幕間:飛将の追憶
幕間:飛将の追憶
謁見の間。傲慢な若獅子の姿を見つめる呂布の内心は、静かな感慨に揺れていた。
(…そうか。俺も、こうだったのか)
馬超の、ただ力を示すことしか知らぬ、焦燥と渇望に満ちた燃えるような瞳。その奥に、反董卓連合に参加した頃の自分が、鮮やかに蘇る。虎牢関で、劉備の義兄弟に「邪魔をするな」と食ってかかった、あの若く、傲慢で、そして孤独だった自分。
苦々しさと、ほんの少しの懐かしさ。そして、今の自分があの頃とは違う場所に立っているという、静かな自覚が、彼の胸を満たしていた。
彼の視線が、馬超から、その背後で顔面蒼白になっている馬騰の老臣へと移る。
老臣は、必死に馬超を止めようと、小声で何かを囁き、袖を引いている。その顔には、主君の息子が無礼を働くことへの恐怖と、彼の身を案じる心からの憂いが、痛々しいほどに浮かんでいた。額には脂汗が滲み、その手は微かに震えている。
その姿が、呂布の心に、鋭い棘のように突き刺さった。老臣の姿が、今は亡き二人の「父」の面影と、どうしようもなく重なって見えたのだ。
丁原が生きていた頃も、そうだった。
『奉先、力だけに頼るな。将たる者、智勇を兼ね備えねばならん』
そう言って、自分の無謀な突撃を、常に厳しい、しかし心配そうな目で見守っていた、あの大きな背中。
そして、張譲の、あの最後の軍議の光景も、昨日のことのように蘇る。
自分の独善的な策に、「なりませぬ、奉先様!」と、涙ながらに膝をつき、額を床にこすりつけて懇願した、あの必死の形相。
(あの時、親父殿も、じいも、こんな気持ちだったのか…)
ただ、自分の身を案じ、自分の過ちを、命がけで止めようとしてくれていただけなのだ。その当たり前の事実に、彼は今、馬騰の老臣の姿を通して、初めて心の底から気づかされる。あの時、聞こえなかったはずの二人の声が、今、彼の胸の奥で、はっきりと響き渡る。
遅すぎた理解。胸を締め付ける、後悔と、そして感謝の念。
「…すまなかったな、親父殿、じい」。彼は心の中で、今は亡き二人の父に、静かに詫びた。「あんたたちの痛みを、俺は何も分かっていなかった…」
二人の父の心を理解することで、呂布自身が、無意識のうちに「父親」の視点へと成長していく。彼は、目の前の若獅子・馬超を、もはや単なる「無礼な若造」としてではなく、かつての自分と同じように、道を誤りかねない「危うい息子」として見るようになる。
呂布は、馬騰の老臣に、一瞬だけ、労わるような、そして「安心しろ」とでも言うような、穏やかな視線を送った。老臣は、その意図に気づき、驚いたように目を見開いた。
呂布は、この謁見の場で、一人の若者を導くと同時に、亡き父たちの魂とも、静かな対話を果たしていたのであった。




