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他人以上、不倫未満。

作者: ふかふか
掲載日:2026/03/04

バタイユの『エロティシズム』という哲学書を読んで、浮かんだ情景を短編小説にしてみました。

午後三時、駅前の小さな図書館にて。

僕は窓際の席に座る。

ネクタイを少し緩めて本を開く。


彼女は三つ隣の席に座る。

年齢は僕より少し若いだろうか。

指輪がきらりと光る。


二人は一言も離さない。

ただ、毎週、同じ時間にそこにいる。


それだけ。



ある日、僕らは本棚の狭間で出会い、目が、合ってしまった。


「今日は混んでますね」

「試験前、みたいですね」


お互い、それ以上会話を広げはしなかった。



次の週、僕は大いに動揺し、動揺した自分に驚くこととなる。


彼女がいつもの席に来なかった。


胸がざわつき、しかしそれはおかしいと自分に言い聞かせる。

僕が図書館に行かない日も、彼女が図書館に来ない日も、これまでだって当たり前にあったのだから。


関係性などない、約束もしていない。

何も始まっていない。


それなのに、僕の心はひどく揺さぶられている。



次の週は雨が降った。


割と雨が好きなほうだ。

靴が濡れるのは少し億劫だが、人の少ない街を一人歩く、あの感覚は替えの効かない感情なように思う。


今日は少し寄り道して帰ろうか。


ガラっとした席を横目に出口に向かうと、困った様子の彼女が立っていた。


「駅まで、送りましょうか。」


彼女は少し考え、頷いた。


傘の下、お互いに片方の肩が少し濡れている。

僕らの肩は、決して触れ合わない。


それは他人の距離感としてはすごく自然なようで、とても不自然であった。


駅までの10分間、僕らは何も話さなかった。


駅に着くと、彼女は一言お礼を言い、去っていった。

ホームを見渡してみたが、彼女は見つからなかった。



また次の週、彼女は当たり前のようにいつもの席にいた。


そして僕も。


本の内容は、ちっとも頭に入らなかった。


その日の帰り。

閉館アナウンスが流れ、二人は同時に立ち上がり、出口に向かう。

鼓動の高まりを感じる。


30歩ほど、隣を歩き、そして、何も言えなかった。

彼女も、何も言わず、違う道に進んでいった。



それから僕は、図書館には行かなかった。

もうあの席には座ってはいけない気がした。



僕達の間には何もなかった。

でも、あの空間に、自分の境界が溶けるような感覚があったことを、確かに覚えている。

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