第十七話:飛将、独りで舞う
第十七話:飛将、独りで舞う
晋陽の城門前に、并州の精鋭三千が集結していた。丁原を失った悲しみを乗り越え、兵たちの顔には、新たな主君である呂布への期待と、そして一抹の不安が浮かんでいる。だが、その不安は、彼らの前に立つ男の姿を見て、畏敬の念へと変わっていった。
呂布は、埃を払われ、鈍い輝きを取り戻した方天画戟を手に、赤兎に跨っていた。その双眸には、父を失った悲しみの影ではなく、目の前の戦いに逸る、武人の炎が燃え盛っていた。
軍勢は北へ向かい、「狼哭谷」で布陣する黒狼族一万と対峙する。
軍議の席で、陳宮や張譲が慎重な策を練ろうとするのを、呂布は手で制した。
「策など不要だ」
彼の言葉に、家臣たちが息を呑む。
「敵は一万。こちらは三千。数で劣るならば、小細工を弄するより、頭を叩き潰すのが一番早い」
呂布は、不敵な笑みを浮かべた。
「俺一人で、奴らの陣を蹂躙してくる。お前たちは、俺が作った好機を逃さぬよう、後からついてくれば良い」
「将軍! それでは丁原様の『力だけに頼るな』という教えに…!」
張譲が悲痛な声を上げる。
「親父殿は言った。『独りよがりになるな』と。そうだ、俺は独りではない。お前たちがいる」呂布は、一同を見渡した。「だからこそ、この呂布奉先の武こそが、我らにとって最大の武器だ。これを使わずして、何が戦か! 俺が敵の全ての憎悪と刃をこの身に引き受ける。お前たちは、ただ、俺が切り開いた道を進めば良い。これこそが、俺とお前たちの戦い方だ!」
その圧倒的な自信と、揺るぎない気迫に、もはや誰も反論できなかった。
陳宮は、深いため息をつくと、張遼と高順に目配せをした。(将軍はああ言われたが、決して油断はするな。あの方が嵐そのものとなり、敵陣をかき乱している、その時こそが、我らにとって唯一の勝機となるのだ)
陳宮は理解していた。これは、呂布の単なる傲慢ではない。自らの役割を最大限に果たし、仲間への損害を最小限に抑えようとする、彼なりの「将」としての覚悟なのだと。
作戦は決まった。いや、呂布が、決めた。
彼は、赤兎の背を叩くと、ただ一騎、敵陣へと向かってゆっくりと進み出た。
「来たぞ! 呂布だ!」
「たった一騎か! 我らを侮るにも程があるわ!」
黒狼族の陣営から、怒号と嘲笑の声が上がる。
呂布は、敵陣の目前で馬を止めると、方天画戟を高々と掲げ、大音声で叫んだ。
「黒狼の息子とやら! 貴様ら一万、まとめてかかってこい! この呂布奉先が、一人で相手をしてやる!」
そのあまりにも傲岸不遜な挑発に、若き族長は激昂した。
「あの男を殺せ! 八つ裂きにしろ! 生きたまま皮を剥いでやる!」
一万の軍勢が、たった一騎の呂布へと殺到する。大地が震え、砂塵が舞い、無数の矢が空を黒く染め上げた。
族長は、勝利を確信した。あの男は、自らの傲慢さによって、死ぬのだ、と。
だが、次の瞬間、族長は、そして一万の兵士たちは、常識が崩壊する音を聞くことになる。




