婚約破棄の現場で~娘と婚約破棄しても良いですけど~
「メアリー、心の冷え切ったそなたとは婚約破棄する! 私の妃に相応しいのはシンディだ!」
「このこと、陛下とお父様はご存知でしょうか?」
「了承済みだ」
首肯する国王夫妻と父親に公爵令嬢は、現実を受け入れた。
受け入れられないのは、父親の横にいた母親だ。
「あら。あなたも知っていて、この茶番劇をさせたの?」
そう言う公爵夫人の目は絶対零度で、彼女が氷魔法が使えたのなら、辺り一面、ブリザードの世界だっただろう。
「知っていて当然だろう! 私は公爵家の当主だぞ!」
「知っていて当然ね? 母親である私には知らされていないのに?」
「お前は反対するだろう」
「反対なんてするはずがありません。メアリーは公爵家の跡取りでしてよ。それをどこかの無能が王太子の婚約者とすることを了承してしまったのではありませんか。大方、愛人の娘に公爵家を継がせたかったのでしょうけど」
「無能というのは、私のことか!」
「愛人の子どもに後を継がせようと、跡継ぎ教育を受けていたメアリーを嫁に出そうとする無能、あなた以外におりまして?」
「何だと?!」
「跡継ぎ教育にかかった時間と費用も考えられない無能ではありませんか」
言外に王族の妻として教育された時間と費用を無駄にする決定を下した国王夫妻も批難する公爵夫人。
「うるさい! うるさい! うるさい!」
図星を指された公爵は喚き散らす。
「・・・」
国王夫妻は可愛い息子の望みを叶えて上げたいだけだったが、その判断が無能扱いされる行為だと気付かされて、顔色が悪い。
「娘と婚約破棄しても良いですけど、後で文句は言わないでくださいましね。公爵家の血を引かない娘を我が公爵家の娘として王家に入れた、など」
「は? シンディは公爵の娘だろう?」
「王太子殿下の腕にぶら下がっている娘の母親は夫の愛人でも、父親は夫ではありません」
「は? 公爵が自分の娘だと思っているだけなのか?」
「その通りでございます。夫は子どもの頃に罹った病気で子種がなく、同じ先々代公爵の孫である私が婚約者に選ばれたのです」
「では、メアリーは・・・」
「途絶える直系の孫の代わりに公爵家の血を受け継ぐ娘でございます。その為、先々代の娘の娘である私が確実に公爵家の血を受け継がせました」
「・・・!」
その内容に貴族たちは衝撃を受けた。このような公式の場で婚約破棄を発表するのを許した国王夫妻の正気を疑うが、公爵が種無しなので先代公爵公認で公爵夫人が夫以外の子どもを産んでいたなど告白するなど、奇妙な国に迷い込んだような気分だ。
「そんなはずない! シンディは私の娘だ!」
「父親を偽ることは出来ても、母親を偽ることは出来ませんのよ。私たちの婚約は二度目の婚約でしたでしょう? それはあなたが子種の無くなる病に罹って、前の婚約者では公爵家の血を残せなかったからなの。そうでしょう、オニール侯爵」
話を振られたのは、公爵の一人目の婚約者の父親であるオニール侯爵。
「ええ。先代公爵からお聞きした婚約解消の理由はそうでした。そのおかげで、娘は子どもに恵まれ、今では幸せになっています」
一人目の婚約者の父親の証言も得られ、公爵夫人の妄言ではないと、証明された。
本来なら、婚約解消の理由をここまで事細かく説明する必要はないが、両家の関係を壊さず、共に発展していく為なら家の弱点になることでも伝える。先代公爵のその誠実さを評価してオニール侯爵は共同事業を行っていた。
「そんな、シンディは・・・」
「あなたの愛している人が産んだあなた以外の男の娘ね」
「そんな・・・」
その言葉は公爵ではなく、国王の口から出た。
公爵の娘だからどちらでも良かった。そんな単純な話が公爵の娘だと騙っている娘となったら、話が変わってくる。
同じ先々代の公爵の血を引く公爵夫人の娘は、何とか公爵家の血を引いていると言えるが、父親は公爵ではない。
妻以外から生まれた娘のほうも父親は公爵ではない。
公爵に子種がないから。
「だから、あの娘に公爵家の跡取り教育はしなかったでしょ。時間とお金の無駄遣いですもの」
公爵はハッとなった。
引き取ったシンディに教育はまったくされなかった。着飾り、公爵とお茶をする以外の仕事はなかった。
公爵はいつでも可愛い娘と楽しい時間を過ごせて幸せだったが、公爵令嬢、女公爵になるには明らかに足りなかった。
シンディを王太子妃にするには、文字の読み書きから始めなくてはいけない。
公爵はようやく現実が見えた。
公爵夫人は無駄を省いていたのだ。
「帰りますよ、メアリー。あなたは婚約破棄されたのだから、お目汚しをするわけにはいきません(女公爵になる準備を再開しなくてはいけません)」
「はい、お母様」
そして、無駄が嫌いな公爵夫人は娘のメアリーを連れて帰って行った。
残ったのは、
「これでわたしたち結婚できるね」
と喜ぶ公爵の愛人の娘(父親不明)と、この婚約は成立できないと思った王太子と国王夫妻と貴族たち。
そして、真実の愛の結晶(笑)に気付いて灰になった公爵だった。
◇◆
「公爵様があれだから、オニール侯爵家とはあなたの代で政略結婚をする予定だったのよ」
「そうだったのですね」
「お婿さん候補だったリアムくんはまだ婚約していないし、あなたさえ良ければ婚約してくれないかしら?」
「ですが、王太子殿下に婚約破棄されましたし・・・」
「王家の横槍の婚約は無視よ無視」
「リアム様も同じことをおっしゃっていましたわ」
「あら、そう? 良かったわ。今もあなたとそんな風に話せる間柄だったのね」
「幼馴染として支えてくれていましたの」
「それは良かったわ。あなたの本当のお父様も私を支えてくれていますよ」