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『 村で働くのです 』

  

  

「るらるらるー♪」


 カエデは、適当な歌を口ずさみながら、土を盛っただけの素朴なあぜ道を歩いている。

 村長がくれたリボンでまとめた、ポニーテールもそれにあわせて、ぴょこぴょこゆれていた。

 これから、仕事をするために、紹介された家へいくところなのだ。


 空を登っていく太陽は、ぽかぽかと優しく大地を照らし、青い空はどこまでも広がっている。

 途中で見かける、畑では麦らしきものが、生き生きと葉を伸ばしていた。土手には、ピンク色の花が鮮やかに咲き誇り、カエデに感嘆を上げさせる。


 都会育ちの彼女には、どれもこれも新鮮な体験だった。


「春ですねー♪」


 カエデは、ご機嫌で、でこぼこの歩きにくい道を気にもせずに歩いていく。



 昨日までと違って、こんなに機嫌がいいのは、天気がいいからだけではない。

 村長との話が、おおむねカエデが望んだとおりになったからだ。


 少なくても、しばらくは食事の心配も、寝る場所の心配もいらない。それに、王都へいく目処もついた。

 この世界に来てから、初めてカエデは、安心することができたのだ。


「良い村長さんでよかったのですよ。

 一生、奴隷になれって言われたらどうしようかと思いました」


 そんなことを想像していたあたり、彼女は、アニメの見すぎなのかもしれない。


「どんな、お仕事でしょうか。

 ボクに出来るようなものだと、いいのですが。

 いえ、きっと出来るはずなのです。頑張るのですよ、ボク」


 歩きながら、カエデは、さっきまでの村長とのやり取りを振り返った。









 ケビンが何故か不機嫌になって、リビングから去った後。

 リビングに残った、村長とカエデは、具体的な話にうつっていった。


「まずは、寝泊りと食事じゃが、あのままあの部屋を使ってもらってかまわん。

 食事もわしらと一緒にとってもらおうと思うとる」


「いいのです?」


「その分の御代は、カエデ嬢ちゃんが家に戻れてからもらうからの。安心せい」


 ほほほっとわざとらしく笑う老人。カエデが寝ていた部屋は、街へ勉強に出ている息子さんのものだったらしく、今は空き部屋なのだと説明してくれた。


「それなら、お言葉に甘えるのです」


「正直放り出して、色々悪さをされても困るからの。おぬしにも、村の男どもにも」


「あう?」


 カエデは、村長の言葉の意味が半分しかわからなくて首をかしげた。

 前の「カエデが悪さをしたら困る」というのは理解できる。空腹から食べ物を盗むようなことが、あったら困るという事だろう。

 だが、「村の男性が悪さをすると困る」というのが理解できない。なぜ、カエデが外で暮らすと村の男性が悪いことをするのかが、わからなかった。


 カエデは気になって、村長にたずねたが、わからないならそれでもかまわないと、はぐらかされてしまう。



「それよりもじゃ、次に王都へいく手段じゃ。

 王都ロンドニウムは、この村からノッティンガムシティを経由してさらに南に下ることになる。

 そうじゃのう、ゆっくり歩いて一週間くらいは見たほうがええじゃろうな」


「一週間、ですか」


 村長のいう一週間という長さをカエデも検算して頷いた。

 たしか、ロンドンからノッティンガムまでは、だいたい140マイル(約225Km)くらいは、あったはずだ。

 昔の人の旅をする距離は、一日に大体25マイル(約40Km)だと聞いたことがあった。

 140÷25=5.6

 大体6日かかる計算になる。余裕見て一週間というのは妥当だろう。


「思ったより遠いのですね」


 元の世界でなら、車を使えば3時間もかからないで着くことができる距離だ。

 つくづく現代がいかに発展していたのかを思い知らされる。



 カエデが肩を落としているのを見て、ジェイムスはそんなにショックだったのかと同情する。


(大事育てられてきたようじゃしな。おそらく大都市以外は知らぬのじゃろう)


 なので、励ますようにフォローを付け加えた。


「カエデ嬢ちゃんが、知らんのも無理はないかもしれんな。

 こんな田舎には、石畳の道ばかりが続いているわけでは無いのじゃよ。それに、モンスターとの遭遇なども、警戒しなければならぬ。

 一日に10マイル(約16Km)くらいが、旅の目安なのじゃよ」


「え……10マイル、ですか?」


 カエデは驚く。それでは、計算がおかしくなるからだ。

 一日に10マイルしか進めないのであれば、一週間で70マイルしか旅が出来ない。それでは、ロンドンまでの距離の半分である。到着するわけが無い。



(半分だけなのですか? でも、それでロンドンにつけるって言ってるし……。

 距離が半分……あれ、どこかで聞き覚えが……。

 半分、ハーフ……。

 ハーフ?

