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神様転生したはずが赤ん坊の自分に転生していた件  作者: 柿の木


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第27話 家で初めて“宇宙”を具体的に設計図へ落とす

 図書室で借りた宇宙の本は、思っていた以上に静かに効いていた。


 その場では、ただ結菜と並んでページをめくり、月や火星やロケットの写真を見ただけだ。


 子供向けの本だから、内容も基礎的だった。


 月面に足跡が残る理由。


 地球の重力と宇宙の無重力。


 ロケットがどうやって上へ飛ぶのか。


 惑星ごとの特徴。


 その程度だ。


 だが、だからこそ、だった。


 難しすぎない形で整理された情報は、かえって恒一の中にあるものと結びつきやすい。


 前世の断片的な記憶。


 神様から与えられた《ひらめき》。


 《物質生成》で扱える幻想金属。


 ミスリルの超電導性。


 アダマンタイトの高強度・高柔軟性。


 オリハルコンの反転物質特性。


 それらを、“今の自分でも触れられる範囲の現実”へ接続してくる。


 家に帰ってからも、その本のページが頭から離れなかった。


 夕食の最中、修一が仕事の話をし、美咲が学校のことを聞き、いつも通りの家庭の時間が流れている間も、恒一の意識の一部は別のところへ向いていた。


 月。


 軌道。


 輸送。


 エネルギー。


 材料。


 人が地球を出るために必要なものは何か。


 どういう順番で技術が繋がっていくのか。


 そしてそれを、現代日本から始めるならどこを最初の一点にすべきか。


「恒一?」


 美咲の声で意識が戻る。


「うん」


「聞いてる?」


「聞いてる」


 本当は半分しか聞いていなかった。


 だが、そういうときの返答の精度はだいぶ身についている。


 美咲は少しだけ疑わしそうな顔をしたが、それ以上は突っ込まなかった。


 夕食を終え、風呂に入り、宿題も済ませる。


 いつもならその後は、本を読むか、少し先の勉強を軽く進めるくらいだ。


 だがその日は違った。


 部屋へ戻り、机の前に座った恒一は、宿題用とは別の白いノートを引き出しから取り出した。


 学校で使うノートではない。


 家の中でも、できるだけ人目につかないようにしている、自分用の思考の置き場だ。


 もちろん、そこへ何か露骨に危険なことを書くつもりはない。


 今の自分はまだ小学生だ。


 部屋の管理権も完全にはない。


 美咲が掃除で触れることもあるし、修一が何気なく目に入れることもある。


 だから書くなら、子供の落書きや興味の延長に見える形でなければならない。


(でも、今日は落としたい)


 頭の中だけではなく、一度外へ出したい。


 宇宙の本を見た今日だからこそ、初めてそこまで思った。


 今まで“いつか行く場所”としてぼんやり持っていた宇宙を、“そのために必要な構造”として一度紙の上に置いてみたい。


 それは、これまでのどの設計図とも少し違う意味を持つ。


 教室の空気を読むこと。


 小学校での立ち位置を調整すること。


 それらが短期の設計だとすれば、これは長期の核だ。


 ずっと遠くにある最終目標の、初めての具体化。


 恒一は鉛筆を持ち、ノートの真ん中に大きな円を描いた。


 地球。


 その少し外側にもう一つの円。


 軌道。


 さらに小さく離れた位置に月。


 そして右上に、もう少し大きめの火星。


 子供が宇宙の絵を描いたようにしか見えない。


 だが、恒一の中ではそれぞれがただの丸ではなかった。


 地球は発信点。


 軌道は中継点。


 月は資源と実験の拠点。


 火星は、本格的な外部植民の最初の候補地。


 そこまで一気に行く必要はない。


 いや、行ってはいけない。


 順番がある。


 そして、その順番を崩さない限り、たぶん人類は行ける。


 問題は、その“順番”をどう切るかだ。


 恒一は地球の横に、小さく四つの文字を書いた。


 電力


 少し離して、もう一つ。


 材料


 さらに。


 情報


 そして最後に。


 輸送


(まずはこれか)


