7 側妃の死
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リリアは好きだった淡い桃色のドレスに着替えさせられ、まるで眠っているようにベッドに寝かされていた。
ヨハネスが駆けつけると侯爵家も来ていた。
「リリア、何故」
「陛下、何故と言いたいのは我が家でございます。娘は猛毒を盛られておりました。我が家の薬でも助けられませんでした。どうしてお気づきになられなかったのでしょうか。こんなに痩せて。陛下が是非にと望まれなければ娘はまだ生きていたでしょうに。連れて帰ります」
「いや、王家の墓に」
「王妃様を寵愛していらっしゃると聞いております。娘は返して頂きます」
「寵愛などしておらぬ。愛しいと思ったのはリリアだけだ」
「では何故未だに娘は離宮に置いておかれたのでしょうか。王妃様は宮殿でお過ごしですよね。やはりあの噂は本当なのでしょう。あの時王妃様は、ご自分は離宮に移るし国にも帰ると言われたのを覚えております。その上陛下が娘を望まれた。家の為に娘は王命で嫁いだのです。刺客に襲われそうになったことさえ何度もあったと報告を受けております。助けたのは侯爵家の護衛です。陛下は何も動かれなかった。恨みますぞ、陛下」
「そのようなことは聞いていない。本当だ。私がもっと気を付けていれば良かった・・・判断を誤った。
いくら離宮に移れと言っても聞かなかったのだ。済まない、私のせいだ」
「戯言を仰る。このような姿に成り果てて、いくら謝っていただいてももう娘は帰って来ないのです。傷物にされ殺されるなどと思っていませんでした。こんなことならあの時私が殺されても娘は逃がすべきでした。我が家は国を出ます。二度とこの地は踏まない」
「済まない、済まなかった・・・」
ヨハネス国王は漸く自分の罪に気が付いたが全てが遅かった。
王家はこの時から民の信頼を失い崩壊への扉を開くことになった。
自国出身の側妃様の命さえ守れない王家に貴族から不満が上がり、民衆へと怒りが広がっていった。じわじわと革命の狼煙が各地で上がっていった。
折しも他国で王政が滅び、民衆の支持を得た代表者が政治を行うという革命が起きたばかりだった。
民の怒りは、見せしめに王妃を処刑して見せても収まることを知らなかった。
やがて王族は全員処刑され国は滅びた。
☆
スタンベール家はどうしても一緒に行きたいと言う僅かの使用人を連れて船に乗っていた。これから遥か遠い大陸にある自由の国に行くのだ。そこは王政がない民が造った国だ。エリー、マリー、クラウド、スタンリー、クリスの五人とシェフのロブと医師のダニエルが志願した。ダニエルは侯爵家に長く仕える医師の末っ子だった。一家のことが大好きだったのとこれから発展する薬から離れたくなかったのだ。
国に家族がいる殆どの者は涙を飲んだ。元孤児らしきクラウドはともかくエリー達まで付いてきたのは驚きだった。
あの時この五人は本当にヨハネスに斬りかかりそうだった。そこを収めたのが父親の侯爵だった。五人を視線で止め口撃だけで国王を跪かせたのだから。
「新しい国がどんな所か楽しみね」
「お嬢様、お加減は宜しいのですか?」
「沢山眠ったから気持ちがいいわ。これが海の香なのね。水平線が綺麗。皆船には酔っていない?」
「スタンベール家の酔い止めがありますから」
「きっと商売も上手くいくわね。最強の薬師一家は向かうところ敵なしよ」
「無理をしなくて良いのよ、リリア。我が家を救ってくれてありがとう」
「わかりました、もう終ったのですね」
「ああ、終った。これから誰にも縛られない国へ行くんだよ。これからは私達がリリアを守ると約束しよう。お金もたっぷり搾り取ってきた。国家予算くらいだ」
「まあ、父様そんなことをして大丈夫でしたの?」
「二カ国から取ってやった。ざまあみろだ。躾の悪い雌犬の国と愚王からだ。
勿論世界中に蓄えていた貯蓄もある」
「一番怖いのはお父様かもしれませんわね」
「そうかもしれないね」
という父の顔は慈愛に満ちていた。
薬にしたものは勿論薬草も出来るだけ持って来た。行く先は新しく開拓された国だという。広大な土地に大きな屋敷を建てるつもりだ。
大型客船は一流のホテルのようだった。レストランもダンスフロアも紳士用のカジノも劇場もありバーもあった。図書館も付いていた。一流のメゾンまであった。
まるで地方の小都市のようだった。
薬により一週間程仮死状態になっていたリリアは、それらしく痩せるために食事制限もしていた。あまり胃に負担がかかるといけないのでスープから摂ることにした。部屋に簡単なキッチンが付いていたのでロブが腕を振るった。透明なコンソメスープに始まり徐々に野菜を煮込んだ物に慣らしていった。
柔らかなパンにスープを浸して食べるとなんとも言えず美味しかった。
「美味しいわ、こんなに美味しい食事は久しぶりだわ。ありがとう」
「お嬢様にそう言っていただけると作った甲斐があります」
「エリー、クラウド船を歩いてみたいの。付き合って」
「喜んでお供します」
リリアは船の上で散歩を始めてみることにした。
船の上では日光浴を楽しむ人々の姿が見られた。
「まあ、日焼けを気にしない方がいらっしゃるのね。世界は広いわね」
とリリアが呟くと後ろの方で
「生粋のお嬢様がいた」
と言う笑いを含んだ声が聞こえた。金髪にブルーの瞳の穏やかそうな顔の男性だった。着ている洋服の生地も上等だ。
エリーがすかさず前に出て
「お嬢様に失礼なことを言わないでください」
と睨み付けた。
「ごめん、馬鹿にしたわけじゃないよ。色々旅をして来て懐かしいなと思っただけだから。ほら護衛の君も鞘から手を離して。怖いよ。こんにちは、僕はリチャードという者です」
「ごきげんよう、私はリアよ。初めての旅なので驚いていただけなの。貴方は旅行がお好きなの?」
「商人ですよ。外国の優れたものを集めているんです。色々な国で売っているのですよ」
世界を回っているのならメッサニア王国の事も知っているかもしれない。近づかないほうが良いだろうと思ったリアは
「今日の散歩はこれくらいにするわ、エリー、クラウド帰るわ。リチャード様さようなら」
「またお会いしたいですね」
「そうですわね」
と言って踵を返した。
「厄介そうなのと知り合ってしまいましたね」
「全くだわ、髪の色も瞳の色も変えたのにうんざりよ。気づかれないと良いけれど」
「何かして来たら殺りますよ。海の上だ、ちょうど良い」
クラウドが感情のない声で言った。