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第七ノ三話:黒煙の狼煙、軍師の采配

第七ノ三話:黒煙の狼煙、軍師の采配

後方の丘の上で、丁原と並び、陳宮は冷静に戦況全体を見つめていた。彼の目には、二つの戦場が同時に映っていた。一つは、目の前の谷で、鬼神の如く奮戦する呂布の姿。もう一つは、彼の頭の中の地図に描かれた、張遼隊が進んでいるであろう獣道。


「…まだか」


丁原が、こらえきれずに呟いた。彼の目には、無数の敵に囲まれ、消耗していく呂布の姿しか見えていない。その心痛は、察するに余りあった。

「丁原様、ご辛抱を」陳宮は、主君をなだめながらも、その視線は戦場から逸らさない。「将軍は、必ずや持ちこたえられます。そして、張遼殿もまた、必ずや我らの期待に応えましょう」

その声には、揺るぎない確信があった。彼は、呂布の武を、張遼の忠を、そして自らの策を、絶対的に信じていた。


その時だった。東の山の方角から、一条の黒い煙が、天に向かって真っ直ぐに立ち上るのが見えた。


「来たか!」陳宮の口元に、初めて笑みが浮かんだ。

「おお! あの煙は…!」丁原も、その意味を悟り、目を見開いた。


正面の戦場では、その黒煙が、両軍に全く異なる衝撃を与えていた。


「な、なんだ、あの煙は!?」

「方角は…まさか、兵糧庫のある廃寺では!?」

黒山賊の間に走る激しい動揺。


「…来たな!」

呂布は、煙が上がるのを確認すると、口元に獰猛な笑みを浮かべた。疲労困憊だったはずの体に、新たな力がみなぎってくるのを感じた。


「馬鹿な! ありえん!」

前線で指揮を執っていた于毒の顔から血の気が引く。彼は、全てが陳宮の描いた絵図であったことを、この瞬間に悟った。

「全軍、退け! 兵糧庫へ戻るぞ!」


于毒の絶叫にも似た命令は、しかし、軍の崩壊を早めただけだった。


「好機!」

丘の上から、陳宮の鋭い声が響き渡る。

「全軍、追撃せよ! 賊徒どもを一人残らず討ち取れ!」


丁原の号令一下、それまで守りに徹していた并州兵たちが、せきを切ったように追撃を開始した。そして、その先頭には、待ってましたとばかりに赤兎を駆る、呂布の姿があった。


「逃がすと思うか、鼠どもめ!」


もはや、勝敗は決していた。呂布と張遼、そして陳宮。武勇と忠義、そして知略。三つの力が一つになった時、黒山賊の野望は、燃え盛る炎と共に、跡形もなく消え去ったのである。


戦いが終わり、勝利の余韻が残る陣営に、呂布は初めて自ら陳宮の粗末な陣幕を訪れた。

「…陳宮殿。見事な策であった。礼を言う」

ぶっきらぼうな感謝の言葉。だが、その瞳には、軍師への、そして仲間への、確かな信頼の光が宿っていた。


「いえ、それがしは策を献じたまで。全ては呂布将軍の神威、張遼将軍の武勇、そして将兵皆様の奮戦あっての勝利でございます」陳宮は静かに拱手し、謙遜した。だが、その瞳の奥には、自らの策が成功したことへの確かな満足感と、目の前の不器用な猛将が、自らの言葉を受け止め、確かに変化し始めていることへの、深い喜びと期待の色が浮かんでいるように見えた。(この将となら…あるいは、この乱世に、真の『義』を打ち立てることができるやもしれぬ…)


この黒山での一件は、呂布軍における陳宮の地位を不動のものとした。呂布自身も、武勇だけでは戦は勝てぬこと、そして「智」の力がいかに重要であるかを、身をもって再認識した。洛陽への道は、再び開かれた。だが、それは同時に、反董卓連合という、さらに巨大な乱世の渦の中心へと足を踏み入れることを意味していた。

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