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幕間:猛将の誓い

幕間:猛将の誓い

戦が終わり、夜が来た。

張遼は、自らの陣屋で、祝いの酒をあおりながらも、昼間の、あの信じがたい光景を、興奮と共にもう一度、頭の中で反芻はんすうしていた。


(…化け物ぞろいだ)


まず、脳裏に浮かぶのは、あの若き参謀、単福の顔。

敵の策を見抜き、あまつさえその裏をかく、あの神業のような献策。

我が騎馬隊に与えられた命令は、ただ一つ。

『敵の別働隊が進むであろう道を予測し、逆にこちらから奇襲せよ』

無茶な、と初めは思った。だが、あの男が差し出した地図には、敵の行軍速度と地形から算出したという、あまりにも正確な遭遇予測地点が、一点だけ、記されていた。


俺たちは、ただ、その一点を目指して、闇の中を疾駆した。

そして、そこに寸分の狂いもなく現れた、油断しきった敵の別働隊。

あれは、もはや戦ではなかった。ただの狩りだ。狼の群れが、無防備な羊の群れを蹂躙するだけの、一方的な殺戮。

あの書生…いや、単福参謀は、戦場に出る前から、この勝利を、盤上で完璧に読み切っていたのだ。


そして、脳裏に焼き付いて離れない、もう一つの光景。

我が隊の奇襲成功を合図に、ついに解き放たれた、主君・呂布の、あの神威。


狼煙のろしを上げ、俺たちが戦場へと戻った時、すでに二人の一騎打ちは始まっていた。

俺たちですら、近づくことすら躊躇われるほどの、凄まじい気の応酬。

黒沙の鉄棍が唸りを上げれば、大地が揺れた。あの男の武もまた、人の域を超えている。並の将ならば、一撃で肉塊と化していただろう。


だが、殿は、違った。

黒沙の、山をも砕く剛撃を、まるで柳が風を受け流すように、いなしていく。

一見、押されているように見える。だが、俺には分かった。

殿は、黒沙の力を、意図的に引き出しているのだ。

相手に全ての力を出し切らせ、その上で、ねじ伏せる。それは、ただの武人の戦い方ではない。絶対的な強者が、挑戦者の全てを受け止めた上で、その格の違いを見せつける、君主の戦い方だ。


そして、最後の目潰し。

虎牢関での悪夢が、再び繰り返されるかと、誰もが息を呑んだ、あの瞬間。

殿は、砂煙の中で、まるで未来が見えているかのように、静かに一歩だけ動いた。

たった一歩。

それだけで、黒沙の必殺の一撃は、虚しく空を切った。


あの動きは、もはや武術の技ではない。

五感を極限まで研ぎ澄ませ、相手の呼吸、筋肉の動き、殺気の流れ、その全てを読み切った者だけが到達できる、神の領域。

(あれが…民を知り、国を背負うと決めた、我が主君の、新たな『強さ』か…)


張遼は、手の中の杯を、ぐっと強く握りしめた。

だが、と彼は思う。この神業のような戦が、そもそもなぜ可能だったのか。

我らが憂いなく、この中原で戦えるのは、ただ一人、あの男が北の并州を守ってくれているからに他ならない。


(陳宮殿…)

この戦の、もう一人の功労者。

我らが「矛」となりて敵を討つ間、東の袁紹、北の異民族という二つの脅威から国を守る、絶対的な「盾」。

そして、殿が遠征に出るにあたり、軍師が手薄になることを見越して、単福参謀を推挙した、その先見の明。

この勝利は、盤面を読み切った単福参謀の知と、それを信じた殿の器、そして、その全ての土台を作った陳宮殿の深慮、その三つが揃って初めて成し得たものなのだ。


武の呂布と、知の単福。そして、国を守る陳宮。

この三本柱が揃った今、この并州軍は、もはや北の辺境の一勢力ではない。

天下を、本気で狙える。


張遼は、残っていた酒を一気に飲み干すと、不敵な笑みを浮かべた。

(待っていろ、曹操孟徳…)

(次なる相手は、お前だ。この最強の矛と、最強の盾、そして切れ味鋭すぎる頭脳を揃えた我が并州軍が、貴様の野望、根こそぎ食い破ってくれるわ)

猛将の瞳に、次なる戦場への、新たな闘志の炎が、赤々と燃え上がっていた。

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