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神様転生したはずが赤ん坊の自分に転生していた件  作者: 柿の木


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第1話 赤ん坊にして、世界の終わりを知る

 人間、二度目の生で最初に覚える感情が「困惑」になることは、そうそうないと思う。


 少なくとも、前世の俺はそうだった。


 だが今の俺は、間違いなく困惑していた。


 なぜなら――泣いているからだ。


 いや、感情として泣いているんじゃない。肉体が勝手に泣いている。肺が空気を吸い込み、喉が震え、口が開いて、耳障りな叫びが病室の中に響き続けている。


「おぎゃああああああああ!」


 うるさい。自分で言うのもなんだが、うるさい。


 しかし止められない。


 体が小さすぎる。手も足もまともに動かない。首も据わっていない。視界はぼやけていて、光がにじんで見える。自分が今どんな姿勢で抱えられているのかも、はっきりしない。


 ただ一つ、はっきりしていることがある。


 俺は死んだはずだ。


 しかも、かなり間抜けな死に方で。


 仕事帰り、コンビニで買った唐揚げ弁当を落とし、反射的に拾おうとして足を滑らせ、そのまま道路側へ転倒。ちょうど走ってきたトラックに轢かれた。しかも最後まで弁当を離さず、唐揚げを守ったまま死んだ。


 ……思い返しても酷い。


 もっとこう、あるだろう。たとえば誰かを助けたとか、最後に何か悟ったとか。俺の最期は「唐揚げを死守した男」だ。神様が爆笑するのも分からなくはない。いや、分かりたくはないが。


『いやマジであれは反則だって! なんで最後まで持ってるの!?』


 白い空間で腹を抱えて笑い転げていた、あのジャージ姿の神様の顔が脳裏に蘇る。


 思い出しただけで腹が立つ。


 もっと厳かに送り出せなかったのか。いや、そもそも転生先をもっと異世界っぽくできなかったのか。


 俺は剣と魔法の世界で無双するつもりだったのだ。少なくとも、そういう流れだと思ったのだ。神様も「特典つけとくわ」とか軽く言っていたし。


 なのに。


「元気な男の子ですよー」


「ありがとうございます……ありがとうございます……!」


 聞こえてくる声は、どう聞いても日本語だ。


 しかも周囲の空気も、匂いも、聞こえてくる電子音も、どう考えても現代日本の病院である。


 ……異世界要素はどこへ行った。


 混乱する俺の脳内に、ふっと透明な板のようなものが浮かび上がった。



《鑑定》自動起動


対象:自分

状態:新生児

出生:2000年、日本

特記事項:転生個体/神授特典保持



 はい確定。


 俺は、異世界ではなく、現代日本の――しかも2000年の自分自身に転生したらしい。


 赤ん坊として。


 まさかのやり直しである。


 笑えない。いや、神様は笑うだろうが。


 抱き上げられたまま、俺は視線だけを必死に動かした。白い天井。蛍光灯。カーテン。機械。看護師らしき人物。疲れ切った顔で、それでも泣き笑いのような表情を浮かべる女性――たぶん母親。そして、隣で泣きそうな顔をしている男性。父親だろう。


 鑑定を向けようとして、やめた。


 いや、正確には向けたつもりだったが、情報量が多すぎて処理しきれない感覚があったのだ。今の脳はまだ新生児用で、前世の意識があっても、肉体の性能は幼いままなのだろう。


 ただ、分かることもある。


 母親は命懸けで俺を産んだ。父親はそれを隣で見守りながら、役に立てない自分に歯噛みし、それでも安堵している。看護師は手慣れた動作の中で確かな優しさを持っている。


 人の感情の輪郭が、ぼんやりと理解できる。


 これが《共鳴》か、それとも《鑑定》の副次効果かは分からない。だが、少なくとも一つ確かなことがある。


 俺は今、完全に守られる側の存在だ。


 それが少しだけ、悔しかった。


 前世の記憶があるせいだろう。自分では考えられる。状況も読める。けれど体が動かない。何もできない。何一つだ。


 だが、その無力感を打ち消すように、突然、背筋の奥をざわりと何かが撫でた。


 冷たいような、熱いような、不快な予感。



《虫の知らせ》


警告:この世界は歪みの蓄積段階にある


危険要素:エネルギー/人口構造/技術停滞/政治的停滞


総合評価:未来に大きな閉塞あり



 言葉として聞こえたわけじゃない。


 だが、意味だけが頭の奥に沈み込んでくる。


 この世界はまずい。


 今すぐ滅ぶとか、巨大隕石が落ちてくるとか、そういう単純な話ではない。もっと鈍く、もっと根深い破綻。ゆっくりと沈む船のようなものだ。


 前世の知識と、この直感が重なった瞬間、妙な納得があった。


 確かに、二十一世紀は便利になる。ネットも発展するし、スマホも当たり前になる。動画サイトもSNSも爆発的に広がる。AIも強くなる。


 でも同時に、エネルギー問題は残り続け、経済格差も広がり、政治は硬直し、少子高齢化は深刻になる。世界中で利害はぶつかり、技術は進歩しているようで、その本質は旧来の仕組みに縛られたままだ。


