第2話 最初の実験と、見えすぎる未来
赤ん坊の生活というのは、思っていた以上に単純で、そして思っていた以上に過酷だった。
寝る。
起きる。
泣く。
飲む。
また寝る。
その繰り返し。
だが問題は、そのすべてが“自分の意思で制御できない”ことにある。
(腹減ったな)
と思っても、すぐにミルクが出てくるわけじゃない。
むしろ、泣かないと気づいてもらえない。
だが泣くと、今度は泣きすぎて疲れる。
そして眠くなる。
眠くなると、思考が鈍る。
結果、何もできない。
……理不尽だ。
そんな生活が続いて、どれくらい経ったのか。
正確な日数は分からない。
だが、少なくとも「目がある程度見える」「音の方向が分かる」くらいには成長した頃。
俺はようやく、まともに“考える時間”を確保できるようになっていた。
夜だ。
家族が寝静まり、周囲の音がほとんど消える時間。
この時間だけが、俺にとっての自由時間だった。
(……さて)
ベビーベッドの中で、俺はじっと天井を見つめる。
今日はやることがある。
というより、やらなければならないことがある。
⸻
■目的:能力の検証
⸻
俺が持っている特典は6つ。
だが、そのほとんどは“まだまともに使っていない”。
理由は単純だ。
怖いからだ。
あの《物質生成》は明らかに危険だし、《ひらめき》も一度発動したときの情報量が異常だった。《共鳴》に至っては、幼稚園(まだ行ってないが)で無自覚に発動したらどうなるか分からない。
だが——
(いつまでも何も試さないのは、もっと危険だ)
知らないまま使うほうが怖い。
なら、少しずつ確かめるしかない。
(まずは……一番分かりやすいところからだな)
⸻
■物質生成
⸻
俺は意識を集中する。
あのときの感覚を思い出す。
“作る”のではない。
“そこにあるものを引き出す”ような、奇妙な感覚。
(ミスリル……極小)
次の瞬間。
指先に、何かが“現れた”。
(……出た)
ほんの粒。
米粒よりもさらに小さい、銀色の光。
だが、それは確かに存在している。
重さがある。
質量がある。
そして——
どこか現実から浮いているような、不思議な存在感がある。
(これが……ミスリル)
前世の知識が警告する。
常温超電導。
つまり、電気抵抗がゼロ。
熱が出ない。
ロスがない。
理論上、エネルギー効率を限界まで引き上げられる。
(……これ一粒で、文明が変わるな)
笑えない。
本当に。
俺はそれをじっと見つめながら、次の行動を考える。
(問題は、どう使うかだ)
電流を流す必要がある。
だが、ここはベビーベッドだ。
電源なんてない。
……いや。
(あるな)
視線を横に向ける。
コンセント。
その近くに、間接照明のコードが伸びている。
直接触るのは無理だが——
(接触させるだけなら……)
俺はゆっくりと手を動かす。
赤ん坊の手は不器用だ。
思った通りには動かない。
だが、時間をかければどうにかなる。
数分後。
ミスリルの粒が、コードに触れた。
その瞬間。
「……っ」
世界が変わった。
電流の“流れ”が見える。
いや、正確には“理解できる”。
どこからどこへ流れているか。
どこでロスが出ているか。
どこが無駄か。
(……なるほど)
そして。
ミスリルに触れた部分だけが、明らかに違う。
抵抗がない。
流れが“止まらない”。
それはまるで、水が完全に滑らかな管を通るような感覚だった。
(成功……だな)
その瞬間。
部屋の明かりが——
一瞬だけ、チカついた。
(……あれ?)
次の瞬間。
⸻
■虫の知らせ
⸻
《警告:エネルギー干渉》
(……やばい)
すぐに理解した。
ミスリルが、周囲の電気系統に影響を与えている。
おそらく、抵抗ゼロの部分に電流が集中したのだ。
結果、バランスが崩れた。
(……これ、普通に危険だな)
俺は即座にミスリルを消す。
意識を引けば、粒はすっと消えた。
部屋は静かに戻る。
何事もなかったかのように。
(……セーフ)
心臓がドクドクと音を立てる。
いや、赤ん坊の体だからそこまで激しくはないが、感覚的にはそれに近い。
(これは……)
確信した。
「使い方を間違えたら、事故る」
だが同時に。
もう一つ、分かったことがある。
(制御はできる)
生成量を絞ればいい。
配置を考えればいい。
段階を踏めばいい。
つまり——
「計画的に使えば、世界を壊さずに変えられる」
そのときだった。
ふっと、別の感覚が浮かぶ。
⸻
■ひらめき
⸻
回路。
構造。
配置。
(……ああ)
理解する。
(“安全な使い方”がある)
電力網をいきなり変える必要はない。
まずは小さな範囲。
閉じた回路。
影響が外に出ない場所。
(実験環境を作ればいい)
そこまで考えたところで。
⸻
■共鳴(微弱)
⸻
ふと、隣の部屋の気配を感じる。
母だ。
眠っている。
だが、完全に深い眠りではない。
どこか不安が残っている。
(……俺のせいか)
さっきのチカつき。
もしかしたら、無意識に気づいているのかもしれない。
その瞬間。
自然と、言葉が浮かんだ。
(大丈夫だ)
声にはならない。
だが——
“意識”だけを向ける。
すると。
母の気配が、ふっと緩んだ。
(……今の)
理解する。
「これが共鳴か」
直接話していない。
何もしていない。
ただ、“安心させる意思”を向けただけ。
それだけで——
相手の状態が変わる。
(……これは)
ミスリルよりも。
オリハルコンよりも。
危険だ。
人は、物よりも扱いが難しい。
そして、壊れやすい。
(使い方、絶対間違えるなよ俺)
深く息を吐く。
いや、実際には浅い呼吸しかできないが、気分的にはそんな感じだ。
そのとき。
未来が、ふとよぎった。
巨大な都市。
光る軌道エレベーター。
宇宙に浮かぶ構造体。
そして——
その中心にあるネットワーク。
人と人を繋ぐ情報の流れ。
(……ああ)
分かる。
(技術だけじゃ足りない)
人を動かす必要がある。
理解させる必要がある。
広める必要がある。
(そのためには——)
答えは一つ。
(媒体がいる)
テレビじゃ遅い。
新聞じゃ足りない。
(……なら)
自然と、言葉が浮かぶ。
(動画)
(ネット)
(共有)
そして——
(自分で作るか)
その瞬間。
⸻
■虫の知らせ(微)
⸻
《成功可能性:高》
(……だよな)
まだ何もできない。
パソコンも触れない。
文字も書けない。
だが。
(準備はできる)
知識はある。
能力もある。
時間もある。
(なら、やることは決まってる)
俺は静かに目を閉じた。
まずは成長する。
体を作る。
動けるようになる。
そして。
世界を、少しずつ書き換える。
その最初の一歩は。
この、小さな実験から始まった。
感想や評価をお願いします