 あまりにも当然すぎる答えだ。


 だが、当然のものほど重要でもある。


 電力がなければ、社会基盤が持たない。


 材料がなければ、宇宙用の構造物も輸送機も作れない。


 情報がなければ、人も資金も動かない。


 輸送がなければ、そもそも地球を出られない。


 逆に言えば、この四つが繋がれば、宇宙開発は夢物語ではなくなる。


 そして、その四つのうち、今の自分がもっとも深く触れられるのは二つだ。


(電力と材料)


 ミスリル。


 アダマンタイト。


 この二つは、まさにそこへ直結する。


 ミスリルが常温常圧超電導なら、送電ロスの問題は根本から書き換えられる。地上のインフラだけではない。磁気的な制御技術、エネルギーの貯蔵や伝達、あらゆる分野の土台になる。


 アダマンタイトが高強度・高柔軟性を持つなら、構造材の概念そのものが変わる。軽く、強く、しなやかであることは、宇宙機にも地上設備にも極めて大きい。


 問題は、それをいつ、どういう形で表に出すか。


 恒一は鉛筆を止めた。


 そこで《ひらめき》が、静かに輪郭を持ち始める。


 暴走するような大量の情報ではない。


 むしろ、こちらがテーマを与えたことで、必要な分だけ集まってくる感覚。


 宇宙へ行くために、現代日本から最初に必要な一手は何か。


 そう問うと、答えは意外なほど明確だった。


(いきなり宇宙じゃない)


 当然だ。


 月面基地も、火星輸送も、今の日本でいきなりやれば狂人扱いされる。


 現実はそういう段階にない。


 だから、最初に必要なのは“宇宙開発そのもの”ではない。


(地上で勝つこと)


 それが答えだった。


 地上で勝てる技術。


 地上で利益を生む仕組み。


 地上で人を集め、社会に受け入れさせ、国を動かせるだけの説得力。


 その結果として、宇宙が次に来る。


 順番を逆にしてはいけない。


 恒一はその言葉を、ノートの端に小さく書いた。


 先に地上


 その横に、さらに矢印を書く。


 電力 → 産業 → 資金 → 発信 → 宇宙


 ずいぶん雑な流れだ。


 だが、自分の中ではかなり本質に近い。


 まずは電力革命。


 そこから産業を変える。


 産業を変えれば資金が生まれる。


 資金と実績があれば発信力が持てる。


 発信力があれば、人も政治も巻き込める。


 その先に宇宙開発がある。


(……結局、全部繋がるな)


 幼稚園の頃に描いた“つながってる絵”を思い出す。


 あのときは、まだ感覚だけだった。


 家、人、乗り物、テレビ、ロケット。それらが一本の丸から伸びる線で繋がっていた。


 今、その線に意味が入り始めている。


 電力が家へ繋がる。


 情報が人へ繋がる。


 輸送が産業へ繋がる。


 その先にロケットがある。


 あの絵は、やはり間違っていなかったのだ。


 そのとき、机の上のノートへ落ちる影の角度が少し変わった。


 部屋の扉がわずかに開く音。


 美咲だった。


「まだ起きてたの?」


 声はやわらかい。


 だが、少しだけ様子を見に来た温度がある。


 恒一は一瞬でノートの上へ腕を置いた。


 隠すというほど露骨ではない。


 でも“今見ていたもの”の中心だけは見せない位置だ。


「うん」


「何してるの?」


「……絵」


 完全な嘘ではない。


 実際、丸と線で描いているのだから。


 美咲は机の横まで来て、軽く覗き込んだ。


 ノートに見えるのは、地球、月、火星らしき丸と、それを繋ぐ矢印。子供が宇宙に興味を持って描いた絵としては、十分自然だ。


「宇宙?」


「うん」


「図書室の本の影響かな」


「たぶん」


 美咲は少し笑う。


「好きだねえ」


 その言い方には、“男の子ってこういうの好きよね”くらいの軽さがある。


 それでいい。


 ここで“どこまで本気なの?”と踏み込まれては困る。


「でも、遅いから、そろそろ寝ようね」


「うん」


 美咲はそれ以上見ず、部屋を出ていった。


 扉が閉まり、恒一は小さく息を吐く。


(危ないな)


