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カフェとロボット  ~Cafe yorumachi~

作者: hajimemasite

寒さの厳しい風が冬の知らせと共にある噂をこの小さな街に運んできた。その噂とは街の小さなカフェを営む頑固親父が、従業員としてロボットを雇ったという話だ。その噂話は街の住人を驚かせながらも、好奇心を掻き立てた。それほどそのカフェと店主である頑固親父はよく知られていたからだ。

 数週間前。哲郎(てつろう)は自宅の客間で、先立たれた妻である清子(きよこ)の遺影の前で手を合わせ終わり、何をするでもなくぼーっとしていた。ここはカフェの裏側から繋がる自宅。

例の頑固親父と言われる人物こそが哲郎である。長らく妻の清子とカフェを切り盛りしていたが、1人になってからは自分は孤独を愛すると言わんばかりに他の人に従業員を雇うように助言されても断り続けた。そして未だにこのカフェには名前がない。ずっと昔からこの街でカフェと言えばこのカフェなのだ。今更店の名前を変える必要もない。哲郎は頑なだった。

玄関でチャイムの音がなる。

「親父いる?」息子の声だ。哲郎の1人息子の(とおる)は少々有名な大学を出た後ロボットの研究をする会社に入った。徹は働き始めてから仕事漬けで、久しぶりに帰って来たのだ。

「どうしたんだ」と哲郎がぶっきらぼうに答える。

「親父。店で使えそうな給仕ロボットを試作品で作ったんだ。ほら、注文されたものを運ぶロボット。親父もこれで少しは楽をできると思うからさ。使ってみてよ」

と白塗りのボディで、お盆のような物を持って足元にローラーを付けたロボットを携えてやって来た。

最初こそ哲郎は必要ないと断り続けたが、最近になって体力の衰えを感じていたのは事実であり、たまに帰って来た息子の頼み。最終的に強引に押し切られてしまい、ロボットは置いて行かれた。徹はロボットの充電の仕方と電源の操作だけ教えると帰ってしまった。後は自動でしてくれると言い残して。

 翌日になってさっそく哲郎は店にロボットを出した。

馴染みの客はジロジロと物珍し気にロボットを見ていた。

「こんにちは。いらっしゃませ」

ロボットは客を認識して挨拶をする。

挨拶程度はしてもらわないと困ると、哲郎は簡単には感心しなかった。

次に注文が入る。哲郎は少し不安を覚えながらもコーヒーをロボットのお盆に乗せてみた。

ロボットはカタカタと揺れながら、古いカフェの床を移動してコーヒーを客席に運んだ。

「お待たせしました」と言っている。

まずまずだな。と哲郎は少し安心し、次のドリンクをロボットのお盆に乗せた。

しばらくすると、客席の方からガチャンという鈍い音と共に客の「うわ!」という声が聞こえた。

哲郎が見に行くとロボットは客席につく前に倒れていた。「すみません、お客様。すみません、お客様。」とロボットは言い続けていた。哲郎は客に謝り、「この役立たずのロボットが!」と心の中で思った。

 哲郎は翌日、徹に電話をした。

「あんなものを寄越しやがって。もう使わないぞ。えらい目にあった。やっぱり1人でやるのが1番だ」哲郎は怒気の混じった口調で徹に言った。

「まあ待ってよ親父。あのロボットは一度ミスしたことは2度と起こさないように自分で学習してプログラムされるからさ。頼むよ。たぶん同じような失敗、転けたりなんてしないからもう少し使ってくれよ」徹はお願いするように答えた。

 哲郎はロボットを店に置いていたものの、しばらく使わないようにした。哲郎のカフェは基本的に夜に開店するため、客足もまばらでそこまで忙しくなることもない。

しかし、ある夜。大勢の団体客が押し寄せて来て久しぶりに店が忙しくなった。

哲郎は最初こそ1人で対応していたが、とうとう限界がきた。渋々ロボットの電源を入れてドリンクを運ぶよう命令する。

「こんにちは。いらっしゃませ」とロボットは言うとドリンクを運び始めた。

哲郎は最初こそ恐る恐るロボットの様子を見ていたが、ロボットは前回の転倒が嘘かのように多少カタカタ揺れてはいたものの、スムーズに客席に注文されたものを運ぶ。「ごゆっくりどうぞ」と言うおまけ付きだ。

哲郎はこの忙しさの中で久しぶりに仕事をしているのを楽しく感じた。誰かと働く感覚を少し思い出していたのだ。

それからと言うものの、ロボットはよく働いた。注文を間違えず、確実に頼まれたものを客席に届ける。哲郎もいくらか助かるどころか、あの頑固なカフェの親父がロボットを雇ったと口コミが広がって客足が伸びた。普段なら来ることのない客も来るようになり、次第に店は勢いづいた。哲郎は清子と2人でカフェを切り盛りしていた頃を思い出していた。

ある時いつも通りドリンクを届けにいったロボットが中々帰って来ない。あの転倒以来スムーズに動いていたのにどうしたものかと哲郎は不思議に思ってロボットがいるであろう客席に行く。

