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『 悲しくてもお腹は空くのです 』

  

  

 朝。外から小鳥の鳴き声が聞こえる。

 カエデは、閉じていた目をゆっくりと開いた。

 ベッドのから見上げる天井は、木板でできた昨日と同じ天井。つまりあの寝室のままだ。


「朝なのです……。でも天井は同じなのです。

 やっぱり、夢じゃないのですね……」



 昨日、村長という老人から聞いた話。

 それは、ここが地球とは似ていても異なる、別世界ということだ。

 なぜか〈エルダー・テイル〉と同じ地名を持つ世界。ゾンビやミノタウロスが本当にいる世界。

 つまりそういう、まるで作り物ファンタジーのような異世界だということだ。


「……信じたくなかったのです」


 その話を聞いた後、カエデは毛布を頭から被り、布団に閉じこもってしまった。


 怖かったのだ。モンスターが。知らない場所に放り出されたことが。誰も知らないことが。

 まるで今まで生きてきた人生こそが、夢で。これこそが現実だといわれているような気がして。

 怖くて、恐ろしくて、それ以上、何も聞きたくなかった。


 そのまま、涙が止まらなくて、夜中まで泣き続けて。泣き疲れて、いつの間にか眠ってしまった。



「……でも、信じなくても……リアルなんですよね、今はこれが」


 くぅ


 お腹が空腹であることを、小さく主張してきた。


「こんなときでも、身体は素直なのですね」


 現金なのかもしれないと、カエデは自分に呆れる。一晩泣き明かしただけで、どこか心が落ち着いていた。

 現状を納得してなくても、受け入れていた。そういうものなんだと。

 そうなれば、後は現実的な欲求が持ち上がってくる。


「つくづく、ボクはヒロインとかそういうのには向いていないようです」


 自分に対して、苦笑交じりに笑う。風情も感傷もありゃしない。

 けれど、多分それが「カエデ」なのだろう。そう自分で思った。





 堅いベッドから降りて、用意されていた木靴をはく。

 乾いた音を木の床で立てながら、窓に近寄り、そっと押した。


 最初は日の光で目がふさがれる。

 やがて眩しさが去ると、青い空と緑の森と茶色い村の様子が飛び込んできた。


「うあ……」


 感嘆の声が出た。

 ずっとビルに囲まれて生きてきたカエデには、新鮮な光景である。

 これがバカンスなら、きっと今日一日何をして遊ぼうかと、みんなではしゃいでいたことだろう。


 けれど、今はバカンスどころじゃないし、一緒にはしゃいでくれる友達もいない。


「……」


 ぱんっと両手で、自分のほっぺたを叩いて気合を入れなおす。


「さてと、どうしましょうです」


 朝日を全身に浴びながら、軽く体操をして体をほぐしながら、今後のことを考え始めた。


 このままベッドに寝ていて、状況に流されるままになるのも選択肢ではある。だけど、そんなのはつまらないし、退屈だ。

 なら、なんらかの行動をするべきだろう。


「行動の目標は……もちろん、みんながいる世界に帰ることです」


 きっと急にいなくなって心配かけていることだろう。できるだけ急いで戻りたい、カエデはそう思う。

 だが、戻る方法となるとさっぱりわからない。

 少なくてもカエデは、モンスターがいるような世界との行き来ができるなんて話は聞いたことが無い。まず間違いなく、大きな交流などは無いはずだ。


「けれど、ボクがここに居る以上、行き来がゼロってことも……あまり無いと思うです」


 19年も生きてきていれば、現実には「特別」なんてものは、実際にはあまりないと理解できる。ましてや「自分だけが異世界にこれる」なんていうのは、思い上がりに近いだろう。

 その証拠に、言葉が通じている。言葉なんてものは、歴史の中で作られて変化していくものだ。交流がまったくないのに、同じ言葉を話すなんてことはありえない。


「だとすると……。問題はどうやって戻る方法を探すか、ですね」



 手を組んで大きく背中をそらしながら、次のステップを考える。

 戻る方法の手がかり。それはどうやれば得られるだろうか? 簡単である、人に聞くしかない。

 なぜなら、カエデは研究者でもなんでもない。自分で発見できるとは思えなかった。


「となると……出来れば、そういうことを研究している人たちがいるような場所にいくのが良さそうです」


 昨日の少年や村長とのやりとりから、ほぼ間違いなく、この世界にはモンスターがいて魔法みたいなものがあるのだろうと確信していた。

 ゾンビに追われたことを不思議がったりしなかったし、〈フェアリーリング〉が本当にあるようだったからだ。


 そういう世界ならば、当然モンスターや魔法みたいなものを研究している人たちはいるだろう。国があるような文明なのだ。無いほうがおかしい。


「そういう人がいる場所を村長さんが、知っているといいのですが。

 もし知らないようでしたら、とりあえず王都でしょうかね」


 カエデは、目標をそう定めた。



 一通り体操が終わると、髪の毛を適当にまとめてて頭の後ろで縛る。なにかリボンかヘアピンがあればいいのだが、見当たらないので仕方ない。


「少なくても、ボクはかなり幸運なのです。そのチャンスを逃しちゃダメです」


 わけもわからないまま異世界に放り出されたことは、不幸だと思う。だが、そのあとケビンという少年に見つけてもらって、こうして村で介抱してもらえた。これはかなり幸運なことだ。


