追跡者たち
警鐘は止まない。アストリア外縁区の空に、索敵術式の光が幾重にも走っていた。帝国の魔導部隊が展開している。通常なら、結界と探知陣によって逃げ場はない。
だがレオンの目には、それらが“見えていた”。
石畳の下を流れる魔力経路。建物の壁面に刻まれた補助刻印。空間に薄く張り巡らされた探査網。そのすべてが、紫の残像を伴って立体的に浮かび上がる。
「……うるさい」
無意識に呟く。視界の端で、また色が一段階失われる。赤はほとんど消え、世界は淡い灰色に沈んでいる。
背後で空気が裂けた。転移術式。三名。黒装束の刻印監査局。
「対象確認。紫の残滓反応あり。確保する」
冷静な声。躊躇はない。
一人が即座に雷系統の高位術式を展開した。青白い魔法陣が三重に重なり、電荷が圧縮されていく。正統派の雷魔法。構造は完璧だ。
レオンは立ち上がる。逃げるべきだと理解しているのに、足が止まる。
見える。
術式の核。魔力が集中する一点。そこに走る流路のわずかな歪み。
雷が放たれた。
だがレオンの中で何かが先に動く。手を伸ばすより早く、思考が構造に触れた。
黒紫の火花。
青白い雷が、途中でほどける。
弾けたのではない。拡散したのでもない。術式が“成立しなかった”。
監査局の一人が息を呑む。「干渉……? 詠唱妨害ではない」
二人目が結界を展開する。三層防御。内側から干渉不能の設計。
レオンはその結界を見る。層構造。支点。力の分配。
そして理解する。支点は一つだ。
「……そこだ」
紫の線が走る。
結界は音もなく崩れ落ちた。破壊音はない。ただ、支えていた理論が消えただけ。
動揺が広がる。「異端指定を確認。コード紫電、暫定一致」
その言葉に、レオンの胸がわずかに軋む。
紫電。
カイルの最期の声が蘇る。魔法を拒絶する側だ、と。
三人目が高位拘束術を発動する。地面から鎖状の刻印が伸びる。魔力封鎖式。対象の回路を直接拘束する危険な術式。
レオンは初めて恐怖を覚える。これは当たれば終わる。
だが同時に、見える。鎖の刻印の流れ。収束点。
「やめろ……」
誰に向けた言葉か分からない。自分か、相手か、それともこの力か。
黒紫の閃光が走った。
鎖が空中でほどける。刻印が消え、石畳に刻まれていた基礎陣までもが焦げて崩れる。
一瞬、完全な静寂が訪れる。
監査局の三人は後退した。術式が使えない。周囲半径数歩の範囲で、魔法が“成立しない”。
「零界……未完成だが領域形成を確認」
その分析が終わるより早く、レオンの膝が崩れた。息が荒い。視界からさらに色が抜け落ちる。今や世界はほとんど灰色で、紫だけが鮮明だ。
代償。
これは無限ではない。
監査局は撤退判断を下す。「対象は覚醒初期段階。継続観測に移行」
転移光が消え、静寂が戻る。
レオンは地面に手をつく。石の冷たさが、妙に遠い。
「……これが、紫電」
破壊ではない。だが消している。世界の仕組みを。
遠くで学院の塔が見える。あそこにも無数の魔法陣が刻まれている。そのすべてが欠陥を抱えていると、今は分かる。
焼き切るだけなら簡単だ。
だが、それでは何も残らない。
カイルは言った。修正だ、と。
レオンはゆっくりと立ち上がる。色の薄れた世界で、紫の流れだけを頼りに歩き出す。
追われる側から、変える側へ。
まだ断式。だが確かに始まっている。
紫電は、目覚めた。




