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第十四ノ四話:魂の交流

第十四ノ四話:魂の交流

場の空気が和らいだ、その時だった。

それまで黙って控えていた関羽が、すっと一歩前に出た。その瞬間、陣幕の中の空気が再び張り詰める。丁原ですら、その威圧感に「ほう」と感嘆の声を漏らした。


「呂布将軍」

その声に、呂布は杯を持つ手を止め、挑むように関羽を見返した。

「虎牢関での一戦、我らは貴殿の窮地を救った。だが、それは汜水関で貴殿に受けた恩を返したに過ぎぬ。これで、貸し借りはない。次にまみえる時は、互いの武の全てを懸けて、雌雄を決したい。それが、武人としての礼儀と心得ます」


「面白い」呂布の口元に、ふっと獰猛な笑みが浮かんだ。「その首、いつでも洗って待っておれ。だが、その前に、お前のその得物…見事なものだな。名はなんという」


「これは青龍偃月刀。我が魂の半身。貴殿の方天画戟もまた、使い手の魂が宿っていると見える」

武器を介した、武人同士の会話。互いの得物を認め合うことで、互いの格を認め合う。それは、言葉以上の、魂の交流であった。


「堅苦しい話は、もうたくさんだ!」

我慢しきれずに割って入ってきたのは、張飛だった。

「おい、呂布! てめえの武は確かにすげえ! 俺が今まで会った中で、一番だ! だからこそ、俺がてめえをぶちのめす! 次に会う時は、一対一の勝負だ! 兄者たちの手出しは無用! もし俺が負けたら、この首、くれてやる! だから、てめえも逃げるんじゃねえぞ!」


呂布は、そのあまりに真っ直ぐな挑戦に、思わず声を上げて笑った。

「はっはっは! 面白い小童だ! よかろう、その首、覚えておいてやる。だが、貴様のその猪のような槍では、俺の赤兎の速さについてくることすらできまい」


「なんだと! あの赤い馬がか! …確かに、速そうじゃねえか…」

張飛が、傍らに繋がれた赤兎を悔しそうに睨みつける。その視線に気づいたかのように、赤兎がブルルッと力強く鼻を鳴らした。


「よしよし、その辺にしておけ」丁原が豪快に笑いながら場を収める。「奉先、玄徳殿。若者たちのこの熱き魂、決して無駄にしてはならんな。我ら大人が、彼らが存分に力を振るえる世を作ってやらねば」

その言葉は、まるで二人の英雄に、未来を託すかのようにも響いた。


やがて別れの時が来た。劉備は丁原と呂布に深く礼をする。去り際、関羽がもう一度だけ、赤兎に目をやった。その憧憬に満ちた視線を、呂布は見逃さない。(あの髭男…俺の赤兎を、よほど気に入ったと見える…)


遠ざかっていく三兄弟の後ろ姿を、呂布は腕を組んだまま、黙って見送っていた。

「奉先」丁原が、その背中に静かに語りかける。「あの者たちを、覚えておけ。あれは、本物だ。特に、あの劉備という男…あの静かな瞳の奥には、底知れぬ何かが潜んでいる。決して侮るな」


呂布は、父の言葉に、ただ黙って頷いた。

中原の広さと、そこに潜む数多の英雄たち。人間への失望と共に、しかし、それを上回るほどの、確かな絆への希望。そして、いつか再びまみえるであろう好敵手たちへの、静かな闘志の炎が、北方の空の下で、より一層強く燃え上がっていた。

彼の孤独な魂が、ほんの少しだけ、温められた瞬間であった。

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