第五十五ノ二話:并州の未来
第五十五ノ二話:并州の未来
祝宴の熱気は、最高潮に達していた。
黄金の灯火が揺れる大広間には、香ばしい肉の匂いと、酒の芳香が混じり合い、歓声は梁を震わせ、杯と杯がぶつかり合う乾いた音が絶え間なく響いていた。并州と西涼の将兵たちは、国の垣根を越えて肩を組み、己が武勇を誇り、未来を語り合う。
その喧騒はまるで大河の奔流のごとく止めどなく、広間の空気は明るさと力強さに満ち溢れていた。
その中心、主の座に座す飛将・呂布は、杯を手にしながらも口をつけることなく、ただ満足げにその光景を見つめていた。燃え立つ炎を瞳に映し、その胸中には、父としての誇りと、君主としての責任とが交錯していた。
やがて、彼はゆっくりと立ち上がる。
その仕草ひとつで、ざわめく広間は波が引くように静まった。
「元直、子龍、そして孟起よ。……前へ」
静かでありながら、否応なく人の心を縛る声。
その響きに、広間は水を打ったような沈黙に包まれた。
全ての視線が、一斉に壇上へと注がれる。
進み出たのは、三人の若き婿たち。
――参謀・徐庶元直。
衣の裾を正したその佇まいは学者然と静謐で、しかし瞳の奥には戦局をも動かす深き知謀の光が宿っていた。
――白龍・趙雲子龍。
白銀の礼装は月光のごとく冴え渡り、ただそこに立つだけで不義を寄せ付けぬ峻厳な清光を放っていた。
――若獅子・馬超孟起。
錦の礼装に包まれた若き獅子は、熱砂を踏み鳴らすかのような覇気を全身から滾らせ、見る者の心を打ち震わせた。
三者三様の輝き。だがそのすべてが、凡俗を超えた英雄の気配を纏っている。
その姿に、将兵たちは息を呑み、酒盃を握る手を忘れた。
呂布は大きな手を伸ばし、三人の肩に順に触れる。
その掌には父の温もりと、君主の重みとが同居していた。
「皆、聞け!」
広間の梁を震わす声が轟く。
「并州には今、天下に誇るべき三人の若き英雄がおる! 我が娘婿たちだ!」
万雷の拍手が起きるよりも早く、呂布は一人ひとりの名を高らかに呼んだ。
「徐元直! 汝の知は并州の大地そのもの。民が根を張り、国が立つための礎となれ!」
「趙子龍! 汝の槍は天の裁き。その閃光で乱世の闇を切り裂け!」
「馬孟起! 我が息子よ! 汝の武は并州と西涼を結ぶ楔、二つの魂を束ねる絆であれ!」
大地、閃光、そして楔。
それは書簡の飾りではない。呂布が己の魂で感じ取り、未来を託す言葉だった。
「この三つの力が合わさる時、并州は、いかなる嵐にも揺らがぬ大樹となる!」
その宣言と同時に、広間は地を揺るがす歓声に包まれた。
「「「おおおおおおおおっ!!」」」
杯が宙に舞い、武具が床を打ち鳴らし、咆哮は雷鳴のごとく響いた。
将兵たちは知っている。
数日前、白龍・趙雲が鬼神たる主君の覇気に一歩も退かず、義の哲学を語り切ったあの瞬間を。己が魂が確かにこの男を英雄と認めたあの感覚を。
だから今、彼らの歓声には一片の疑いもなかった。
三人の婿は呂布の前に進み出て、深く膝をつく。
そして誓いを放った。
「この徐元直、生涯を懸けて并州の大地となります!」
「この趙子龍、殿の掲げる義の閃光となりましょう!」
「この馬孟起、西涼を背負い并州との絆を楔として繋ぎます!」
呂布はその三つの誓いを、胸いっぱいに受け止め、満足げに頷いた。
并州の未来は、盤石。
そう確信しながらも、その眼差しの奥に、誰よりも早く迫り来る嵐の影を見ている飛将・呂布であった。