 もしかして……、ハーフガイア・プロジェクトなのですか!?)


 〈ハーフガイア・プロジェクト〉、それはMMO〈エルダー・テイル〉で行われていた大規模計画のことだ。

 単純に言うと、実際の距離を半分にした地球をゲーム内のマップとして再現しようというものだった。

 もし、この異世界も同じ法則だと仮定すると、ロンドンまでの距離が半分なのも納得がいく。


(……こんなところにも〈エルダー・テイル〉との共通点が……)


 カエデは、考え込んだ。もしかしたら、ここは〈エルダー・テイル〉の中の世界なのだろうかと。

 だが、すぐにその考えを打ち消す。〈エルダー・テイル〉はあくまでよく出来たゲームでしかない。

 ポリゴンで出来た世界に入っても、こんなリアルな世界にはなりはしないだろう。

 それに、村長やケビンを見ていても、彼らが人工知能(AI)で動いている作り物の人形(NPC)でないことは、明白だ。彼らは間違いなく自分の意思を持って生きている人間だった。


(ボクは……何を馬鹿なことを、考えているのですか。

 そんなこと、ありえるわけが無いのです)


 それに、もし、ここがゲームの中だとしたら……カエデは、本当にひとりぼっちになってしまう気がした。

 人形劇のステージの上にひとりだけ立っているような、そんなイメージが一瞬だけよぎる。

 そんなのは絶対にカエデは嫌だった。必死に心の中で否定する。



「顔色がよくないようじゃが、大丈夫かの?」


 村長の気づかう言葉に、カエデの意識が現実に戻る。慌てて顔をあげて、大丈夫ですと頷く。


「知らない土地じゃからのう。驚いてショックを受けるのも仕方あるまい」


「ちょっとびっくりしただけなのです。大丈夫なのです。

 お話を続けて欲しいのです」


「ならばよいのじゃが。では、話を続けようかの。

 さいわい、10日後にこの村へ巡回商人が来ることになっておる。女子供のひとり旅は危険じゃからの、同行させてもらえるように頼んでやっても良い」


「それは助かりますのです」


 勝手が全然わからない場所なのだ。ひとり旅は確かに怖い。これはありがたい申し出だった。


「その代わり、途中で息子に手紙を届けてもらおうかの。大丈夫、通り道のノッティンガムにおる」


「もちろんかまわないのです」


 ノッティンガムには、大きな学校があるらしい。そこで村長の息子は、勉強しているのだと説明してくれた。



「最後に、金じゃな。

 これから王都へ向かおうというのならば、旅費がかかる。他にも必要なものは多いじゃろう。

 じゃが、わしは、施しというのは嫌いでな」


「は、はあ……。

 じゃあ、それも食費とかと一緒にあとで……」


「働くのじゃ」


 カエデの言葉は、ジェイムスの強い断言に遮られた。


「は、働く、です?」


「幸い人では不足しておるのでな。商人が来るまで何もしないのも、良くないじゃろう?」


「そ、そうですね」


 静かに淡々と話しているが、言いようの無い迫力を感じてしまう、カエデ。こくこくと頷くことしか出来ない。


「なに、難しいことは無い。

 子供でも働くのが村では当たり前なのじゃからな」


「は、はあ……」


「既に話もついておる。しっかりやるんじゃぞ」


「は、はいです」


 最後まで村長の勢いにおされて、カエデはこくこくと頷き続るのだった。



 こうして、カエデは、巡回商人が来るまでの間、シャーウッド村で働くことになったのである。









 カエデが、回想をしながら道を歩いていくと、村の端の方にある、赤い屋根の小さな家が見えてきた。

 村長のジェイムスに紹介された、機織りはたおりのカディアさんの家である。

 村長宅もそうなのだが、基本的にこの村の家は、板で壁も屋根も作られているようだ。

 カエデは、中世ファンタジー世界といえば、石造りというイメージがあったのだが、それは都市部だけなのかもしれない。



 青く塗られた扉を、こんこんこんと、3回ノックする。

 しばらくそのまま待っていると、唐突に扉が開いた。


「あ、あの、カディアさんですか?」


 出てきたのは、50歳くらいに見えるおばあさんだった。肩にかけている紫色のストールが良く似合っている、どことなく上品な人に見える。


「そうだけど。あんたは、なんだい?」


 だが、出てきた言葉はつっけんどんとしていて、じろりと睨む目もちょっと怖い。

 カエデは、そんな老婆の態度など気にしないように、笑顔のまま元気よく自己紹介をする。


「ボク、カエデっていいますです。ジェイムスさんから紹介されて来ましたのです」


