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神様転生したはずが赤ん坊の自分に転生していた件  作者: 柿の木


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第1話 幕間:父と母の夜

 夜は、思っていたより静かだった。


 赤ん坊が生まれたら、もっと騒がしくて、もっと大変で、休む暇もないものだと思っていた。


 もちろん、楽ではない。


 数時間おきに泣き、抱き上げ、あやし、ミルクを与え、また寝かしつける。


 それでも——


「……寝たね」


 母は、小さく息を吐いた。


 腕の中で、さっきまであれほど大声で泣いていた我が子が、今は嘘のように静かに眠っている。


「ほんとだ……さっきの泣き方、びっくりしたな」


 父は苦笑しながら、ベビーベッドをのぞき込んだ。


 ほんの少し前まで、あれほど焦っていた自分が、少しだけ恥ずかしくなる。


「なんか、止まらない感じだったよね」


「うん……あんなに急に泣くものなんだな」


「赤ちゃんってそういうものって聞くけど……」


 二人は顔を見合わせて、同時に小さく笑った。


 まだ慣れていない。


 何もかもが初めてで、何が正解なのかも分からない。


 だが、それでも——


 目の前にいる小さな命が、確かに現実として存在している。


 それだけで、何かが満たされていた。


「……さっき、外出ようとしてたよね」


 母がぽつりと呟く。


「ああ……ちょっと様子見ようかなって」


「危ないよ。ああいうの」


「うん……そうだな」


 父は頭をかいた。


 本当は気になっていたのだ。


 外の物音。怒鳴り声。何かが壊れる音。


 もし近所でトラブルが起きているなら、見に行くべきかもしれないと思った。


 だが——


「……あいつが泣いたからな」


「うん」


 母はベッドの中の赤ん坊を見る。


 さっきの泣き方は、ただのぐずりとは違った気がした。


 理由は分からない。だが、何かを「止める」ような、そんな泣き方だった。


「……引き止められたみたいだったね」


「え?」


「なんていうか……行かないでって言われたみたいな」


 父は少し驚いた顔をした。


 同じことを、ほんの一瞬だけ考えていたからだ。


「……考えすぎじゃないか?」


「うん、そうだと思う」


 母はすぐに笑ってみせた。


 だがその目は、どこか優しかった。


「でもさ」


「うん?」


「なんか、守られてる気がした」


 その言葉に、父は少しだけ黙った。


 守る側だと思っていた。


 自分たちがこの子を守らなければいけない。そう思っていた。


 だが今、ほんの少しだけ——


 逆の感覚があった。


「……不思議な子だな」


「ね」


 二人は同時に笑う。


 まだ何も知らないはずの存在。


 言葉も話せない、小さな命。


 それなのに、なぜか安心感がある。


「名前、どうする?」


 父がぽつりと聞いた。


「まだ考え中って言ってたでしょ」


「いや、なんか……顔見てたら、もう決めたくなってきてさ」


 母は少し考える。


 ベッドの中で眠る小さな顔。


 さっきまで泣いていたのに、今は穏やかに呼吸している。


「……強く育ってほしいな」


「それは思う」


「でも、ただ強いだけじゃなくて」


「うん」


「ちゃんと人のこと分かる子になってほしい」


 父はゆっくりとうなずいた。


 それは、理想だ。


 簡単じゃない。


 だが——


「……大丈夫な気がする」


「え?」


「なんとなくだけどさ」


 父は苦笑する。


 根拠なんてない。


 ただの直感だ。


 それでも、なぜか確信めいたものがあった。


「こいつなら、ちゃんとやれる気がする」


 母はその言葉を聞いて、少しだけ目を細めた。


「親バカ」


「もうなってる」


「早すぎ」


 二人はまた笑った。


 しばらく沈黙が続く。


 時計の針の音だけが、静かに部屋に響く。


 その中で、母がぽつりと呟いた。


「……怖くない?」


「何が?」


「これから」


 その言葉に、父は少しだけ考えた。


 仕事。お金。将来。責任。


 考えるべきことはいくらでもある。


 正直に言えば、不安のほうが大きい。


 だが——


「怖いよ」


「うん」


「でもさ」


 父はベビーベッドを見る。


 そこには、小さな命が確かに存在している。


「それ以上に、楽しみのほうが大きい」


 母は少し驚いた顔をしたあと、ゆっくりと笑った。


「……そっか」


「うん」


「私も、そう思う」


 そのとき。


 ベッドの中の赤ん坊が、ほんの少しだけ動いた。


 まるで、会話を聞いていたかのように。


「……起きた?」


「いや、寝てる」


「びっくりした」


 二人はほっとしたように息を吐く。


 だが、その小さな動きに、ほんのわずかな違和感があった。


 気づいたのは、母のほうだった。


「……今さ」


「うん?」


「笑ってなかった?」


「え?」


「いや、気のせいかも」


 気のせいだ。


 新生児がそんな表情をするはずがない。


 そう、頭では分かっている。


 それでも—


「……楽しそうな顔だった気がする」


 父は少しだけ考えてから、肩をすくめた。


「いいじゃん」


「え?」


「楽しそうなら、それで」


 母は一瞬きょとんとしてから、くすっと笑った。


「……そうだね」


 その夜。


 二人はまだ知らない。


 この小さな命が——


やがて世界を変える存在になることを。


そして。


すでに、その第一歩を踏み出していることを。


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