幕間:三輪の花、それぞれの誓い
幕間:三輪の花、それぞれの誓い
祝宴の喧騒が、遠い潮騒のように聞こえる。
月の光が差し込む回廊で、三人の姉妹は、久しぶりに、水入らずの時を過ごしていた。
「華、本当におめでとう。素晴らしい殿方と結ばれるのね」
長姉の暁が、優しく微笑みかける。その顔には、妹の幸せを祝う、心からの喜びが浮かんでいた。
「…はい、姉様」
華は、頬を赤らめながら、はにかんだ。その手には、馬超から贈られた白玉のかんざしが、大切そうに握られている。
「でも、少しだけ、不安です。私が、あの猛々しい西涼の地で、ちゃんとあの方のお役に立てるのか…」
彼女は、小さな声で、しかし強い意志を込めて続けた。
「私、頑張ります。并州と西涼の架け橋に、必ずなってみせますわ」
それは、仁の妹が立てた、ささやかで、しかし気高い誓いであった。
「…ふん。あんな、熊みたいな男のどこがいいんだか」
その静かな空気を、次女・飛燕の、少し拗ねたような声が破った。彼女は、手にした杯の酒を、ぐいと呷る。
「優しさなんて、戦場で何の役にも立たないわよ!」
飛燕は、吐き捨てるように言った。だが、その言葉とは裏腹に、彼女の瞳には、羨望と、そして隠しきれない焦りの色が、暗い影を落としていた。
姉には、単福殿がいる。妹には、馬超様がいる。二人とも、父の、そしてこの国の力となる、素晴らしい伴侶を得た。
(それに比べて、私は…?)
ただ、槍を振るうだけ。
(いいわ。ならば、私は、誰にも頼らず、この槍一本で父上の力になってみせる!)
それは、武の姉が、自らの孤独を振り払うかのように立てた、悲壮なまでの誓いであった。
その、妹たちの痛々しいほどの強がりと覚悟を、暁は、静かに見つめていた。
そして、彼女の脳裏に、宴の席でのある光景が、鮮やかに蘇っていた。
それは、父が単福殿を参謀に任命した、まさにその直後。一瞬だけ、父の視線が、隣に立つ自分と、頭を下げる単福殿とを、射るように見比べたのだ。
その視線には、功労者を称える温かさではなく、まるで愛娘に近づく素性の知れぬ男を値踏みするかのような、冷たく、厳しい光が宿っていた。
その一瞬の父の表情から、暁は全てを悟った。
(父上は、単福殿を許してなどいない。参謀としては認めても、一人の男としては…!)
その気づきは、氷の刃のように、彼女の胸を突き刺した。
だが、彼女は妹たちの前では、穏やかな笑みを崩さなかった。
(待っているだけでは駄目だ…)
心の中で、彼女もまた、自らの誓いを立てていた。
(父上が、単福殿の過去ではなく、その人間性そのものを認めざるを得ないような、圧倒的な『結果』を、私たちが示してみせる…!)
知の姉が立てた、静かで、しかし何よりも強いその誓いは、この国の未来を、大きく動かすことになるのだった。