 戸口に立っているカエデを、カディアは上から下までじろりじろりと見てきた。

 カエデの今の格好は、村長宅で借りた、麻の袖付きシャツに、ショートパンツ。それに皮ひもで編まれたサンダルという格好だ。正直あまり見られたくない服装である。


「あの……」


「……」


 戸惑いながら、カエデは切り出すが、カディナの視線は彼女の胸の辺りから動かない。

 だんだん、恥ずかしくなってきながらも、必死にカエデは続ける。


「え、えっと……ボク、昨日……」


「ああ。昨日、騒ぎになったのは、聞いてるよ。」


 ぴしゃりと言い切られた。視線は、今度は腰の辺りに動いている。


(う、ううう。セクハラってこういうのも、言うのかなぁです)


 この世界にセクハラという概念があるかどうかは、怪しかったけれど。

 とにかく、こうして立っていても何も始まらない。


「え、えっとですね、ボクは村長さんから……」


「言わなくていいよ。毎度のことだからね。

 さっさと中に入りな」


 ぶっきらぼうに言われた。


「はい……」


 何も悪くないはずなのに、なにか怒られた気分になりつつカエデは、カディナの家の中へはいる。





「こっちだよ」


 腰を曲げて、杖をつきながら、ずんずんと奥へ進むカディアの後ろを、カエデは、とことこと着いていく。

 廊下は、薄暗く明かりは、窓しかない。

 所々の壁に、木彫りの飾り輪や、タペストリーが飾られている。それらは、造りが荒くて、小さな子供が作ったように、カエデには思えた。


(子供さんが、いるのかな?)


 だけど、それらしい物は他には見えない。もしかすると、既に大人になり独立したのかもしれない。

 カエデはちょっと気になったが、前をすたすたと歩いていくカディナに問いかけることは出来なかった。




 カディナの後について、家の奥の扉をくぐる。そこには、木製の大きな機械がどどんと置いてあった。


 カディナは、羊の毛をつむいで糸を作り、布を織る仕事をしている。

 この村で生まれた女子は、みんな一度は彼女の元で練習するのだと、村長が話してくれた。


(あれが、その機織り機はたおりきなのですね)


 始めてみた機械にカエデは、興味がわいてくる。


「そっちじゃないよ。あんたが使うのはこっちだ」


 カディナが指を指す方をむくと、細い水車にも似た、大きな輪がついた機械があった。

 いわゆる糸車と呼ばれるものだろうと、カエデは見当をつける。


「使い方は、見ての通りだよ。わかるね」


「わかんないです」


 まったく悪びれずに即答するカエデ。

 その返事にカディナは、呆れたように肩をすくめながら、紡ぎ機の前に腰掛けた。


「堂々と言う子だね……。まあ、いいさ。

 じゃあ、やって見せるからね。一度で覚えな」


 横においてあった籠から、白い羊毛の塊を取り出す。そして、手際よく機械にその端を引っ掛けていった。

 その動きは、手馴れたものであれよあれよという間に終わってしまう。


「こんな感じに捻りながら、やるんだよ」


「おおー」


 足元のペダルを踏むと、はずみ車をまわし、ベルトが大きな輪を回す。カディナのやせ細った手から、毛の塊がひきのばされて、機械に巻かれていくうちに、毛糸へと変わっていく。

 それはまるで魔法のように不思議な光景に、カエデは思え、ちょっとした感動さえ感じた。


「すごいです。きれいなのです」


「変なことを、言う子だね……。

 それじゃ、わかったね? わかったのなら、さっさとやりな。

 今日中にこの籠の分、全部終わらせなきゃならないんだ」


「はいです」


 カディアの言葉に元気よく頷いて、場所を交代する。

 そして、彼女がやっていた通りに、機械を回し始めるのだが……。


「あ、あれ?」


 上手くいかない。

 いや、途中まではちゃんと出来ている。車はリズムよく周り、毛玉はひっぱられて、ねじられて糸になっていく。

 だが、最後に糸車に巻き取られると、なぜか元の毛玉にもどってしまっていた。


「なにやってんだい、あんたは。

 ちゃんと、見てたのかい?」


 毛糸を巻き取る車に、もこもこと毛絡み付いて、ふわふわドーナッツになってしまっている。

 後ろから、深いため息が聞こえてきた。失望の音色だ。


「み、見ていたのですが……。

 ごめんなさいです」


 カエデは、毛玉を糸車から取り除きながら、謝る。

 でも、いま何がまずかったのか、わからなかった。


(今のは……一体何なのです?)


