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第四十八話:白龍と燕

第四十八話:白龍と燕

飛燕は、槍を振るうことに没頭していた。

周囲の雑魚はもはや敵ではなく、ただ自らの槍の冴えを確かめるための的に過ぎない。

彼女の視線はただ一点。山賊たちの中心で部下に檄を飛ばしながらも、その目に油断なき光を宿らせている頭目の男だけを捉えていた。


(あんたが大将ね…!)


飛燕は周囲の山賊を薙ぎ払うと、一直線にその頭目へと突撃した。

頭目もまた、雑魚を蹴散らすよりも、この嵐の中心にいる少女の首を獲ることこそが、この戦を最も早く終わらせる道であると瞬時に判断した。彼は、ただの山賊ではない。かつて黒山を根城とし、呂布軍に敗れた張燕の配下の一人、呼延虎こえんこ。主を失い、呂布への復讐心と飢えからこの地に流れ着いた、歴戦の傭兵であった。


「小娘がァッ!」


呼延虎の振るう大刀が風を唸らせて飛燕に襲いかかる。

飛燕はそれを紙一重でかわし、反撃に転じる。槍と刀が火花を散らして激しく打ち合わされた。

呼延虎の剣筋は、重く、そして老獪だ。彼は飛燕の天賦の才を正面から受け止めようとはせず、巧みに攻撃を受け流し、時に味方の雑兵を盾にしながら、じりじりと彼女の体力を削ってくる。


(こいつ…! これまでの雑魚とは違う…! 泥臭い…!)


若さ故の経験不足。純粋な武のぶつかり合いしか知らない飛燕は、生き残るためなら手段を選ばぬ呼延虎の老獪な戦術の前に、次第に呼吸を乱し始めた。

呼延虎は、その一瞬の隙を見逃さなかった。

渾身の力を込めた一撃が飛燕の槍を弾き飛ばし、がら空きになった彼女の胴体へと、その刃が吸い込まれていく。

(しまった…!)


村を見下ろす丘の森の中。息を殺して戦況を見守っていた数人の影があった。高順から遣わされた、呂布軍の精鋭たちである。

隊長の男は、姫君の窮地に思わず腰を浮かせた。

だが、隣にいた副官がその肩を静かに押さえた。

「待て。まだだ」

「しかし!」

「姫様を信じろ。そして、殿の命令を思い出せ」

隊長は唇を噛み締め、再び森の闇へと身を沈めた。


そして、その彼らの葛藤を嘲笑うかのように、一陣の白い風が戦場を駆け抜けた。


キィンッ!という甲高い金属音と共に、呼延虎の大刀がありえない角度へと弾き飛ばされる。

何が起きたのか、誰にも分からなかった。


ただ、気づけばそこに、白馬にまたがった白銀の若武者が、静かに立っていた。

その手にした槍の穂先は、まるで月の光を集めたかのように、冷たく、そして美しく輝いていた。

丘の上の精鋭たちは、驚愕に目を見開いたまま、その場に凍りついた。


「…お下がりくだされ。ここは、それがしが」


趙雲は、飛燕に一言だけ静かに告げた。

その声には何の感情も乗っていない。だが、それ故に絶対的な自信と揺るぎない覚悟が感じられた。

そして、彼は呼延虎と対峙する。


彼の槍筋は、飛燕の荒々しい槍とは何もかもが正反対だった。

一切の無駄がなく、流れる水のように理知的。踏み出す歩法、槍を構える角度、その全てがまるで教科書のように完璧。

だが、その一撃一撃は岩をも砕くほどに重く、そして速い。


呼延虎は、趙雲のまるで隙のない完璧な槍術の前に、なすすべもなく追い詰められていく。

老獪な小細工が、絶対的な「格」の前では何の意味もなさない。

先程までとは比べ物にならないほどの、圧倒的な力の差。


飛燕は、その光景をただ呆然と見つめていた。

驚愕。

そして、それ以上に、今まで感じたことのない胸が焦げるような興奮と、かすかな屈辱。


(なんなのよ、この男…!)


自分の戦いに横から割り込んできたことへの怒り。

そして、自分が苦戦した相手をこうもたやすく圧倒する、その計り知れない強さへの畏怖。

彼女の、誇り高き魂が激しく揺さぶられていた。

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