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第九話:二雄、飛将を救う

第九話:二雄、飛将を救う

「はあっ!」


呂布の本気が、ついに方天画戟に宿った。赤兎の神速と完全に一体となり、繰り出される戟はもはや単なる武技を超え、予測不能な嵐そのものであった。突き、薙ぎ、払い、打ち込む。全ての動きが連動し、一つの巨大な殺意の塊となって黒沙を襲う。その変幻自在の猛攻は、さすがの黒沙をして防戦一方に追い込んでいった。


(くそっ、埒があかん…! この小僧、本気を出すとこれほどとは!)

黒沙の額に、初めて焦りの汗が滲む。このままでは消耗戦に持ち込まれ、先に体力が尽きるのは自分の方かもしれぬ。


一方、呂布もまた、内なる焦燥と戦っていた。

(こいつ、粘る…! 俺の全力の攻撃を、これほどまでに受け止めるとは!)

短期決戦を決意した彼は、一度大きく距離を取ると、赤兎の持つ全ての速力を解放した。大地が悲鳴を上げる。呂布の姿は、敵味方の目には、もはや戦場を切り裂く一本の赤い閃光にしか見えなかった。必殺の威力を秘めた渾身の一撃が、黒沙へと迫る。


しかし、黒沙はその瞬間を狙っていた。彼は追い詰められた獣のように、口の端を歪めて不気味な笑みを浮かべた。呂布の突進を真正面から受け止めようとはせず、ひらりと巨馬の上で身をかわすと同時に、懐から素早く黒い粉末状のものを呂布の顔面めがけて投げつけた。目潰しだ!


「なっ…!?」呂布は咄嗟に顔を背けたが、間に合わない。粉末の一部が目に入り、灼けるような激しい痛みが走った。「ぐっ…! き、貴様、卑劣な!」


視界が歪み、一瞬、目の前が真っ暗になる。武人として、ありえないほどの致命的な隙。その瞬間を、黒沙が見逃すはずはなかった。彼は獣のような雄叫びを上げ、鉄蒺藜骨朶を呂布の頭上めがけて、渾身の力で振り下ろした!


呂布が、己の慢心と、そして死を覚悟した、その刹那。

離れた場所で戦況を冷静に見つめていた劉備が、静かに、しかし確かな意志を込めて呟いた。

「雲長…あの男の義、ここで見捨てるは我らの道にあらず」

その言葉を待っていたかのように、関羽雲長が動いた。

「―――させん!」

凛とした、しかし鋼のような硬質な声が響き、横合いから凄まじい勢いで一閃の青い光が迸る。彼は、兄の意を汲み、そして自らの義憤に駆られ、愛馬を疾駆させていたのだ。


彼の渾身の一撃は、まるで寸分違わぬ精密さで、振り下ろされる鉄蒺藜骨朶の側面を強かに打ち据え、その軌道を大きく逸らした。


「む、貴様は…汜水関の!」黒沙が驚きの声を上げる。


さらに、その反対側から。

「兄者ァ! よくも呂布将軍を! この無礼者めが!」


雷鳴のような声と共に、巨大な蛇矛が、まるで黒い竜巻のようにうねりながら黒沙の側面を襲った。張飛翼徳である。彼は、兄の動きに瞬時に呼応し、その野性の勘で最も効果的な場所へと突撃してきたのだ。


「なにっ!? 次から次へと!」


左右からの予期せぬ挟撃。それも、関羽の計算され尽くした一撃と、張飛の予測不能な一撃という、質の全く異なる攻撃に、さすがの黒沙も体勢を崩し、後退を余儀なくされる。


呂布もまた、目の激しい痛みに耐えながら、涙で滲む視界をなんとか取り戻し、状況を把握した。右に関羽、左に張飛。二人の英傑が、まるで自分を守る翼のように、そこにいた。


「関羽殿、張飛殿…!」


命を救われたことへの感謝。それは確かにある。だが、それ以上に、彼の心を支配したのは、燃えるような屈辱であった。

(この俺が…呂布奉先が…油断したばかりか、小細工に嵌り、あまつさえ、この者たちに助けられるとは…!)

しかも、これはもはや一騎打ちではない。三人がかりで、ようやく一人の敵と渡り合っている。その事実が、彼の天賦の才への絶対的な自信と、武人としての誇りを、深く、鋭く傷つけた。


しかし、感傷に浸っている暇はなかった。

体勢を立て直した黒沙が、怒りと、そして新たな獲物を見つけたかのような興奮に顔を歪め、三人の猛将に向かって同時に襲いかかってきたのだ。


「面白い! 面白いぞ! 噂に聞く飛将に、汜水関の豪傑どもか! よかろう、貴様ら三人の首を並べて、この黒沙様こそが天下最強であることを証明してくれるわ!」


黒沙の狂気に満ちた咆哮が、戦場に響き渡る。

それに応えるかのように、三人の猛将の間に、言葉はなくとも、確かな闘気の連携が生まれた。


呂布の、怒りと屈辱を力に変えた、燃え盛る覇気。

関羽の、義憤に燃えながらも、決して冷静さを失わない、氷のような闘気。

張飛の、荒れ狂う嵐のような殺気。


三者三様の、しかし規格外の気迫が一つに合わさり、黒沙一人へと向けられる。

虎牢関の大地が、その凄まじいプレッシャーに震えた。これから始まろうとしているのは、もはや単なる戦いではない。伝説に残るであろう、壮絶な死闘の幕開けであった。

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