第二幕:完全悪の探求
完全な善に反する存在。
それが完全悪だ。
これを何か見極めなければ、
偽善の仮面は剥がせない!
やあ、君。社会の目を気にした事はあるかい?その目は、君を見つめ続ける。
君が教室でオナラをしようものなら、誰もが犯人探しに夢中になるさ。
君が犯人でなきゃ、君も探す。
無意識にね。
第一幕では、ジキル博士の内面をボクらは見た。いい人間を演じ続ける苦悩ってヤツだ。
彼は善悪について考えたが、
いまいち分からなかった。
欲望を追求しても、
悪になるとは限らない。
お腹が減って、好きなものを食べても、君が極悪人にならないようにーー。
ジキル博士が悪を求めようとすると、悪のイメージがスルリと抜け出た。
まるで、イカかウナギだ。
掴みきれないニョロニョロなんだ。
悪とは、なんだ?
他人に迷惑をかけたら悪なのか?
悪に誘うことが悪なのか?
博士の悪とは何か?
研究室の中では、分からなかった。
だから彼は社交界のパーティーに、顔をだした。
そこである男に、出会った。
背の高い白髪頭の
ーー蜘蛛みたいにひどく痩せた男が彼に持論を持ち出してきた。
男は教授ーー数学者だった。
「ジキル博士。お悩みのようだね?ふふふ、悪という事が何か疑問を?」
ジキル博士は、つい隠していた胸の内を男に吐いてしまった。男の威圧感が彼にそうさせた。
男は紳士服に包まれてはいたが、どこか不恰好に思えた。長くて細い指は男が話すたびに糸を編むような動きをした。人差し指を触れ合わせ、
こすりあわせ、ーーまた離した。
「たしかに、善人である君が悩みそうな事だ。私なりに悪とは何か、高説を垂れたくないが、この話題にピッタリだーー」と男は囁くようにして、彼の隣に腰掛けた。
前屈みになり、ちぢこむさまは、巣にかかった獲物に飛びかかる前のように見えた。
「悪とは、意外と思われるがーーなによりも崇高な芸術に通じるものだ。
人が光のもとで美しさを構築するが、それはーーまるで子どもの児戯だ。
目に見えたものをキレイだと思うのは、ふふふ、君、当たり前だーー」
そして、男は指を交差しながら囁く。
だが、断言した。
「悪とは高潔な美への闇からの誘いである。
そこには、善の偽善は一切ない。
ねえ、君。想像したまえ。闇の中でしか、私たちしか、わからない美があるんだーー」
ジキルはしばらく考えて、
男に言った。
「教授。闇の中に美を求めるのは、君が光の美しさに憧れているだけだ。
ボクは美しさなんて求めちゃいない。
人の視線を気にせぬ悪をしりたい。」
しばらく沈黙が続いた。
男は急に頬をひくつかせた。
弾けるように立ち上がると、気持ちの悪いものでも見るかのように、ジキル博士を見た。
「美しさのない悪は、下品だーー!
ケモノになるがいいーー」と男は吐き捨てるように去った。
そこは社会の視線を気にする悪しかなかった。
彼はーー彼が求める本当の悪は、
生活の中に、
つまり街の中にあると思った。
富ある者には微笑みを、
持たざる者には嘲笑する、
霧の都だ。
そして彼は社交界の華やかさとは別の、薄汚くて、それでも人が多く出入りをする酒場で、人々を観察することにした。
床は掃除されておらず、壁の端に吐きつけられた汚物がペンキのように垂れてた。
カウンター席は埋まっており、
その奥には、肉感的な給仕の女が忙しそうに動いてた。
彼女は、ジキル博士に気がつくと動きを止め、ウインクしてきた。
ここに来る人々は、日々の生活に魂をすりへらし、人の目を気にせず叫んでわめいて、肩を叩き、また叫んだ。
ここに悪がいるのか?
ジキル博士の顔が歪んだ。
本当の悪とはいったい?
店に新たな客が入ってきた。
その時、店内は冷や水をかけられたかのように静まり返った。
ジキル博士は、その席から、出入り口にいる男を覗いてみた。
男の容姿は髪は赤く、手入れもされずボサボサだった。鋭い眼差しを持ち、目の色は金色だ。
顔にはそばかすがあり、
幼さを感じさせた。
身長が低いので、少年だと言われたら納得した。華奢な身体を黒いコートで包み、
片手にはスティックを掴んでいた。
片足はびっこをひいてたが、俊敏そうな動きをしそうだった。
男は冷笑した目で、客たち一人一人を見つめた。薄ら笑いを浮かべて。
そしてジキル博士と、目があった。
男の視線は止まった。
ジキル博士も、
目の前の男を見つめていた。
この出会いは、永遠だ。
もし、また誰かがファウストを受け継ぐ者を語るのなら、
その始まりは、いつだってーー
未知との出会いでなければならない。
(こうして、第二幕は赤帽子で幕を閉じる。)
さあ、新たな未知に博士は出会った。
謎の男は何者か?
次回の幕を楽しみに!




