第一幕:偽善の顔は我にあり
善と悪を分けるには、
どちらも知らなきゃいけなくて、
完全悪を求めてさまよう、ボクらの博士!
今回の物語は、ファウストが天に召された後の話だ。
彼の壊れた魂は、
次の誰かに受け継がれた。
もしかして、君の時代にも彼の魂を持つ者がいるかもしれない。
ボクが誰かって?
語り部ファウストさ。
ヨハン・ゲオルク・ファウスト。
君と共に物語を見つめる者であり、
君の友だ。
今度のファウストの魂を引き継ぐ者がわかった。19世紀後半のロンドンーー霧の都。富む者には微笑み、貧しき者には無慈悲な街。一つの街の中に二つの顔を持つ不思議なところだ。
ボクらは、そこに引き寄せられた。
とある研究室で、男女が話をしていた。
女が興奮したように男に話しかけた。
年は若くーー二十歳になったか、そのぐらいだ。金髪を地味な髪留めでまとめていた利発そうな顔の女だ。白衣によって、身体のスタイルはスレンダーに見えた。
「ジキル博士。頼まれていた素材データ、資料としてまとめておきましたわ」と彼女はいった。魅力的な微笑みだった。まだ幼い面影を残して、頬には天使のエクボがついていた。
「ありがとう、ソフィ。すまないね、大学から毎回呼び出してーー」
ジキル博士と呼ばれた男は微笑んだ。
年は40代。髪は暗褐色で、瞳は湖の青さを持っていた。少し老けてたがハンサムな顔だ。身体つきは頑強で、科学者というより軍人といわれたら、君は納得しただろうね。
彼の名はヘンリー・F・ジキル。
ーーFとはファウストだ。
この秘密の名はボクらだけが、
知っている。
彼は科学者だった。
その研究室は彼のものであり、
部屋の奥にの壁には長机が置かれてあり、その上には書類と薬品の瓶が置かれてあった。フラスコや試験管なども完備されてた。
研究室は、いつも使用されているのか、卓上には色鮮やかなシミがつけられてた。
それは布で拭いても取れなかったーー。
近くの棚には、ガラス瓶にいれられた薬品が、まるで商品のように飾られていた。
女は近くの大学の医学部の生徒であり、とても野心的な子だ。
彼女は、積極的にジキル博士に協力をかってでて、非公式ながら彼の研究に関われるようになった。
「博士の研究は、よく分からないけど、そばにいたら将来は安心かもーー」そういう意図が彼女には、あったのかもしれない。
彼女は、ジキル博士の前で笑った。
「博士。私はあなたのような誠実な方になりたいわ」そう言った後、彼の頬に軽くキスをした。
彼女が部屋から出た後、ジキル博士は顔をおさえた。
「ああ、ソフィア。ーーあの女。
あの女の白衣をドレスに変えて、
ディナーに誘えたら...。
ーーまて、ジキル
ーーそれは紳士的か?
彼女はボクからしたら、
娘くらいの年だ。
周りから言われるぞ。
色ボケじじいと...」彼は下唇を噛み、長机に手を置いた。
その手は震えていた。
「彼女を誘いたい。
だがボクの心は、社会の視線なんかに怯えている」彼は舞台の上で苦悩する俳優のように嘆いてみせた。
「いつもそうだ。誰からにもよく見られたい。両親からも、友人からもだ」
この研究室には鏡がなかった。
彼は鏡を見るのが怖くて、
必要なことがなきゃ、
覗き込まないようにしていた。
なぜかって?
鏡の中には紳士の顔をして、よからん事ばかりを考える嘘つきがいたんだ。
でも、周りは彼を良い男だと評価した。
彼の友人たちに話す時も、
彼は善人を演じ続けていた。
それは彼の生活に溶け込み、
引き剥がせないものになってた。
彼は不器用で、
生き方を知らなかったからだ。
彼は研究室の窓をあけた。
目の前には、濃い霧に包まれ、
街灯が街道にそって配置されていた。
彼は光を、ジッと見つめていた。
彼は善悪を分けたかった。
そうしないと、彼は自分で人生を終わらせてしまうからだ。
強制的にね。
その衝動から逃れるため、
ーー彼はある研究に人生を捧げてた。
一人の人間の善悪を分けるんだ。
完全に。
そうすることで、善人のふりを演じるのではなく、善人でいられるからだ。
これからもーー永遠に。
(こうして、第一幕は窓から映るロンドンの街で幕を閉じる)




