第三十八話:若獅子の祝言
第三十八話:若獅子の祝言
呂布軍の凱旋は、晋陽の民に、熱狂をもって迎えられた。
我が主君が、中原の覇者・曹操と渡り合い、「大将軍」の位を得て帰ってきた。その報は、并州全土に、絶対的な自信と誇りをもたらした。
そして、その祝賀ムードが最高潮に達したのが、呂布が帰還して数日後に催された、盛大な祝宴の席であった。
広間には、呂布軍の将兵だけでなく、并州の豪族たち、そして、この日のもう一人の主役である、西涼からの丁重な使節団の姿もあった。彼らは、呂布の南下と入れ違いになる形で晋陽に到着し、主君の帰りを辛抱強く待ち続けていたのだ。
宴もたけなわとなった頃、呂布は、ゆっくりと玉座から立ち上がった。
広間が、水を打ったように静まり返る。
「皆、聞いてくれ」
呂布の声が、力強く響き渡った。
「此度の南征で、我らは帝をお救いすることは叶わなかった。だが、その代わりに、二つの、何物にも代えがたい宝を得て、この地へ帰ってきた」
彼は、まず、傍らに控える一人の青年を手招きした。参謀、単福である。
「一つは、この男の『知』。彼の知略がなければ、我らは多くの血を流し、この勝利を得ることはできなんだ。これより、単福を、我が軍の正式な参謀とする!」
どよめく将兵たち。単福は、驚きと感激に、ただ深く頭を下げることしかできなかった。
「そして、もう一つ」
呂布は、今度は、西涼の使節団の長である老将へと、温かい視線を向けた。
「それは、西涼の太守・馬騰殿との、揺るぎない『絆』だ」
彼は、広間の一角に座す、三女・華へと、そっと視線を送る。華は、父の視線に気づき、頬を赤らめながらも、凛とした表情で頷き返した。
「本日、この目出度き日に、皆に報告がある!」
呂布は、高らかに宣言した。
「我が三女・華を、西涼の太守・馬騰殿がご嫡男、馬超孟起殿の妻として、嫁がせることと相成った!」
「「「おおおおおおおおっ!!」」」
その瞬間、広間は、割れんばかりの歓声と、祝福の声に包まれた。
西涼の老将は、目に涙を浮かべ、「これで、両家は一つの家族にございますな!」と、声を震わせる。
并州の将たちもまた、「殿、まことにおめでとうございます!」「これで、西の憂いはなくなり申した!」と、手放しでその決定を喜んだ。
それは、ただの縁談ではなかった。
北の并州と、西の西涼。二つの強大な武力が、「血」という、決して裏切ることのない絆で結ばれたことを、天下に示す、華やかな狼煙であった。
宴席の隅で、暁は、幸せそうにはにかむ妹の姿を、姉として、心からの喜びで見守っていた。
その隣で、単福もまた、穏やかな笑みを浮かべていた。
(姫君…あなた様の妹君も、素晴らしい伴侶を得られましたな)
彼の視線が、自然と、暁の横顔へと注がれる。そのことに気づいた暁が、ふとこちらを向き、二人の視線が、一瞬だけ、絡み合った。暁は、はにかむように微笑むと、そっと視線を逸らした。
単福の胸に、温かいものが、静かに広がっていく。
だが、その華やかな祝宴の片隅で、一人、杯を黙々と傾ける少女がいた。
次女、飛燕である。
姉と妹が、それぞれ素晴らしい伴侶を得て(あるいは、得ようとして)、幸せそうな顔をしている。それを、心から祝福したい気持ちに、嘘はない。
だが、その光景が、眩しければ眩しいほど、彼女の心には、ぽっかりと穴が空いたような、寂しさが広がっていた。
(私には…)
(私に釣り合う男なんて、この并州には、もういないじゃない…)
強すぎるが故の、孤独。
彼女は、そのやり場のない想いを振り払うかのように、杯に残った酒を、一気に呷るのであった。
その物憂げな横顔を、父である呂布だけが、少しだけ、心配そうな目で見つめていた。