 人類は前に進む。


 けれど、根本は変わらない。


 まるで、古いエンジンに無理やり新しい部品を継ぎ足して走っているような危うさだ。


 そして俺の中には、神様から押し込まれた六つの特典がある。


 鑑定。言語理解。物質生成。虫の知らせ。ひらめき。共鳴。


 あの適当神、笑いながらとんでもないものを寄越したな。


 もしこれをまともに使えたら、世界は変えられるかもしれない。


 ……もっとも、今の俺はおむつすら自力で替えられない赤ん坊だが。


 そこまで考えたところで、限界が来た。


 赤ん坊の肉体は思考を長時間支えられないらしい。急激な眠気に意識が沈み、俺は何の抵抗もできずに眠りへ落ちた。


     ◆


 次にまともに意識が浮上したのは、数時間後――あるいは数日後だったかもしれない。


 新生児の時間感覚は壊滅的だ。寝て、起きて、泣いて、飲んで、また寝る。その繰り返し。しかも大半の行動が本能任せで、自分の意思で制御できる範囲が驚くほど狭い。


 俺はそれを、人生で初めて心底思い知った。


 赤ん坊、弱すぎる。


 いや、戦闘力の話ではない。生活の話だ。


 腹が減っても自力で何もできず、体勢が悪くても動けず、ちょっと不快なだけで泣くしかない。感情表現の手札が「泣く」しかないの、あまりにも不便すぎる。


 おかげで、俺は生後まもなくにして悟った。


 世界を変える前に、まず首が据わらない。


 文明を起動する前に、寝返りすら打てない。


 この現実は、かなり厳しい。


 ただ、その中でも収穫はあった。


 一つは《言語理解》だ。


 これは恐ろしく便利だった。聞こえてくる日本語は当然として、テレビやラジオから流れる外国語も意味が分かる。英語、中国語、韓国語、ロシア語――音として入った瞬間に意味へ変換される感覚。しかも単語レベルではなく、文脈やニュアンスまで分かる。


 さらに驚いたのは、会話の裏にある「言わなかったこと」まで薄く理解できる点だ。


 父が母に「無理しないで」と言うとき、その裏には「自分も怖かった」「でも支えたい」「これから頑張らなきゃいけない」という複数の感情が折り重なっている。


 母が「大丈夫」と笑うとき、その裏には「大丈夫じゃないけど、この人を安心させたい」という意思がある。


 言葉は表面だ。その奥に流れるものまで分かる。


 これはおそらく《共鳴》と《言語理解》が重なっているのだろう。


 もう一つの収穫は、《鑑定》の使い方に少しずつ慣れてきたことだ。


 最初は情報量に押し潰されそうだったが、何度か試すうちに「焦点を絞る」感覚が分かってきた。全部を見るのではなく、一部だけを見る。


 たとえば母親。



対象:母

状態:疲労(大)、睡眠不足、幸福、高揚、軽度の不安

対自分感情:愛情極大/保護本能極大

備考:あなたの泣き声に非常に敏感



 父親も似たようなものだった。



対象:父

状態:緊張、責任感増大、仕事不安、幸福

対自分感情:愛情大/決意増大

備考:将来に対する漠然とした焦りあり



 ……うん。


 重い。


 ありがたいが、重い。


 俺は前世で誰かの子どもになり直すことを想定していなかったから、この手の愛情の直撃に少し戸惑っていた。中身は大人の意識なのに、向けられるものは全面的に「我が子」へのそれだ。


