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第三十六ノ二話:参謀の戦場

第三十六ノ二話:参謀の戦場

帝への拝謁という、形式的な儀礼が終わった後。

呂布と曹操は、表向きは和やかに、昔の戦話などに興じている。

だが、その裏では、別室にて、両軍の未来を左右する、真の戦いが始まろうとしていた。


卓を挟み、向かい合うは、四人の男。

一方は、曹操が誇る、二人の天才。

一人は、王佐の才と謳われる荀彧(じゅんいく)(あざな)文若(ぶんじゃく)という。

もう一人は、神の如き智謀を持ち、戦の行く末を完璧に見通すと言われる郭嘉(かくか)、字は奉孝(ほうこう)

二人とも、静かに座しているだけで、その全身から、常人ならざる知性が滲み出ていた。


そして、その二人と対峙するのが、并州から来た、若き参謀・単福であった。

彼の背後には、護衛として猛将・張遼が、その巨躯を微動だにせず、ただ静かに控えている。


「…単福殿、と申されましたかな」


最初に口火を切ったのは、荀彧であった。その声は穏やかだが、相手の心の臓を探るような、鋭い響きがあった。


「并州よりの長旅、さぞお疲れでしょう。されど、貴殿の顔には、疲労の色よりも、むしろ、我らとの交渉を楽しみにされているかのような、余裕すら感じられますな」


それは、先制の一撃。相手の素性と、その器を測ろうとする、巧みな牽制であった。

だが、単福は動じなかった。


「滅相もございません」

彼は、穏やかに、しかしはっきりと答えた。

「ただ、荀彧様、郭嘉様という、天下にその名を知られたお歴々と、言葉を交わす機会を得ましたこと、一人の学徒として、これ以上の喜びはないと感じておるだけでございます」


完璧な返答。相手への敬意を示しつつ、自らの立場を「学徒」と謙遜することで、相手の警戒心を巧みに和らげる。

そのやり取りを見て、それまで黙っていた郭嘉が、ふっと不敵な笑みを浮かべた。


「ほう…面白い。貴殿、陳宮殿に師事されているとか。なるほど、あの男が目をかけるだけのことはある」

郭嘉は、まるで品定めでもするかのように、単福の全身を舐めるように見た。

「だがな、単福殿。貴殿の主君は、今や帝を擁する我が主・曹操公に、臣下の礼を取る立場。その使者である貴殿が、我らと対等に渡り合えると、本気で思っておられるのかな?」


今度は、脅し。相手の立場を明確にし、交渉の主導権を握ろうとする、鋭い一手。

その言葉に、単福の背後に控えていた張遼の眉が、ピクリと動いた。

だが、単福は、やはり冷静だった。


「郭嘉様の仰る通り。我が主君は、漢の忠臣として、帝に拝謁するために参りました。されど」

単福は、そこで一度言葉を切ると、その瞳に、初めて鋭い光を宿した。

「我が主君は、同時に、滎陽にて曹操公の命を救った、大恩人でもあります。恩義には、恩義をもって報いる。それもまた、人の道と心得ますが…違いますかな?」


その、あまりにも痛烈な一言。

荀彧と郭嘉の顔から、一瞬だけ、笑みが消えた。

この若者は、ただ者ではない。自分たちの土俵で戦うのではなく、相手が最も触れられたくない「恩」というカードを、臆面もなく突きつけてきた。そして、その物言いは、師である陳宮のそれと、あまりにも似ていた。


「…はっはっは!これは、一本取られましたな!」

先に沈黙を破ったのは、郭嘉だった。彼は、声を上げて笑うと、面白くてたまらないといった表情で、単福を見つめた。

「良いでしょう、単福殿。貴殿の言い分、認めましょう。我らは、対等な立場で、互いの利を探るといたしましょうか」


静かなる戦いの、火蓋は切って落とされた。

単福は、心の中で、師である陳宮の教えを反芻していた。

(臆するな。相手が誰であろうと、お前の背後には、呂布将軍という、天下無双の武があることを忘れるな。それこそが、お前の言葉を、ただの戯言ではなく、現実の力とする、最大の拠り所なのだからな)


その言葉を胸に、若き参謀は、天下最高の知恵者たちを相手に、一歩も引かぬ、壮絶な頭脳戦へと、その身を投じていくのであった。

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