 手から毛が伸びて、機械に引っ張られていく。それはねじられて毛糸になり、糸車に巻き取られていった……。

 操作は間違ってない。手際は良くなかった。少し糸が太すぎて、すこし失敗はしたかもしれない。それでも、ちゃんと糸にはなっていた。

 だが、巻き取られた毛糸は、なぜか毛玉に戻っていたのだ。


(何が、不味かったのかな……。うう、わかんないのです)



「さっさと、もう一度やりな。

 できるまで、続けるんだよ」


「は、はいなのです。次、いきますです」


 カディナの言葉に、元気よく返事して、再び糸を紡ぎ始める。

 糸車は、カラカラと軽快に回り、もこもこと毛玉が巻きついてゆく。


「あ、あれ? なんで? どうしてなのです?」


 わけが判らなかった。カエデは、あまりの理不尽さに首をかしげる。

 糸が太すぎてしまうのなら判る。

 車に糸の途中がひっかかって、巻きついてしまうこともあるだろう。

 手から毛の塊がすっぽぬけて、機械に巻き込んでしまったりもするかもしれない。


 だけど。


 途中まで、糸だったのに、完成したら毛玉に戻っていた。


 おかしい。


 糸紡ぎなんて初めてやったカエデだが、それでも判る。これはおかしいと。

 というか、理屈があっていない。失敗するなら原因があり、過程を経て、結果になるはず。

 けど、これは、失敗という結果だけになっている。



「あ、あの……」


「なんだい? 一度や、二度の失敗で、そんな顔しているんじゃないよ。

 ほら、さっさと毛玉を回収してやり直しな」


「あう。は、はいです」


 後ろを振り向き、不安の声をあげると、ぴしゃりとしかられた。

 どうやら、カディナさんにとって、この現象は当たり前らしい。


(世界が違うと、ここまで違うものなのかな……)


 とにかく、そう言われた以上、やってみるしかない。

 元々こちらは初心者。判断するための知識も経験も無いのだ。


(やってみるのです)


 それからひたすら、カエデは、糸車をまわして毛玉を延々と作り続けた。









 お昼になった。

 カエデは、結局一度も糸を作ることが出来ないまま。

 今は、カディナとふたりキッチンで昼食を取っている。

 もっともメニューは、朝と同じポリッジだったが。



「今まで、たくさんの娘を見てきたが、あんたほどダメな子はいなかったね」


「はう……」


 皮肉交じりの言葉に、ただ身体を小さくするしかない。

 あれから、ただの一度も上手く出来なかったのだから。

 いや、上手くどころではない。一度も糸の形にすらならなかった。


 カエデもこれにはさすがに落ち込む。運動は苦手だったが、それなりに手先は器用だと思っていたのだから。

 ここまで不器用だったのかと自分が嫌になる。


「だれだって、最初は、上手くいかないものさ。

 けど、何度かやってりゃ、そのうち上手くいくことがある。

 あとは、それからコツをつかめば、簡単さ。勝手に糸が出来ていくようになる。

 だが、あんたはダメだ。

 たった一回も成功しやしない」


「はいなのです……」


 カディナは、怒ってはいない。ただひたすら呆れているようだった。

 そのことに、カエデは申し訳なさを感じると共に、彼女の辛抱強さを見た気がした。

 ここまで失敗ばかりしているのに、一度も怒鳴ったりしないのだ。ため息は一杯出ていたけれど。


 最初は、いらいらしていて、きつそうな人だと思った。

 でも、それがカディナにとっては、きっと普通の状態なのだろう。不機嫌に見えるだけなのだ。

 本当に不機嫌を目の前にすると良くわかった。


(今も、多分どうやったら、上手くいくのだろうと考えてくれているんだろうな……)


 そう思うと、ただでさえ味が無い食事が、さらに味を失っていく。

 でも、じゃあどうすればいいのか? となるとさっぱりわからない。


 サボっていたのなら、真面目に取り組めばいい。

 失敗が多いなら、失敗の原因を確かめて、注意すればいい。

 やり方が理解できていないなら、もう一度最初から、教わるところから始めるべきだ。


(なのですが……)


 サボっていない。朝から、カディナさんに見てもらいながらずっとやっていた。

 失敗の原因がわからない。カディナさんからも、何も言われない。

 やり方は理解は出来ている。作業の仕方はスムーズだと言われた。


(これは……。困りましたです)


 山を登っても頂上に着けないどころじゃない。いくら歩いても出発点に戻っている。ちゃんと山頂への道を歩いているはずなのに。


 モミジに聞いた、日本の話にも似たようなものがあったのを思い出す。

 川原で子供が石を積み上げる。だが、それをやってきた鬼が途中で崩してしまうのだ。そして子供はまた石を積み上げ始める。

 たしか、親より早く死んだ子供が、あの世で行う罰だったと思う。親が来るまで、そうやって苦しむわけだ。


(……もしかして、ボクは既に死んでいて、これはその罰なのです?)