 そして、その気持ちに応えられるだけの行動が今はできない。


 情けないが、今の俺にできるのは、せめて夜泣きを必要最低限にすることくらいだった。


 だが、その「必要最低限」すら難しい。赤ん坊の体は、快・不快の閾値が低すぎるのだ。ほんの少しの空腹や寒さで、涙腺と喉が仕事を始める。


 ある夜、俺は盛大に泣きながら、心の底から決意した。


 絶対に早く成長してやる、と。


 その数日後のことだった。


 事件が起きた。


 いや、世間的には何の事件でもない。ただの家庭内の小さな出来事だ。だが、俺にとっては決定的だった。


 居間で父がニュースを見ていたのだ。


 まだ幼い俺は母に抱かれながら、その映像をぼんやり眺めていた。内容は新しい世紀の始まりに向けた景気の話や、IT関連の期待感、国際情勢、そんなところだったと思う。


 だが映像の中に映った送電鉄塔と都市の夜景を見た瞬間、頭の奥で何かが弾けた。



《ひらめき》発動



 回路図。


 金属結晶構造。


 電流密度。


 抵抗値ゼロ。


 常温超電導。


 送電ロスの劇的減少。


 都市インフラの再設計。


 発電効率ではなく、輸送効率の革命。


 情報が、怒涛の勢いで脳内に流れ込む。


 理解できる。意味も分かる。だが、それが何を意味するかまで理解した瞬間、背筋が冷えた。


 この設計は――現代の技術水準を何十年も飛び越える。


 そして、俺にはもう一つの特典がある。


 《物質生成》。


 恐る恐る、その情報の奥へ意識を向ける。すると、またしても透明な情報板が開いた。



《生成可能特殊物質》


ミスリル:常温常圧超電導特性を持つ幻想金属

アダマンタイト:超高強度・高柔軟性を兼ね備える幻想金属

オリハルコン:反転物質特性を有する高位幻想金属



 待て待て待て。


 おい神様。


 これを現代日本にぶち込む気だったのか?


 ミスリルが常温超電導だと? それだけで送電、磁気浮上、医療機器、量子技術、ありとあらゆる分野がひっくり返るぞ。アダマンタイトは材料工学を根底から壊すし、オリハルコンに至っては名前からして危険物だ。


