第四十八ノ二話:魂の舞
第四十八ノ二話:魂の舞
趙雲の完璧な槍術が、山賊の頭目・呼延虎を追い詰めていく。
武器を失い、もはや勝敗は決したかに見えた。
だが、その光景を黙って見ている飛燕ではなかった。
彼女の胸に、屈辱よりも先に、武人としての烈しい闘争本能が再び燃え上がった。
「邪魔しないでッ! そいつは、私の獲物よ!」
彼女はほとんど叫ぶようにそう言うと、再び槍を構え、今度は趙雲と呼延虎の間に、黒い嵐のように割って入った!
その予測不能な乱入に、趙雲はわずかに眉をひそめた。
(無茶な…!)
案の定、その一瞬の乱れこそが、呼延虎にとって千載一遇の好機となった。彼は二人の英雄が互いを意識する、そのほんのわずかな隙を突き、体勢を立て直すと同時に、足元に転がっていた部下の亡骸から大刀を蹴り上げ、それを掴み取って再び構えた。その一連の動きに、一切の無駄はなかった。
(せっかく追い詰めたものを…! これでは仕切り直しか!)
だが、趙雲の懸念は、すぐに驚嘆へと変わった。
彼は、信じがたい奇跡を目の当たりにすることになる。
飛燕の槍が、常軌を逸した角度から呼延虎の首筋を薙ぐ!その、あまりに野性的な一撃に、新たな大刀で必死に応じようとした、まさにその瞬間。
趙雲の槍が、まるでその未来が見えていたかのように音もなく滑るように繰り出され、がら空きになった呼延虎の胴を浅く、しかし鋭く抉った!
「ぐっ…!」
肉を裂く鈍い感触。噴き出す血潮。呼延虎が痛みによろめき、体勢を崩す。
その、趙雲が作り出した千載一遇の隙を、今度は飛燕が見逃さない。
彼女の槍の石突が、振り向きざま、まるで黒豹の尾のようにしなり、呼延虎の膝裏を骨が砕けるほどの威力で打ち据えた!
理性の趙雲と、感性の飛燕。
静の趙雲と、動の飛燕。
水と炎のように、何もかもが正反対なはずの二人の武が、初めて会ったとは思えぬほど完璧に、そして美しく連携し、互いの力を何倍にも増幅させ合っていく。
飛燕の槍が嵐のように荒れ狂えば、趙雲の槍がその嵐を正しい道筋へと導く風となる。
趙雲の槍が氷のように冷静に急所を狙えば、飛燕の槍がその氷を打ち砕く炎となって全てを焼き尽くす。
それはもはや、ただの戦闘ではなかった。
見る者を魅了する、天女の舞のように荘厳で、美しい「演武」。
二人の間にはもはや言葉は不要だった。ただ、互いの呼吸、筋肉の動き、そして魂の昂りだけが、二人を繋ぐ唯一の言語となっていた。
呼延虎は、もはや為すすべもなかった。
彼は一人の人間を相手にしているのではなかった。
二つの魂が完全に一つに融合した、巨大で抗いようのない一つの「力」と、対峙していたのだ。
(そうか…)
薄れゆく意識の中、呼延虎の脳裏に、かつて黒山で共に酒を酌み交わした仲間たちの顔が浮かんだ。あの頃は、確かに誇りがあった。だが、呂布という天災に敗れてから、俺の道は狂った。復讐だけを支えに、ただ生き汚く牙を剥き続けた。だが、それも今日で終わりか。
(…ああ、見事な…)
最後に見たのは、二つの魂が完全に一つになり、自分を貫く、荘厳で、美しい一閃の光。
それは、あまりにも温かく、あまりにも眩しい光。
絶望の淵で、彼は初めて見たのだ。己が失い、生涯かけても届かなかったであろう、真の武人たちが放つ魂の輝きを。
それは、彼にとって、死という恐怖を忘れさせるほどの、安らかな救いであったのかもしれない。
最後は、同時だった。
**飛燕の槍が咆哮と共に呼延虎の大刀を根元から弾き飛ばし、**大きく天を仰がせたそのがら空きの胴体に。
趙雲の槍の穂先が、一切の感情を排したただの一点として、その心臓を寸分の狂いもなく貫き通した。
戦いは、終わった。
生き残った山賊たちは、頭目の亡骸を前に恐怖に駆られ、武器を捨てて逃げ去っていった。
燃え盛る家々から命からがら逃げ出し、物陰に隠れて震えていた村人たちが、おそるおる顔を上げる。
そして、彼らは見た。
まるで、伝説の一場面を切り取ったかのような、荘厳な光景を。
村の中心、血の海と化した大地の上に、二つの影が静かに佇んでいた。
一人は、返り血を浴びながらもなお、月光の下で雪のように白い肌を輝かせる、黒髪の少女。
もう一人は、その少女を守るかのように静かに立ち、白銀の鎧が星明かりを浴びて神々しく輝く、白馬の若武者。
夕闇が二人を包み、戦の後の静寂が支配する。聞こえるのは、燃える家の木がはぜる音と、二人の荒い息遣いだけ。
彼らの身体から立ち上る湯気が、冷たい秋の夜気の中で白い霧となり、月光を浴びて幻想的に揺らめいていた。
彼らは、言葉を交わさない。
だが、その視線は、まるで磁石のように、互いから片時も離れることがなかった。
それは、恋人たちの甘い視線ではない。戦場で魂を共鳴させた者だけが交わすことのできる、激しい興奮の残響と、自らの半身を見つけたかのような深い安堵の色が宿っていた。
村人たちは、感謝の言葉を口にすることさえ忘れ、ただ、その人間離れした光景にひれ伏した。
あれは、人ではない。
我らを救うために天が遣わした、二柱の神なのだ、と。
黒き嵐の女神と、白き龍の武神。
言葉は、なかった。
だが、言葉以上に雄弁に、二人の魂は語り合っていた。
お前は、誰なのだ、と。
そして、ようやく、会えたな、と。