 やはり油断は禁物だ。


 いくら子供の興味の延長に見えても、紙に落とした瞬間からそれは“痕跡”になる。


 ならば書き方にも工夫がいる。


 露骨な言葉は避ける。


 核心は記号と自分だけの省略で残す。


 たとえば“ミスリル”と書く代わりに“M”。


 “アダマンタイト”は“A”。


 “宇宙輸送”ではなく“上へ”。


 そういう隠し方が必要になる。


 恒一はその場で、書いた文字のいくつかを少しだけ子供っぽく崩した。


 “電力”の横に、小さな稲妻の絵。


 “材料”の横に、箱のような四角。


 “情報”にはテレビみたいな絵。


 “輸送”には車とロケットを混ぜたような落書き。


 それだけで、ノートの雰囲気はかなり変わる。


 深夜の設計図ではなく、宇宙に興味を持った小学生のメモに近づく。


(このくらいか)


 十分ではない。


 でも、今の自分にできる範囲ではかなりいい。


 再びノートへ目を落とす。


 そこにあるのは、たしかに設計図だった。


 幼稚園の頃の“つながってる絵”より、少しだけ具体的で、少しだけ未来へ近い。


 それでもまだ、誰が見ても子供の落書きに見える程度のもの。


 でも、それでいい。


 今はまだ、その程度で十分だ。


 重要なのは完成度ではなく、“核を紙の上に置いた”ことだ。


 その事実が大きい。


 頭の中だけの未来は、自由だ。


 だが、自由すぎて霧散もする。


 紙へ落とした未来は、少しだけ現実に近づく。


 順番に考えられる。


 修正できる。


 積み上げていける。


 それが重要だった。


 恒一はノートの一番下に、小さく一行だけ書いた。


 月はまだ先。先に地上。


 自分への釘だった。


 ロマンに引っ張られないための。


 宇宙は目標だ。


 だが今の自分が触れるべきは、まず地上だ。


 電力。


 材料。


 情報。


 輸送。


 その順番を守る。


 そして、そのための入り口は、やはりどこかで“地上で利益になるもの”でなければならない。


 ふと、そこにもう一つの線が浮かんだ。


 動画。


 発信。


 人の注目。


 以前から考えていた、自作の動画サイトやSNSの話だ。


 技術だけでは足りない。


 人が見て、広がって、使いたいと思わなければ意味がない。


 ならば、エネルギーと材料の変革に先立って、情報の基盤も必要になる。


 ノートの端へ、さらに小さく書く。


 見せる場所を作る


 そこまで書いたところで、恒一はようやく鉛筆を置いた。


 胸の奥が少しだけ熱い。


 興奮というより、手応えに近い。


 今まで遠かったものが、少しだけ“順番の中に置けるもの”になった感覚。


 それはかなり大きかった。


 布団に入ってからも、目を閉じればノートの丸と線が浮かぶ。


 地球。


 軌道。


 月。


 火星。


 電力。


 材料。


 情報。


 輸送。


 全部が一本の流れの中にある。


 もちろん、現実はそんなに単純ではない。


 政治もある。


 国際関係もある。


 官僚も、企業も、利権も、技術的障壁もある。


 だが、骨格としては間違っていないはずだ。


 そして、自分にはその骨格を突破できる材料がある。


 ミスリル。


 アダマンタイト。


 ひらめき。


 共鳴。


 まだ何も始まっていない。


 それでも、始まりの設計図はできた。


 その意味を思うと、どうしても胸が熱くなる。


 今日の一番大きな変化は、図書室で宇宙の本を見たことではない。


 それを、自分の未来の中へ正式に組み込んだことだ。


 夢ではなく、計画の一部にしたことだ。


 それが大きい。


 恒一は毛布を少しだけ引き上げ、静かに目を閉じた。


 小学校一年生の夜。


 部屋の机の上には、子供の落書きにしか見えないノートが一冊ある。


 だが、その中身は確かに設計図だった。


 いつか地上を変え、その先で月へ、そして火星へ至るための、最初の最初の輪郭。


 まだ誰にも見せられない。


 見せる必要もない。


 それでいい。


 秘密は秘密のまま、まずは形を持てばいい。


 そう思いながら、天城恒一はゆっくりと眠りへ落ちていった。


 宇宙はまだ遠い。


 だが初めて、その遠さに具体的な道筋が引かれた夜だった。


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