6 噂
読んでいただきありがとうございます
その頃侯爵家では密かに財産を国外に分散させていた。猿芝居で可愛い娘を攫った国に見切りを付けていたのだ。
侯爵は外交に力を入れるようになり、夫人は社交界で発言力を強め、兄は剣と世界経済に目を向けるようになった。投資をし財産を増やしていった。
側妃の母として侯爵夫人の発言は無視できないものになっていた。
初めはごく親しい友人に零したのだ。
「防音魔法をかけさせたので安心してくださいませ。愚かな母親のここだけの呟きとしてお聞きくださいますか?娘は王妃様と陛下の仲に入るつもりはありませんでしたの、あのようにお似合いなのですから。
でも王妃様がご自分は離宮に行き、いずれは国に帰るからと言われて仕方なく。
その上陛下も是非娘をと望んでくださいました。ですが未だに離宮におりますの。この国は古くから王族でも一夫一妻制でしたのに。不敬かもしれませんが娘は王家に騙されたのではないかと案じておりますの」
「そうでしたのね、どんな家も王命には逆らえませんわ。本当にご不安ですわね。不敬にはならないと思いますわ。ここだけの話ですもの。お世継ぎが出来無いのは王家としてもお困りでしょうが、筋を通されてからでも良かったのではないかと思っている貴族家も沢山あると思いますわ。未だに王妃様は王宮にいらっしゃると伺っておりますし」
「そうなのです。陛下に中々言えないようですの。力のある方に逆らってまで意思を通すような娘ではありませんの」
「そうですわよね、お気の毒ですわ」
「ありがとう存じます。本当にここだけの話としてお忘れくださると幸いですわ」
こうして噂は気の毒な側妃様の辛い立場を広めるものとして社交界に広まっていった。国外出身の民を顧みない王妃様より、自国の虐められているという側妃様の味方をする者が多くなったのは自然な流れだった。
中には喜んでいる家もあっただろうが、嫁がせても王妃様に邪魔にされるだの、虐められるだのと噂が立ってしまえば娘を差し出すものは減った。政治の駒として使うという家か贅沢がしたいという令嬢だけが残ったのだった。
☆
側近が
「側妃様のお加減はいかがですか?巷では王妃様が虐めているのではないかと噂になっているそうでございます」
「加減は良くないが、何故そんな噂が出ているのだ?」
「陛下が側妃様を求められた時に王妃様がご自分は離宮に行かれ、いずれは国に帰ると仰ったことが原因かと。
それなのにまだ宮殿におられるのです。噂の否定のしようがございません。
陛下が王妃様とは別れるからリリア様が良いと言われたこともどこからか漏れたようでございます。離縁の話も嘘だったのではないかと噂は留まることを知らぬ勢いで駆け巡っております。側妃様の耳にも入っているでしょう。それを苦になさって具合がお悪いのではないでしょうか」
「確かに王妃はそんなことを言っていた。側妃に望んだのは私だが娶ってからは側妃しか抱いていない。そなたたちでは言う事を聞かぬと思い、忙しい執務の合間を縫って王妃には早く離宮へ行けと言いに行っていたがそれの何がいけないのだ?」
「それが却って噂を信憑性のあるものにしていったのだと思いますよ。知らぬ者からからしてみれば良くお通いだとしか思えない行動です。
貴族達はそもそも陛下が王妃様を国へ帰すつもりは無かったのではないかと疑っているのでしょう。噂はお二人が今も想い合っているのに犠牲になっている側妃様がお可哀想だと広まっております。王妃様は外国の方です。味方は少ないかと。それにこの国は一夫一妻制でございます。はっきり離縁されてから申し込まれれば良かったものを、陛下自らお破りになっているのです。民に示しが付きません」
「早急に王妃を離宮に押し込めて離縁をして来る。離縁届を用意せよ。付いて参れ」
「多分もう遅いと思いますよ」
と言う側近の声は国王には聞こえていなかった。
王妃は離宮に行くと言ったものの、いざ手放すとなったら全てが惜しくなった。確かに後継は産んでいない、男は嫌いだからだ。好みは女性だった。
国から見目の良い女性騎士、侍女を連れてきていた。恋人はその中の一人だった。
でも国を背負って嫁いで来たのだ。側妃が子供を産んだら自分の子として育ててみたい。なにせ王妃の国は一夫多妻制だったので感覚が違った。自分の兄妹は三十人はいるのではないだろうか。父の国王は好色だった。王妃の母も高位貴族の令嬢だったが国王に気に入られ後宮に入ることになったのだ。
夫に他に妻が出来ると聞いても平気だった。好きでもないし手も出してこない理想の相手だったのだから。まさかその令嬢が死ぬほど嫌な思いをしているなどと想像も出来なかった。
だから度々夫が離宮へ行けと言うのを断った。自分から言いだしたというのに。
☆
陛下が焦ったような足取りで王妃宮にやって来た。
「ミレーヌ、離縁だ。サインをしてくれ。もう待てぬ」
「陛下、いきなり何を仰っているの。離縁は辞めました」
「王族の言葉の重さを忘れたのか、見苦しいぞ。我が国は一夫一妻制だ。二人も妻は要らぬ」
「では側妃を離縁なされば良いわ」
「勝手なことを言うな。そなたとでは子ができぬではないか。離宮へ行きその後は国に帰ると言っていたではないか。忘れたとは言わせない。それにそなたが側妃を虐めていると国中で噂になっている」
「そんなことはしておりませんわ」
「いつまでも宮殿に居るのがその証拠だと言われているのだ。理解してくれ。
これ以上ここにいると離宮にさえいられなくなるぞ」
「側妃様に会って説明しますわ」
「これ以上事体を悪化させないでくれ。頼むサインをしてくれ」
「考えておきます」
「サインは側近に取り来させる。もう二度と会わない。これは決定だ、逆らうことは許さない」
「国際問題になりますわよ」
「そなたの真の姿を報告すれば賠償金問題だろうな」
「卑怯なことを言われるのね」
「今までの温情に感謝するのだな」
その時側近の焦った声が聞こえた。
「陛下大変でございます。側妃様がお倒れになりました。毒のようでございます」
「毒だと?王妃の手の者の仕業か。捕らえて牢に入れておけ。王妃もだ」
「わたくしは何もしておりませんわ。離しなさい、触れるでない無礼者」
「陛下の命令です」
王妃は近衛騎士に引きずられて行った。
その時既に王命で嫁いだ側妃リリアは亡くなっていた。