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第五十五話:西涼の錦竜

第五十五話:西涼の錦竜

趙雲を新たな婿として迎えるという呂布の宣言から、まだ数日しか経っていない。

并州全体が驚きと歓喜の熱気に包まれる中、その祝祭にさらなる華を添えるかのように、西涼からの使者が到着するという報せが届いた。それは、趙雲の件が西涼に伝わるよりもずっと以前に、吉日を選んでかの地を発った、正式な婚儀の使節団であった。


「…殿。馬騰殿は、ご子息の馬超殿を、結納の使者として遣わされたとのこと。婚約はすでに成立しておりまするに、これは一体…」

呂布の傍らで、軍師・陳宮が訝しげに眉をひそめた。


呂布は、窓の外に広がる西の空を見やりながら、愉快そうに口の端を吊り上げた。

「中原のまどろっこしい儀礼とは違うのだよ、公台。西涼の民は、武と誠意を何よりも重んじる。口約束だけでは飽き足らず、婿自らが花嫁を迎えに来て、その覚悟を義父に示す。それこそが、奴らにとっての最大の礼儀であり、魂の誓いの儀式なのだ」

そして、彼は続けた。

「それに、あの若造にとってもな。これは俺に与えられた試練を乗り越え、成長した姿を見せに来る、晴れの舞台よ」


秋風が西から乾いた砂の匂いをかすかに運んできた日のことである。

晋陽の城門に、地平線を埋め尽くすかのような長大な行列がその姿を現した。

先頭に掲げられた旗印には、勇壮な馬の紋様。西涼の太守・馬騰が遣わした使節団であった。


「おお…!」

「あれを見ろ! なんという馬の数だ!」


城壁の上から、あるいは街道沿いから、その光景を見ていた并州の民や兵士たちからどよめきが上がる。

列をなして進むのは、三百頭もの西涼の駿馬。そのどれもが并州の馬とはまた違う、荒々しくも神々しいまでの気品を漂わせている。


馬だけではない。荷台の上には雪のように白く絹のように滑らかな毛皮が山と積まれ、陽光を浴びて神秘的な光を放つ美しい玉石の数々が惜しげもなく並べられている。

それは、単なる贈り物ではなかった。

西涼という国が、この縁談にどれほどの誠意と期待を寄せ、并州と共に未来を歩む覚悟があるかを何よりも雄弁に物語っていた。


そして、その壮麗な行列の先頭で白馬に跨る一人の若武者の姿に、人々の視線は釘付けになった。

錦の戦袍を風になびかせ、その顔にはかつて并州を訪れた時の刺々しいまでの傲慢さはない。代わりに宿っていたのは、民の歓声に穏やかな笑みで応える、若き君主の器であった。

錦馬超。彼は愛する花嫁を迎えに、そして自らが并州で得たものの大きさを、義父となる男に示すために、この北の地へと帰ってきたのだ。


謁見の間。呂布が主の座に座す前で、西涼の使者の長である老将が、恭しく馬騰からの書状を広げた。

「――我が盟友、大将軍・呂布殿へ。此度の縁、まことに天の配剤。…つきましては、我が西涼の風習に倣い、『花嫁を迎える者は、まずその武と誠意を義父に示すべし』との古くからの慣例に従い、我が嫡男・馬超を結納の使者として遣わしました。何卒、我が息子の覚悟、その御目で見定めていただきたく…」


呂布と陳宮の会話通りの言葉に、并州の将たちは深く頷いた。実直で武を重んじる西涼ならではの風習。そこに込められた馬騰の、呂布への絶対的な信頼と敬意を、その場にいた誰もが感じ取っていた。


城門では、華が姉の暁や飛燕と共に出迎えていた。

行列の中から馬超が自分を見つけ、その瞳を輝かせたのが分かる。華の心臓が、大きく、そして甘く跳ねた。もう不安はない。ただ、愛しい人と再会できた喜びだけが、その胸を満たしていた。


その夜。婚礼の前夜。

城の庭園は月明かりと無数の灯籠の柔らかな光に照らされ、幻想的な美しさに包まれていた。

馬超と華は、侍女たちを遠ざけ、二人きりで静かにその光の中を歩いていた。


「…見事な庭園だな。西涼には、これほど豊かな緑はない」

馬超が、どこか照れくさそうに呟いた。


華は、くすりと微笑む。

「ですが、西涼にはどこまでも続く大地と、夜空を埋め尽くす星々がございますのでしょう? いつか、華にも見せていただけますか」


「ああ。必ず」

馬超は力強く頷いた。そして、意を決したように華の小さな手を、その武骨な手で優しく包み込んだ。

「華殿。并州での試練は、俺に多くのことを教えてくれた。己の未熟さ、守るべき民の温かさ、そして何よりも大きかったのは、あんたという守るべき光を見つけられたことだ。俺の槍は、もう俺のためだけではない。あんたと、西涼と、そして義父上が治めるこの并州を守るためのものだ」


その、不器用だがどこまでも真摯な言葉。

華の瞳に、熱いものが込み上げてくる。

「…華も、同じです、馬超様。私はただ守られるだけの姫ではありませぬ。あなたの心を癒し、西涼と并州の架け橋となること。それこそが、私の戦です」


二人は互いの覚悟を認め合い、未来を誓う。

馬超はそっと華の肩を抱き寄せ、その唇に自らの唇を重ねた。

月下の庭園で交わされた、初めての、そして永遠の誓いであった。


翌日、華燭の典が厳かに、そして盛大に執り行われた。

呂布や并州の重鎮、そして西涼の使節団が見守る中、真紅の婚礼衣装に身を包んだ華と、錦の礼装を纏った馬超が、三三九度の杯を交わす。

広間は、割れんばかりの拍手と祝福の声に包まれた。


祝宴の席で、呂布が主の座から立ち上がった。

その顔には君主の威厳と、父親の喜びが満ち溢れている。

「我が息子・孟起よ、娘・華を頼んだぞ! これより并州と西涼は一つの家族となる! この絆、天が裂けようとも揺らがぬ!」

その高らかな宣言に、両国の将兵たちは杯を高々と掲げて応えた。


宴の合間、馬超の元に一人の男が杯を手に近づいてきた。

白銀の鎧を礼装に着替えてはいるが、その全身から放たれる清冽な気配は隠しようもない。趙雲であった。

「馬超殿。此度の儀、まことにおめでとうござる」


「趙雲殿か。貴殿の武勇、噂に聞いている。いずれ、手合わせ願いたいものだ」


「望むところだ。…いや、これからは義弟おとうとと呼ばせていただくべきかな?」


趙雲が悪戯っぽくそう言うと、馬超も不敵な笑みを返した。

「はっ! 義兄上あにうえに、不足なし! こちらこそ、よろしくお頼み申す!」


二人の若き英雄は、互いの力を認め合い、固い握手を交わした。

国を支える「礎」たる知勇の徐庶。

国を守る「刃」たる武徳の趙雲。

そして、国を繋ぐ「絆」たる血縁の馬超。

それぞれが異なる道を歩んできた若き英雄たちが、奇しくもこの祝宴の席で、初めて一堂に会したのだ。


祝宴が最高潮に達する中、呂布は自らの隣に、三人の婿――徐庶、馬超、趙雲――を並ばせ、満足げにその顔を見渡した。

并州の未来は、盤石。

彼はその確信と共に、この国の次なる一手を考えるのであった。

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