 しかも《ひらめき》があるせいで、俺はそれを「すごい素材だなあ」で済ませられない。どう使えば世界がどう変わるかまで、直感的に見えてしまう。


 ヤバい。


 これは本当にヤバい。


 だが同時に、胸の奥で熱くなるものがあった。


 これだ。


 これがあるなら、本当に変えられる。


 電力も、産業も、情報も、宇宙開発すら。


 前世では無理だったことができる。


 個人の人生をやり直すどころじゃない。文明そのものを更新できるかもしれない。


 その考えに、ぞくりと鳥肌が立った。


 赤ん坊の皮膚は敏感だ。感情の震えがそのまま体に出る。母が心配そうに俺の顔をのぞき込んだ。


「どうしたの? 眠いのかな」


 違う、母さん。


 今この瞬間、俺はたぶん人生で一番興奮している。


 とは言え、興奮したところで何もできないのが現実だ。


 せいぜい手足をばたつかせるのが関の山である。俺はその無力さに少しだけ冷静になり、まずは計画を立てることにした。


 短期目標。生存し、健やかに育つこと。


 中期目標。言葉を話せるようになり、行動範囲を広げること。


 長期目標。能力の検証、安全な運用法の確立、そして世界変革。


 うん、最後だけやたら重いな。


 だが、順番としては妥当だ。


 何より《虫の知らせ》がずっと警告している。「露出するな」「急ぐな」「知られるな」と。


 つまり、一気に世界を変えるのは悪手なのだろう。


 たぶんこの力は、出し方を間違えれば国家に奪われる。企業に狙われる。あるいはもっと単純に、社会そのものが混乱して終わる。


 なら、やるべきことは一つ。


 隠しながら、育てる。


 バレずに、備える。


 その結論に達した直後だった。


 居間の空気が少しだけ張り詰めた。


 母は何も気づいていない。だが俺は分かった。外だ。


 窓の向こう、道路のあたり。通り過ぎる車の音。近所の犬の鳴き声。風に揺れる木の葉。そのどれとも違う、ごく小さな違和感。


 そして、背筋がぞわりと粟立つ。



《虫の知らせ》


警告:近距離の不穏要素



 心臓が跳ねた。


 何だ。まさか敵か? いや、そんなはずはない。まだ何もしていない。今の俺はただの赤ん坊だ。


 だが警告は弱くない。


 俺は必死に耳を澄ませた。赤ん坊の聴覚がどの程度なのか分からないが、意識を集中させると妙に鮮明に世界が聞こえる。


 ……外で、誰かが言い争っている。


 酒の匂い。荒い息。乱暴な足音。酔っ払いか。


 次の瞬間、何かが倒れる音がした。


 母がびくっと肩を揺らす。父も顔を上げた。


「外、何かあったかな」


 父が立ち上がり、玄関の方へ向かおうとする。


 その瞬間、俺の中で警告が強くなった。



《虫の知らせ》強度上昇


危険:接触回避推奨



 行くな。


 そう思った瞬間、俺は全力で泣いていた。


「ぎゃああああああああああああああ!」


 父が止まる。


「えっ、どうした!?」


「びっくりしたのかな?」


 違う。びっくりしたのは俺だ。


 だが泣き声は予想以上の効果を発揮した。母が「ちょっと見てきて」ではなく、「先にこの子お願い!」と父を引き留めたのだ。


 父は玄関へ向かうのをやめ、慌てて俺の方へ戻ってきた。


 その数秒後。


 外から、ガシャンと派手な音が響いた。


 ガラスが割れるような音。


 続いて怒鳴り声。


 さらに、近所の誰かが通報したのか、遠くでサイレンの気配が近づいてくる。


 父と母の表情が強張った。


 どうやら酔っ払い同士の揉め事が近所の家の門扉か何かに突っ込んだらしい。もし父があのまま玄関を開けていたら、面倒事に巻き込まれていた可能性は高い。


 俺は泣きながら、背中に冷たい汗を感じていた。


 ……本物だ。


 《虫の知らせ》は、本当に危険を察知する。


 しかもかなり実用的な精度で。


 偶然じゃない。さっきの感覚は、明らかに「父が外へ出るな」と告げていた。


 もし今後、これが暗殺や事故や政治的な罠にまで反応するなら、想像以上の武器になる。


 だが同時に理解した。


 この能力に頼り切るのは危険だ。


 あくまで警告であって、答えではない。何が起きるかを完全には教えてくれない。解釈を間違えれば普通に死ぬ。


 つまり、考えるのは俺自身だ。


 ……うん。やっぱり面白い。


 厄介で、危険で、でも使いようによっては世界を掌握できる力。


 神様は雑だったが、寄越した特典は本物らしい。


 その夜、俺はベビーベッドの中で天井を見つめながら、静かに誓った。


 今度の人生は、ただ生き直すだけでは終わらせない。


 学校に行って、就職して、なんとなく年を取り、何かを諦めながら死ぬ――そんな一本の人生ではなく、もっと大きなものに変えてやる。


 この世界は、遅すぎる。


 政治も、産業も、科学も、情報も、どこかで詰まっている。


 なら、その詰まりをぶち抜く。


 俺には前世の知識がある。


 六つの特典がある。


 そして何より、二度目の人生をゼロ歳からやり直せる時間がある。


 使わない理由がない。


 まずは家族を守る。


 次に自分を守る。


 そして力を育てる。


 表に出るのはその後だ。


 最初は小さくでいい。誰にも怪しまれない範囲で、ほんの少しだけ未来へ近づく。やがてそれが積み重なれば、技術は蓄積し、資金も生まれ、人も集まる。


 動画サイトも作れるだろう。SNSも。メディアを押さえれば、情報の流れを握れる。ミスリルがあるなら送電革命も可能だ。アダマンタイトがあれば交通も宇宙開発も変わる。オリハルコンはまだ危険すぎるが、いずれ必ず使い道が見える。


 その先にあるのは、きっと地球だけじゃない。


 月。火星。小惑星帯。軌道コロニー。


 人類が太陽系へ出ていく未来。


 前世の俺なら、そんな夢は笑って終わっていた。


 けれど今は違う。


 笑うのは神様だけで十分だ。


 いずれ現実にしてやる。


 そう思ったところで、ふいに視界の端で月明かりが揺れた。カーテンの隙間から差し込む淡い光が、ベビーベッドの柵に細い影を落としている。


 まだ何者でもない。


 ただの赤ん坊。


 だが、たぶんそれでいい。


 誰も警戒しないこの時期こそ、最初の準備期間になる。


 俺はゆっくりと目を閉じた。


 眠気が来る。


 新生児の体は、どれだけ壮大な野望を抱いても、最後には睡眠欲が勝つようにできているらしい。


 まったく、融通が利かない。


 だが、その不便さすら今は悪くないと思えた。


 急ぐなと、本能が言っている。


 時間はある。


 人生は、始まったばかりだ。


 この2000年の日本から。


 家族のいるこの小さな部屋から。


 文明を起動する準備を、俺は静かに始める。


 そうして意識が眠りへ沈む寸前、最後にもう一度だけ、あの白い空間の神様の笑い声が脳裏によみがえった。


『今度は面白い人生にしてくれよ?』


 言われなくても、そのつもりだ。


 ――ただし、次に笑うのは俺のほうだ。


自分で書いて読み直したら面白かったので続けますw


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