間話 あの子がいると、少しだけ安心する
最初に話しかけたのは、自分のほうじゃなかった。
たしか、別の男の子が先だったと思う。
だから、本当に最初の最初にあの子を見たときのことは、少しだけぼんやりしている。
でも覚えていることがある。
泣いてなかった。
それだけで、ちょっとびっくりした。
だって、みんな少し変だったから。
お母さんと離れるのがいやで泣く子もいたし、泣かない子もいたけど、なんだかそわそわしていた。わたしも、泣いてはいなかったけど、さみしくて、ちょっとだけおなかのあたりが変な感じだった。
でも、あの子は静かだった。
べつにえらそうでもなくて、こわい感じでもなくて、ただ静かに座っていた。
だから、少し気になった。
ほんとにだいじょうぶなのかな、って。
だから聞いた。
「さみしくない?」
そしたら、あの子は少しだけ考えてから、「ちょっと」って言った。
その答えを聞いて、なんだか安心した。
ぜんぜん平気って言われたら、たぶん少し困っていたと思う。
でも“ちょっと”なら一緒だ。
わたしもちょっとさみしかったから。
それで、たぶん、最初に少しだけ近くなった。
そのあとも、あの子はふしぎだった。
すごくたくさんしゃべるわけじゃない。
でも、何かあるとちゃんと見てる。
先生が困りそうなときとか、誰かが泣きそうなときとか、そういうのを少し早く気づく。
それで、すごく目立つようにはしないのに、ちょっとだけ何かする。
ちょっとだけ話したり、ちょっとだけ場所をあけたり、ちょっとだけ先生を呼んだり。
ほんの少しなのに、それで空気が変わることがある。
最初は気のせいかと思っていた。
でも、何回か見ていると、たぶん気のせいじゃない。
あの子がいると、なんだか少しだけ安心する。
どうしてかは分からない。
だって、べつに「だいじょうぶだよ!」って大きな声で言うわけじゃないし、みんなを引っぱっていく感じでもないから。
でも、近くにいると変にこわくならない。
先生が来るまでのあいだとか、どうしようかなってなるときとか、そういうときに、あの子はちょっとだけ“そこでいいんだよ”って顔をしている気がする。
言葉でそう言うわけじゃないのに、そういう感じがする。
粘土の時間、男の子がうまくできなくて怒りそうになったときもそうだった。
あの子は、自分のをちょっと使って、「こうしたら?」って言った。
それだけで、ほんとにそれだけで、うまくいった。
すごいと思った。
でも、それより先に思ったのは、やさしいな、だった。
あの子はたぶん、すごいとかより先に、やさしい。
ただ、ちょっとへんなやさしさだ。
べたべたしないし、何でも手伝うわけじゃない。
すぐに「だいじょうぶ?」って聞くタイプでもない。
でも、ほんとうに必要なときだけ、ちゃんと来る。
それが、なんだか不思議だった。
園庭で危なかったときは、もっとはっきり思った。
雨のあとで、ちょっとぐちゃぐちゃしたところに誰かが行っていて、わたしは少しだけ気になってた。でも、自分ではどうしたらいいか分からなかった。
そしたら、あの子が先に先生を呼んだ。
大きな声で。
それで先生がすぐ来て、大きなことにならなかった。
みんな少しびっくりして、ちょっとこわくなってた。
そのときも、なぜか分からないけど、少ししたら平気になった。
こわい気持ちがずっと続かなかった。
わたしはそのあと、あの子を見た。
そしたら普通の顔をしていた。
えらそうでもなくて、すごいことしたって顔でもなくて、ただちゃんとそこにいた。
その顔を見て、わたしも少しだけ落ち着いた。
たぶん、あの子は分かってる。
みんなが今どんな気持ちか、少しだけ分かってる。
だから、変なときに変なことを言わない。
ちゃんと、ちょうどいいことをする。
絵とか工作も、あの子はちょっとへんだった。
へんっていうのは、悪い意味じゃない。
ちゃんと作るのだ。
よく見て、ちゃんと考えて作ってる感じがする。
わたしは、きれいな色とか、かわいい形が好きで、そういうふうに作る。
男の子たちは、すごそうとか、つよそうとか、そういう感じで作る子が多い。
でもあの子は、“ちゃんとそう見えるように”作ってる気がする。
犬を作ったときもそうだった。
犬っぽかった。
すごく本物みたい、じゃない。
でも、ちゃんと犬だった。
絵もそうだった。
家の絵を描いていたとき、なんだかちゃんと“おうちの中”に見えた。
どこに誰がいて、どこから光が入ってくるのか、そんなことまでは分からないけど、見たときに「あ、ここ、ほんとにいる場所なんだ」って感じがした。
わたしはその絵が少し好きだった。
最後のほうで描いていた、まるからいっぱい線が出てる絵もおぼえてる。
最初はへんな絵だと思った。
でも、「みんな、つながってる」って聞いたら、なんだか分かる気がした。
家とか、人とか、のりものとか、ぜんぶ線でつながってた。
ほんとうにそうなのかは分からない。
でも、その絵を見てると、そんな感じがした。
たぶんあの子は、そういうふうに見えてるんだと思う。
みんながばらばらじゃなくて、つながってるように。
だから、誰かが困ってたり、空気が変になったりすると、すぐ分かるのかもしれない。
卒園が近くなってきた頃、わたしは少しだけ考えていた。
小学校に行ったら、みんな同じクラスじゃないかもしれない。
べつの学校へ行く子もいる。
今みたいには毎日会えなくなる。
それは少しさみしかった。
元気な男の子は、たぶん小学校に行っても変わらない。
いっぱい走って、いっぱいしゃべって、きっとすぐ友達を作る。
先生も、たぶんずっと先生のまま。
でも、あの子はどうなるんだろうって、少しだけ思った。
きっと大丈夫だろうなとも思う。
だって、あの子はどこでもちゃんとやれそうだから。
でも、ちょっと心配でもある。
ちゃんとやれる子って、ちゃんとやりすぎることがあるから。
これはうまく言えない。
ただ、あの子は周りのことをよく見るぶん、自分のことを後にしてしまいそうな気がする。
わたしは別に、すごく賢いわけじゃないし、うまいことも言えない。
でも、そういう感じだけは分かった。
卒園の日、教室はいつもと少し違っていた。
みんな楽しそうなのに、ちょっとだけ落ち着かない。
先生も笑ってるのに、少しだけさみしそう。
お母さんたちも、なんだかふしぎな顔をしていた。
その中で、あの子はやっぱりいつもみたいに、静かに周りを見ていた。
最後のほうで目が合ったとき、わたしは小さく手を振った。
あの子も手を振り返した。
それだけだった。
でも、たぶんそれでよかった。
いっぱいしゃべらなくても、なんとなく分かることもある。
あの子はきっと、次の場所でもまた周りをよく見て、ちゃんとやる。
たぶん、すこし目立って、すこし褒められて、でも本当はもっといろんなことを考えてる。
そんな気がする。
そして、もしまた一緒になったら。
そのときはたぶん、わたしはまた同じことを思う。
あの子がいると、少しだけ安心する、って。
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