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第六十話:荒都の夜明けと最初の敵

第六十話:荒都の夜明けと最初の敵

雪解け水が川を満たし、硬い土を割って道端に若草が芽吹き始めた頃。


張遼を筆頭とする、洛陽への先遣隊は大地を踏みしめ、行軍は数日に及んだ。

春風に揺れる野を抜け、山を越え、幾度も野営を重ねる。

その夜営の火を囲んで、彼らは中原の情勢を語り合った。


「官渡で曹操が勝ち、河北の残党狩りに追われている今こそ、我らが洛陽に楔を打ち込む好機だ」

徐庶は焚き火に照らされた顔に深い影を宿しながら言った。


「ならばこそ、一日も早く拠点を築き、守りを固めねばならんな」

高順は短く応じ、地面に小石を並べては想定する布陣を描いていた。


趙雲は遠い火の粉を見つめながら、ふと呟いた。

「劉備殿は袁紹から離れ荊州へ落ち延びたとか。あの三兄弟が、再び相まみえる日は来るのだろうか」


飛燕はその名を聞き、興味と憧れを隠しきれずに問う。

「あの方々は、そんなに強いのですか?」


趙雲は苦笑し、しかし真摯に答えた。

「強いだけではない。義を持つ。だから人が集うのだ」


言葉は火に溶け、静かな夜空へ昇っていった。

張遼はその会話を遠巻きに聞きながら、心中で一人決意を固めていた。

洛陽を必ず甦らせる――それこそが呂布の大志の第一歩なのだ。


旅路の終わりが近づくにつれ、一行の胸には「いよいよだ」という高揚感が満ちていった。

そして、洛陽を望む丘に至った時。

彼らの前に広がった光景は、誰一人の想像をも超えていた。


都は死んでいた。

かつて天下の中心として栄えた城郭は崩れ、黒く炭化した柱が林立する骸と化している。

瓦礫の隙間からは雑草が伸び、風が空虚な窓を通り抜け、不気味な笛のような音を奏でていた。

張遼は息を呑んだ。思わず馬上で拳を握りしめる。


「……これが、中原の心臓のなれの果てか」


飛燕は顔を青ざめさせ、呆然と立ち尽くす。

「こんな……こんな場所が、都だったなんて」


暁は足元に散らばる灰を拾い上げた。崩れ落ちたのはかつての書庫の跡らしい。

灰の中に、燃え尽きた竹簡の欠片が混じっているのを見つけると、その瞳に涙が浮かんだ。

「文明そのものが……焼かれてしまったのね」


趙雲は道端に転がる木片を拾い上げた。小さな車輪の形をしている。子どもの玩具だったのだろう。

その瞬間、彼の槍を握る手に血が滲むほどの力が込められた。

高順は言葉を発しない。ただ無言で崩壊した城壁を見つめ、どこを修復し、どこに陣を張れるかを瞬時に思考していた。

だが、惨状は彼の予測を遥かに超えており、その硬い表情にわずかな影が差した。


洛陽は完全な死の都だった。

風が吹き、灰が舞い上がり、兵たちの顔を汚した。

誰も声を出せなかった。

それでも、彼らは進まねばならなかった。

城門跡を越え、一行は旧宮殿の広場跡へとたどり着いた。

ここならば比較的開けている。兵も荷駄も、一時の休息を取れるだろう。

張遼が陣の設営を命じ、兵たちが手際よく動き始めた、その時。

不意に、物見の兵が絶叫した。


「――敵襲!!」


空気が張り裂けるように震えた。

瓦礫の影から、無数の男たちが湧き出てきた。

粗末な鎧を纏い、刃を振りかざす。彼らの顔は飢えとすさみで歪み、眼光は獣のように光っていた。


「資材だ! 奪え! 殺せ!」


頭目の怒号が響く。その姿はかつての袁術軍の将のなれの果てだった。誇りを失い、ただ生き延びるために略奪を繰り返す賊徒と化していた。

兵たちがざわめき、荷駄の列に緊張が走る。

飛燕の胸は高鳴り、恐怖と興奮が入り混じる。彼女は槍を握り、震える手を必死に押さえつけた。

趙雲はその姿に一瞬だけ目をやり、力強く頷いた。

「恐れるな。ここが、我らの戦場だ」


張遼は即座に前へと馬を進めた。

その声は、瓦礫に反響し、兵たちの心を奮い立たせた。


「――迎え撃て!」


号令と同時に、趙雲と飛燕が槍を構え、先頭に躍り出る。

賊徒の群れと并州の若き英雄たちが激突する、その瞬間――

荒都の夜明けに、最初の戦いの火蓋が切られた。

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