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幕間:軍師の弟子

幕間:軍師の弟子

陳宮に拾われ、晋陽の城下に居を構えることになった単福にとって、その後の日々は、まるで夢のようであった。

追われる身であった彼が、今や并州の軍師・陳宮の直弟子として、存分にその学識を振るえる場を与えられたのだ。

彼は、これまでの人生で感じたことのない安堵と、そして知的な興奮に満たされていた。


彼の仕事場は、陳宮の私室に隣接する書庫の一角だった。

そこには、并州全土の地図、各郡の人口や収穫量を記した木簡、そして、戦の記録や兵法の書物が、天井まで高く積まれている。単福にとって、そこは宝の山であった。

彼は、水を得た魚のように、その膨大な情報の中に没頭した。


「先生、この雁門郡の昨年の収穫高ですが、旱魃の影響を考慮しても、帳簿上の数字と実際の備蓄量に、僅かながら差異が見られます。これは、輸送経費の計算に漏れがあるか、あるいは……」


「ほう、気づいたか、単福。よくやった。その通りだ。実は、一部の豪族が税を誤魔化している疑いがあってな。だが、証拠がない」


「でしたら、過去五年間の各村の納税記録と天候の記録を照らし合わせれば、不自然な金の流れが浮かび上がってくるやもしれません」


単福の頭脳は、複雑に絡み合った数字の羅列から、人が見落とすような僅かな綻びを的確に見つけ出した。

その緻密な分析力と、物事の本質を見抜く洞察力は、陳宮を日に日に驚かせ、そして喜ばせた。

陳宮は、彼に兵站の管理や新たな屯田制の計画立案といった、并州の内政の根幹に関わる仕事を、次々と任せるようになっていく。単福もまた、その期待に応え、見事な成果を上げていった。


彼は、陳宮という偉大な師を得たことを、心から感謝していた。

陳宮は、彼の過去を決して問わず、ただ、その才能だけを見てくれた。その懐の深さが、単福の心を少しずつ癒していった。


(このご恩に報いるためにも、この并州を、民が安らかに暮らせる真の楽土にしてみせる……!)

彼は、自らの知識が机上の空論ではなく、民の暮らしを豊かにする力となることに、生きる意味を見出し始めていた。


だが、その一方で、彼はこの城の絶対的な主である呂布奉先という男に、まだ一度も会ったことがなかった。

陳宮からは、「殿は今、民のことを学ぶのに集中しておられる。いずれ、お前に会う日も来よう」とだけ聞かされている。


単福は、噂に聞く、あの鬼神の如き武を持つ男が一体どのような人物なのか、期待と、そして拭いきれない一抹の不安を抱きながら、その日を待っていた。


隠者の懐刀は、偉大な師の下で着実にその刃を研ぎ澄ましていた。

だが、その刃が、この地を統べる鬼神に認められるかどうかは、まだ誰にも分からなかった。

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