 崖から放り投げられたとき、そのまま地面に落ちて死んでいたかもしれない。

 〈フェアリーリング〉で飛ばされた先が、無人の土地で誰も助けてくれずに、死んでいたのかもしれない。

 悪党に見つかって、とんでもない目にあっていた可能性だってある。


 そのどれでもないのだから、かなりついてるとカエデは思った。


「まずは……なんとか村長さんたちから、信用してもらわないといけないですね」


 窓からみえる範囲では、ここは小さな村に見える。そうなると、大事なるのは個人間での信頼関係だ。

 怪しい奴やら、危険な人物と判断されて、村から放り出されたりするようなことは避けたい。


 なぜなら、ここはモンスターという危険がある世界なのだ。

 ただの女子大生であるカエデが、怪物と戦えるわけが無いし、そんな状況で生き延びれるとも思えない。


「とは、いったものの……どうやって信頼を得ようです……。

 ボクに起きたことを話しても、どこまで信用してもらえるか……」


 しばらく、うなりながら考えるが。


「ダメですね。向いてないです。

 正直に全部話したほうが、良さそうです」


 すぐに諦めた。開き直ったともいえる。または、こうやって助けてくれた村の人の良さに賭けたとも言っていい。


「……だめだったら、王都までの旅費を黙って借りるだけですし」


 カエデは、最後にそう締めくくった。

 彼女は、見た目は中学生ほどだが、ちゃっかりと黒い大人なのである。









 カエデは、部屋の扉を開けて廊下へ出た。

 もちろん、この家の住人にあいさつをして、助けてもらったお礼を言うためだ。

 出来れば今後のことも相談したい。


 南北に伸びている廊下は、それほど長くない。扉は、今開けたのを含めてみっつ並んでいた。

 そして両端には、それぞれ広い部屋へと続いている。


「えっと、あっちです?」


 南の方の部屋から、人の気配がする。

 カエデは、木靴をからんからんと鳴らしながら、そちらへむかった。




 どうやら、その部屋はリビングのようだった。

 広めの窓から、朝日が差し込んで室内は十分に明るい。


 中央には、白いテーブルクロスがかかった大きな木のテーブルがおいてあった。

 そこには、昨日あった老人と少年が、向かい合って座っていて、ちょうど朝食を食べているところだったらしい。


「起きたようじゃの」


「あ、だ、大丈夫なのか?」


 部屋に入ると、老人と少年が同時に声をかけてきた。

 ちょっとびっくりしながらも、カエデはぺこりと頭を下げる。


「おはようございます。

 昨日は、お世話になったのに、取り乱してしまって……。

 ご心配おかけしました。もう、大丈夫です。

 あらためて、助けていただいて、ありがとうございます」


 カエデの言葉に、少年は驚きの顔のまま固まってしまった。

 そんな少年の驚きように、苦笑しながら老人は、カエデに挨拶を返す。


「おはよう。少しは落ち着いたようじゃの」


「はいです。その、見苦しいところ……」


「子供は、そんなことを気にせんでいいんじゃよ。

 昨日は何も食べておらんからな。お腹が、空いておるじゃろう?

 今、準備するから、外で顔を洗ってくるといい。

 井戸は、そこの扉を開けて右のほうじゃよ」


「ありがとうなのですよ。お借りしますです」


 老人の言葉にカエデは頷いて、言われたとおりに外へ向かう。

 昨日とは違う、そんな元気な様子をみて、少年と老人は少しだけ安心した顔をするのだった。









 カエデは、言われたとおりに外へ出て右の方へいくと、石で丸く囲まれた井戸があった。

 屋根から、ロープがたれているのを見ると、ポンプ式ではなく、滑車式のようだ。


「あうー」


 それを見てカエデは、思わずうんざりした顔になってしまう。

 水というのは意外と重い。桶いっぱいに入っているなら、とても重いことだろう。井戸の底から、引き上げるのがとても大変そうだった。

 蛇口をひねると水が出るというのは、とても便利だったんだと改めて思う。


「でも、顔は洗いたいですし」


 近づいてみると井戸のそばに、手ぬぐいやタライが置いてある。ありがたく使わせてもらうことにして、まずは桶を井戸の中にゆっくりと落とした。

 井戸の中から水がこぼれる涼しげな音が響く。


「うん、しょっと」


 滑車から下がったロープを引っ張り、桶を引き上げ始めたのだが……。


「あ、あれ?」


 からからと滑車は軽快に回り、桶はするすると上り始めた。

 あまりの手ごたえの無さに、水が桶の中に入っていなかったのかと不安になる。

 でもそんな心配はなく、上がってきた桶には、なみなみと水が入っていた。


 その桶を引っ張りあげて、横にあったタライに移す。桶を直接持ったときも、とても軽い。


「な、なんだろう、これ?」


 まるで急に力持ちになったみたいだった。カエデは、あまり運動をする方でなく、当然こんな体力など無い。

 水が入った桶を軽々と持てるはずが無いのだ。だが、今は確かに水の入った桶を簡単に持ち上げれた。


「別人になったみたいです……」


 確かめるために、タライの水を鏡代わりに覗き込む。かすかに揺れる水面に映りこんだのは、不安な表情をしたカエデだった。


「……変わった様子はないのです」


 いつもどおりのヘーゼル色の目を見て、変わってないことを確認する。普段は、嫌いな眼の色だが、今回ばかりは安心した。


(ううーん。身体もいつもと変わらないみたいですし……)


 昨日、怪我を確認したときのことを思い出す。

 相変わらず背は低いし、胸はジャマになる。特に何かが変わった様子は無かった。


(ああ、そういえば怪我をしてなかったのでしたです)


 変わったことといえば、崖から落ちたのに怪我が無かったことを思い出した。

 そういえば、逃げ出したときも、いつもより早く走っていた気がしてくる。


(見た目は、変わっていないみたいです。

 でも何かが違うみたいです……。しばらくは、力加減とかに気をつけた方がよさそうです)


 異世界に来ただけ、というわけではないのかもしれない。

 漠然とそんな不安を感じるカエデだった。

  

  

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