『 森で夢をみるのです 』
「……はあ……はあ」
小柄な少女が息を切らしながら、古い森を走りぬける。追いかけてくる怪物から逃げるために。
うっそうと茂る木々の間から見上げる空には、もうすぐ真上にのぼろうとしている丸い月。重なりあう葉の隙間から、こぼれ落ちる白い線は、少女をまだらに照らしだす。
尻尾のように弾んで揺れるのは、ふたつに結われた、つややかで長い黒い髪。
暗い森の奥を必死に見つめる瞳は、黒から茶そして緑へと、明かりよって様々に色をかえていく。
「……はあ……はあ」
小さな少女は、静かな森に様々な音を奏でながら走る。
地面を踏む足の音。
こすれあう鋼の音。
短く弾む息の音。
身体を包むのは、清楚な白いローブ。スカートの深い切れ目から、白い肌の足が伸びて湿った土を蹴る。
細い手足と大きな胸をおおった青銀色の鎧は、身体が動くたびにゆれて、かすかに音を鳴らす。
まだ大人になりきれず柔らかさを感じさせる顔は、上気して赤くなり、わずかに開いた小さな唇からは、熱い息をこぼしていた。
「……はあ……はあ……きゃ!?」
地面を這う根に、足が引っかかり、前に倒れそうになる。
「はあ、はあ……」
慌てて手を伸ばして、そばの樹を支えにすることで、かろうじて冷たい土に転がることは、避けた。だが、それで足が止まってしまう。
「ぜえ……はあ…… ぜえ……はあ……」
呼吸の乱れが収まらない。少し目眩もする。彼女が思っていたよりも疲労がたまっていた。
これ以上、走るのは無理だと考えた少女は、休める場所が無いかと、周りを見わたす。
(あ……)
隠れるのにちょうど良さそうな、大きな樹の洞が目に入る。
(あれなら、大丈夫そうです)
洞の傍にしゃがみこみ、危険なものが何も無いことを確認すると、その中に体を収めた。
膝を抱えて座った小さな身体は、すっぽりと穴に隠れてしまうだろう。明かりがとぼしい深い森の中では、この洞に隠れた彼女を、見つけるのは難しそうだった。
「ぜ……は……。ぜ……は……」
呼吸が中々落ち着かない。
(しばらく……休んだ方がいい、です?)
ここは安全そうだと考えた少女は、予定より長く休息を取ろうと、まぶたを閉じて体の緊張をゆるめる。
しかし、それが不味かった。今までの疲れが一気に押し寄せて、やがて睡魔に変わっていく。
(……眠ったら、危ない、です……)
大樹に優しく抱かれた少女は、抗いもむなしく、静かに寝息をたて始めた。
そして、小さな少女は、夢をみる。
懐かしい夢だ。
白い家。両親や学校の友達。近所のお店。
それらが、いつもそこに当たり前のようにあった。
後に〈大災害〉と呼ばれる事件が起こる、たった三日前の出来事のことだ。
まだ日常が終わってしまうことなど、知らない。
けれど、既にはぐれてしまう、切っ掛けは始まっていた。
そんな日の夢をみる。