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第五十四ノ二話:鬼神の承認

第五十四ノ二話:鬼神の承認

謁見の間は、趙雲が放った言葉の余韻にまだ支配されていた。

民なくして漢室なく、漢室なくして民の安寧はない。

その、あまりにも気高く完璧な答え。それは、その場にいた全ての将兵の魂を揺さぶり、広間は深い感嘆のため息に包まれていた。


その静寂の中心で、玉座から立ち上がった呂布が、満足げな表情で趙雲を見下ろしている。

彼の次の一言を、誰もが息を殺して待っていた。

この稀代の英雄を、果たして我が主君はどのように遇するのか、と。


やがて、呂布の口元がゆっくりと綻んだ。

「―――はっはっはっは! 見事だ! 実に、見事な答えであった、趙子龍!」


腹の底からの豪快な笑い声。

それは謁見の間の天井を揺るがすほどの、絶対的な君主の哄笑であった。

その声で広間の氷のような緊張は一瞬にして溶け去り、代わりに温かい安堵の空気が将兵たちの間に広がっていく。


呂布は玉座を降りると、趙雲の前まで歩み寄り、その肩に大きな手を置いた。

「貴殿の答え、我が心に深く響いた。その魂、まこと一点の曇りもない白銀の如し。…気に入ったぞ、趙子龍」

「…もったいなき、お言葉」

趙雲は深く頭を下げた。呂布の全てを受け入れるような笑みに、彼の心もまた安堵と、この君主への計り知れない畏敬の念で満たされていた。


「ならば、最後の問いだ」

呂布の声が、不意に真剣な響きを帯びた。

「貴殿は、我が并州に仕える気があるか。そして…我が娘・飛燕を、どう思うておる」


その、あまりにも直接的な二つの問い。一つは君主として、もう一つは父親としての問いに、広間が再び静まり返る。

趙雲は、一瞬だけ、広間の末席にいる飛燕へと視線を送った。彼女が、祈るような、不安げな瞳でこちらを見つめている。


趙雲は、再び呂布に向き直ると、今度は迷いなく、その魂の全てを告げた。

「殿。某が探し求めていた君主は、貴方様をおいて他にありませぬ。この槍、この命、喜んでお捧げいたします」

そして、彼は一度言葉を切ると、少しだけ頬を染めながら、しかしはっきりと続けた。

「…そして、飛燕様は…。某がこれまで出会った、いかなる女性とも違う。気高く、美しく、そして何よりも、その魂は、某の魂と共にあるべきだと…そう、感じております」


その、朴訥だが、一点の曇りもない告白。

それを聞いた呂布は、満足げに、そして大きく頷いた。

「―――ならば、良い!」


彼は、広間の末席に座していた娘、飛燕を手招きした。

「飛燕、前へ参れ」


父の呼びかけに、飛燕はびくりと肩を震わせた。

彼女は戸惑いながらも、父の厳かな声に促され、ゆっくりと玉座の前へと進み出た。

図らずも趙雲と隣り合う形となり、彼女は恥ずかしさで顔から火が出そうになるのを必死で堪えた。


呂布は、そんな娘の顔を面白そうに覗き込むようにして、悪戯っぽく尋ねた。

「飛燕よ」

その声は、父親のそれだった。

「お前が、この并州の空の下では見つけられぬと嘆き、探し求めていた『風』は、見つかったか」


父は、全てお見通しだったのだ。

飛燕の頬が、一瞬で林檎のように赤く染まった。

彼女は父と、そして隣に立つ趙雲の顔を交互に見た。

趙雲の瞳が、穏やかに、しかし確かな熱を帯びて自分を見つめている。

もう、迷いはなかった。


彼女は意を決して父の目を真っ直ぐに見つめ返すと、声はか細く震えながらも、力強く、こくりと頷いた。


その答えを見て、呂布は再び、広間全体に響き渡る声で、高らかに宣言した。


「皆、聞いたな! この趙子龍を、我が三番目の婿として迎える!」


一瞬の、完全な沈黙。

誰もが、己の耳を疑った。

そして、次の瞬間。


「「「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」


地鳴りのような、割れんばかりの歓声が広間を揺るがした。

張遼は「殿!」と叫びながら涙を浮かべて笑い、陳宮と徐庶は静かに、しかし深い満足感を込めて頷き合う。

他の将兵たちもまた、この国の未来が盤石になったことを確信し、新たな英雄の誕生を心の底から祝福していた。


呂布は、まだ呆然と立ち尽くす趙雲と、顔を真っ赤にして俯く飛燕の肩を、その大きな両手で力強く抱いた。

「趙子龍。お前はもはやただの客将ではない。俺の息子だ。この并州の未来を、そして、この馬鹿娘を、頼んだぞ」


その、あまりにも温かく、あまりにも大きな言葉に、趙雲はついに膝をつき、震える声でただ一言、絞り出した。

「…ははっ!」


白銀の龍と、黒い燕が、赤い鬼神の下で確かに一つになった瞬間であった。

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