 そんなことを考え出すほど、カエデは参ってきていた。




「あんた」


「は、はいです」


 脱線して別方向に考えがいっていたカエデは、カディナの声に、思わず背筋を伸ばして返事する。

 カディナは、咳を一つしてから、話を切り出した。


「あんた、ダメだね」


「ダメ、ですか?」


「ああ、ダメだ」


 キッパリと言い切られる。

 カエデは、納得する。朝から今まで作れたのは、1つも無いのだから。

 納得はするけれども、それでも切ないものはあった。


「あんたを、庇うつもりはないけどね。

 おかしすぎるんだよ。ここまで、出来ないのはね。

 もっと小さい子供だって、朝いっぱいかければ一つや二つは出来ているもんなのさ」


「で、ですよね……」


 小さい子より、ダメと言われてますます落ち込むカエデ。

 実際、それほど難しい作業には思えない。量は多いので、大変ではあるし疲れるものではあるだろうけど。

 そもそも、まったく糸が作れないとは思えなかった。


「最初は、毛玉になって失敗する。それは、誰だってやることさ。

 けどね、あんたは、そこからまったく進まない。

 サボっているわけじゃないのは、見てたからわかる。

 言われたとおりに、ちゃんとやっていたしね。

 あんたは、真面目でいい子なんだろうね。あんたの親を褒めてやりたいよ」


 カエデは、なぜここで親の話が出るんだろうと、首をかしげた。

 カディナなりの褒め言葉だったのだが、彼女にはわからなかった。


「けどね、出来てない。一回も出来なかった。

 こりゃあダメとしか、言えないじゃないか」


「はいです」


 ダメといわれても、カエデは素直に頷いた。

 理由はよくわからなかったが、彼女が、カエデのために考えてくれて出してくれた答えだという事は伝わったからだ。ならくじける必要は無い。


「……めげない子だね。

 少しは、泣いて見せた方が、男受けするよ。

 まあ、正直に言うとね、わかんないんだよ、あたしには。

 あんたは、ちゃんとやった。難しい仕事じゃない。なのに出来ないんだ。どうして出来ないのかがわかりゃしない。

 続けていれば、出来るようになるかもしれないが……」


「これ以上カディアさんの仕事が止まるのも困るのです。

 あの機械、一つしかないのですよね?」


「ふん。頭は悪くないようだね。

 もう少し、気を使うことを覚えると、もっと頭よく見えるよ」


「あはは。よく言われるです。

 ……じゃあ、帰って村長さんに相談してみます。

 短い間でしたけど、色々教えてくれて、ありがとうございました」


 照れるのをごまかす様に笑ったあと、頭を下げる。

 そんなカエデを見て、カディアは呆れ交じりの笑みを浮かべた。本当に変な子だと。


「礼なんて、いうんじゃないよ。

 あたしは、あんたに仕事をやれなかったんだ。

 ここは、文句をいうところさ」


「んーでも、文句なんてないですし……。

 あ、じゃあ」


 ひらめいて少女は、ぽんと手を打ち合わせる。


「お昼ご飯、ご馳走様でした。

 ありがとうなのですよ」


「なるほどね。そっちは、たしかに断わる理由は無いね。

 つまんない飯だったが、満足してもらえて何よりだ」


 二人でニコリと笑いあう。




 食器の片付けをした後、そのままカエデは帰ることにした。

 残っていても、おそらく出来ることはないだろうし、カディナの仕事の邪魔はしたくなかったからだ。



「それじゃ、お世話になりました」


 カエデは、ぺこりと頭を下げる。カディアは、わざわざ外まで見送りに出てくれた。

 それが、ちょっとだけ嬉しかった。


「また、来ますね、カディアさん」


「あたしは、暇じゃないんだよ。

 何にも用意は、しないからね。期待するんじゃないよ」


「はいです」


 大きく手を振りながら、カエデは帰途につく。



 こうして、カエデの一日目の仕事は、終わった。

 何も出来ないままに。

  

  

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