幕間:三兄弟の誓い
幕間:三兄弟の誓い
汜水関を突破した連合軍の陣営は、華雄を討ち取った勝利の熱気に沸き立っていた。諸侯たちは酒宴を開き、手柄話に花を咲かせている。しかし、その喧騒から離れた公孫瓚の陣の一角、劉備たちの質素な幕舎だけは、静かな空気に包まれていた。
三人は、小さな焚き火を囲んでいた。揺れる炎が、それぞれの思慮深い顔を照らし出している。
最初に沈黙を破ったのは、やはり張飛だった。彼は、酒甕を豪快に呷ると、満足げに息をつき、興奮冷めやらぬ様子で言った。
「兄者! 見たかい、あの呂布って野郎を! いけ好かねえ奴だと思ってたが、意外と骨のある奴じゃねえか! 袁紹の奴らを一喝した時は、溜飲が下がるってもんだ!」
彼の単純明快な物差しでは、家柄を鼻にかける者たちを一蹴し、実力のある者(関羽)を認めた呂布の行動は、痛快な「義」そのものに映った。
しかし、関羽は静かに首を振った。その見事な髭を、思慮深く手で梳きながら、彼は落ち着いた声で言った。
「三弟よ、物事はそう単純ではない。あの男の武、そして眼差しは本物だ。それは認める。だが、あの強さはあまりに純粋すぎる故に、危うい。まるで、自らの重みに耐えきれず、いつか砕け散ることを運命づけられた名剣のようだ。我らが目指すべき強さとは、似て非なるものよ」
関羽の目には、呂布の圧倒的な輝きの奥に潜む、深い孤独と破滅の影が見えているかのようだった。
二人の弟の言葉を聞き、劉備は静かに頷いた。彼の大きな耳は、張飛の快哉も、関羽の懸念も、その両方を正確に捉えていた。
「雲長、翼徳。お前たちの言う通りだ。呂布将軍は、我らにとって恩人だ。このご恩は決して忘れん。だが、我らが進むべき道は、あの人の道とは違う」
彼は、焚き火の向こうに広がる、無数の諸侯たちの陣営を見渡した。そこでは、勝利に浮かれた者たちの、野心と欲望の炎が渦巻いている。
「見ろ、あれを。彼らは董卓を討つという大義を掲げながら、その実、己の利しか考えていない。呂布将軍のあのあまりにも真っ直ぐな強さは、いずれあの者たちの野心に利用されるだけかもしれん」
劉備の瞳には、深い憂いの色が浮かんでいた。
「我らは、力で覇道を突き進むのではない。仁の心で民を救い、義の絆で人を繋ぐのだ。たとえ今は、この焚き火のように小さな光だとしても、我らのこの志こそが、いずれ天下を照らす大きな灯火となる。そう、俺は信じている」
その言葉に、関羽と張飛は、改めて兄の器の大きさを感じ取り、ハッと息をのんだ。そうだ、俺たちは、この人のために命を懸けると誓ったのだ。呂布という、太陽のように強烈な「個」の輝きを見たからこそ、自分たちが寄り添い、支え合うこの「絆」の尊さが、より一層、身に染みる。
「兄者…」
「玄徳殿…」
三人は、言葉もなく互いの顔を見つめ合った。そして、まるで示し合わせたかのように、そっと手を重ね合わせた。遠い昔、故郷の桃園で交わした誓いが、今、この戦場で、より一層、固く、そして尊いものとして、彼らの胸に蘇っていた。虎牢関の戦いは、彼らにとっても、自らの「義」の形を天下に示す、最初の試練となるだろう。綺羅星たちの偽りの輝きの中で、泥中の華は、静かに、しかし確かに、その根を深く張ろうとしていた。




