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第五十八ノ二話:荒都の夜明け

第五十八ノ二話:荒都の夜明け


第五十八ノ二話:荒都の夜明け


長き旅路の果て、一行は洛陽を遠望できる丘に立っていた。

並ぶは張遼、守備を預かる高順、政務を担う徐庶と暁、そして軍の中核たる趙雲と飛燕。

その顔には、旅の疲労と、これから始まる新たな戦いへの緊張が刻まれていた。


眼下に広がる光景に、誰もが息を呑む。


かつて漢の都として栄華を誇った洛陽は、いまや黒と灰に沈む荒野に成り果てていた。

崩れ落ちた楼閣、穿たれた城壁。人の気配はおろか、煙一つ立たぬ沈黙。

瓦礫の間を吹き抜ける風が、空虚な窓枠を鳴らし、死者の呻きのように響く。


「これが……戦……?」


飛燕の声は震え、乾いた風にかき消されそうだった。

脳裏に蘇るのは、并州の緑豊かな光景。守られた楽土と、この死都との落差に胸が詰まる。


風は焼けた木の匂いと、淀んだ水の腐臭を運び、崩れた城門と炭化した柱が墓標のように立ち並んでいた。


張遼は馬上で眉をひそめる。総責任者として、この光景の意味を即座に悟っていた。

「……行くぞ」

低く、しかし確かな声で告げ、一行は馬を降り、城門跡へと進んだ。


城内はさらに惨憺たる有様だった。

炭化した柱、瓦礫に埋もれた街路、打ち捨てられた武具や農具。

風が灰を巻き上げ、口や鼻を容赦なく塞ぐ。


高順は崩れた石垣を見上げ、無意識に構造を解析していた。石の配置、土台の傾き、欠損の位置――。

「……守る価値すら、失われている」

その声には冷徹さではなく、「ならば一から創り上げる」という決意が宿っていた。


徐庶は焼け落ちた木材と黒ずんだ書物を拾い上げる。

かつて華麗な宮殿や書庫で学んだ記憶が胸を刺した。文明が、ここで一度死んだのだ。

「……これを、再び立て直すのか」

噛み締めた唇から、かすかな声が漏れた。


趙雲は瓦礫に転がる小さな履物を見つけ、槍を握る手に力を込める。

無力感と怒りが胸を満たしていく。

「二度と……同じことを」

声にならぬ誓いが、静かに燃え広がった。


飛燕は瓦礫の中に映る自分の影を見て、吐き気を催すほどの絶望を覚えた。

しかし次の瞬間、それは烈しい怒りへと変わる。

――許さない。

瞳に宿る炎は、洛陽に刻まれた不義を槍で断つ決意そのものだった。


暁は夫・徐庶と肩を並べ、破壊に呑まれるのではなく、「自分にできること」を冷静に探していた。


夜が訪れ、旧宮殿の広場跡で一行は野営した。

焚火の炎は細く揺れ、瓦礫に反射して長い影を落とす。

誰も眠れず、ただ火を見つめ続けた。


張遼は沈黙の中で計算を繰り返す――この絶望から、どう始めるか。

徐庶は再建の途方もない困難を思い、暁はその手を握り、小さく頷く。

趙雲は槍を地に立て、飛燕はその肩に触れ、互いの決意を確かめ合った。


やがて、東の空が白み始めた。

光が廃墟に差し込み、黒い柱や瓦礫を淡いシルエットに変えていく。

光と影が交錯し、絶望は薄れ、決意の炎だけがそれぞれの瞳に残った。


高順は立ち上がり、城壁の方角を見据える。

徐庶と暁は手を取り合い、再生への覚悟を確かめる。

趙雲は槍を握り直し、飛燕は拳を固めたまま洛陽の中心を睨む。


そして、張遼は焚火の燃えさしを踏み崩し、仲間たちに向き直った。

「……さて、始めるか。我らの国作りを」


静かに、しかし力強い言葉。

その声を祝福するかのように、洛陽の廃墟に差す初日の光は黄金色に輝いた。


荒都の夜明け――それは死と絶望の上に立つ、新たな物語の始まりであった。

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