幕間:老将の盾
幕間:老将の盾
(…ああ、やはり、こうなったか…)
槍に貫かれ、血の海に倒れながら、張譲の意識はゆっくりと薄れていった。
昨夜、この死を覚悟した時にはまだ迷いがあった。本当に、これで良いのか、と。
だが今は、不思議と心が晴れやかだった。
体の痛みは、もう感じない。
ただ、遠くで聞こえるあの聞き慣れた雄叫びだけが、子守唄のように優しく耳に響いていた。
(奉先様…あなたのその武は、まこと天下一にございますな…)
脳裏に、これまでの日々が蘇る。
丁原様と共に、あの幼い少年を拾った日。
初めて戟を握らせた時の、あの嬉しそうな顔。
初陣で、敵を前に震えながらも一歩も引かなかった、あの気丈な背中。
そして、いつしか誰よりも大きく、誰よりも強くなった、あの頼もしい背中。
ワシは、ずっと、あの背中を見てきた。
その背中が、誇らしかった。
その背中が、危なっかしくて、目が離せなかった。
その背中が、どうしようもなく、愛おしかった。
(だが、ワシは、あのお方に何もしてやれなかった…)
(ただ口うるさく諫めるだけで、あの孤独を和らげてやることもできなかった…)
(丁原様…申し訳ございませぬ。ワシは、あのお方を正しく導いてやることができませんでした…)
後悔の念が、涙となって皺だらけの頬を伝う。
だがその時、彼の耳に凄まじい怒号と地響きが届いた。
(…奉先様が…戻ってこられたのか…)
薄れゆく視界の隅に、赤い影が映る。
こちらへ向かって、必死の形相で駆けてくる若き主君の姿が。
最期に見たのは、駆け寄ってくるその悲しみに歪んだ顔だった。
ああ、その瞳にはもう驕りの光はない。ただ、己の過ちを悔いる痛切な苦悩の色だけが…。
(これで、あのお方はお分かりになるだろう…)
(独りの力では、守れぬものがあることを…)
(このワシの死が、あのお方を真の将へと変える最後の礎となるのなら…この命、決して惜しくはない…)
(奉先様…どうか、泣かないでくだされ…)
(そして、どうか…忘れないでくだされ…)
(あなたの背中には、いつも我らがいることを…)
彼の瞳から、最後の光が消えた。
老将は、満足だった。
自分の命が、愛する若き主君の未来のための、小さな、しかし確かな一つの盾となれたのだから。
それは、彼が仕えた二人の主に捧げた、最後の、そして最も忠義に満ちた諫言であった。




