも……」


「この村で、手が空いているのは、おぬししかおらぬからな」


 ジェイムスは、そう言い切ると、とまどうふたりをリビングに残して、部屋に引き上げる。

 少々勿体つけすぎたかとは思ったが、せっかくの名案なのだ。このくらいは許されるだろう。



 廊下を歩いていると、窓から月が目に入る。ジェイムスは、2年前に無くなったケビンの両親へ心の中で語りかけた。


(……もしかしたら、カエデ嬢ちゃんをこの村に連れてきたのは、おまえさんたちなのかもしれんな)


 どうかあの世から、あの子達を見守って欲しいと最後に願い、老人は廊下を後にした。

  

  

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