「ほらー、どこ行くんだよロボットー」「オレたちと遊ぼうぜ」

哀れにもロボットはこの辺では見かけない、隣町からやって来たであろう学生4人組に弄ばれて床に仰向けに倒されていた。

「やめてください、お客様。やめてください、お客様」とロボットは何度も言っていた。

哲郎はその光景を見て思わず「やめろお!!」と大声で怒鳴った。

その日の店は早めに閉めた。学生4人組はもちろん帰らせたが、店内にいる他の客にも早めに帰ってもらった。給仕ロボットは学生たちに少し壊されて、左へ傾くようになり、お盆を持つアームが少し曲がっていた。

哲郎は3日ほど店を閉めた。哲郎という頑固親父はロボットのせいでおかしくなり、ついに客に怒鳴ったという噂が流れてしまいロボット効果のおかげでせっかく伸びていた客足も遠のいてしまった。

 哲郎は清子の遺影が置いてある客間にロボットを運んだ。ロボットのボディには今までの仕事でついたであろう汚れがよく見ると細かく付いている。哲郎はそれを丁寧に拭いてあげた。

おもむろにロボットの電源を入れる。ピカっと光ると「こんにちは。いらっしゃませ」とプログラムされている内容を喋った。

哲郎は独りごちるように、なんの期待も持たずロボットに話しかけた。

「なあ、ロボットよ。カフェって店の名前をちゃんと変えたらまた客が来てくれるかな。だとしたらなんて名前がいい」

するとロボットから予想外の返答があった。

「夜にカフェを開く事が多いからカフェ・ヨルマチなんて名前はどうでしょう」

それは昔。清子が哲郎に店の新しい名前を提案する時に言った内容とまったく一緒だった。

 3日経ちカフェは再開された。以前のように客足はまばらになったがロボットは働いてくれた。

哲郎は左へ傾くロボットが転ばないように、床の凹みにテープを貼るなどして工夫した。

ガチャンという音と共に客の驚いた声が客席から聞こえてくる。ロボットは案の定左に倒れてドリンクをこぼしていた。

哲郎は客に謝罪してから、憐れむように少し目を細めながらロボットを起こしてやり、ドリンクを作り直して自分で客席に運んだ。そういった事が何回かに一回起きたが、ロボットに対して心の中で悪態をつくことはなかった。

 あるとても寒い夜。カフェに客が来ることは今夜はもうないと判断した哲郎は早めに店を閉めた。それに加えて最近ロボットのバッテリーの減りも早い。今度徹に電話してロボットについて聞いてみようと哲郎は思った。

店内を片付けて、あとはロボットの電源を切るというところで哲郎は急に胸が苦しくなった。少し疲れているのだろうと思ったが、その胸の苦しさが今までに経験したことのない痛みに変わってくる。哲郎は床にうずくまった。「苦しい。助けてくれ…」遠のいていく視界の中でロボットを捉えてそう言った。

しかし、ロボットは何も答えることはなかった。哲郎は誰もいないカフェの店内で倒れてしまった。

 目を覚ますと病院のベッドにいた。おもむろに手を動かしてみる。生きている。哲郎はそう実感した。

「親父!目が覚めたんだね。今看護師さんを呼んでくるから」徹の声が聞こえる。

医者の診察の後、哲郎は徹と病室に2人きりになった。お互いしばらく無言であったが、徹が先に口を開く。

「オレがたまたま店に寄ったらさ、親父が倒れててびっくりしたよ。ほら、店の鍵は一応オレも持ってるしさ」

哲郎はしばらく徹を見つめてから言った。

「あのロボットだろう。あのロボットにオレの様子がわかるように細工をしていたからすぐ駆けつけて来れたんだ。そうだろう?あのロボットが清子の言っていたカフェ・ヨルマチを知っていた。うちの家族しか知らない店の名前だ」

しばらくの沈黙の後。徹は答えた。

「親父。黙っててごめん。確かにあのロボットを通して親父の事見てた。ほら、親父お母さんがいなくなってから1人で働くのが好きみたいだけど、年もとって心配だったからさ。オレがカフェを手伝うって言っても聞かないし。だからあのロボットを送ったんだ」

「徹。あのロボットは直せるのか」哲郎がおもむろに言った。

「移動用のローラーの破損とアームの曲がりは部品の交換が必要だけど、試作品だから替えがない。何より予想以上にバッテリーの消耗が激しく、これも替えがない。つまりあと少ししたらロボットは完全に動かなくなるよ。」

徹は簡潔に答えた。

「そうか。よく働いてくれたのに。新しい従業員が必要だな」哲郎はそう言って目を閉じた。

 とあるカフェ巡り好きな人物が口コミで知った小さな街にあるカフェに辿り着いた。昔からあるそうなのだが、看板だけは新しくカフェ・ヨルマチと書いてある。店に入ると頭の良さそうな青年とその父親であろう男がいた。噂には頑固親父であると聞いていたが、思っていたより顔つきは穏やかだ。ふと、店内の端の方に目をやると電源の入っていない白い給仕型のロボットが立っている。「あのロボットはなんですか」と青年に尋ねるも「優秀な従業員ですよ」と言うだけだった。よく磨かれて綺麗な見た目をしているロボットは今にも動き出しそうであった。


               〜終わり〜

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