3 生贄
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屋敷に帰ると母と兄に陛下に気に入られた話をした。二人は仕方なく飲み込んだようだった。
「取り敢えず持っていくものを纏めなさい。ドレスはあるもので我慢して。後でメゾンで作らせて届けるわ。宝石は今持っているものと母様からプレゼントするわ。学院のお友達に挨拶の手紙を書かなくてはね」
「マリーとクラウドは連れて行かせてください」
「エリーとスタンリーとクリフにも行ってもらうわ。どんな魔物が潜んでいるか分からない宮殿に貴女を一人でなんて行かせられないもの」
「味方がいると思うだけで心強いです」
「婚礼衣装も作らなくてはね。簡単なお式になるのでしょうが綺麗な姿が見たいのよ。一ヶ月の間に買うものが沢山あるわ、商人を呼びましょう」
夫人はドレスや宝石、靴に夜着に下着と沢山のものを買った。
商人はほくほく顔で夫人の要望に応えた。
手紙を読んだ伯爵令嬢メリッサが急いでリリアに会いに来た。
「急に学院を辞めるなんてどうしたのかと思ったら側妃様になるのね。我が国は王族でも一夫一妻制ではなかったの?毎日会えなくなるなんて寂しくなるわ」
「私だって驚いているの、急なお話だったから。その事もお尋ねしたし、勿体ないですってお断りしようと思ったんだけど、押し切られてしまって駄目だったの」
「リリアって可愛らしくて綺麗なのに婚約者がいなかったものね。目を付けられたわね」
「不敬になるわよ」
「構わないわ、防音魔法を張ったもの。旦那様を共有するなんて嫌じゃなかったの?」
「私が登城したら王妃様は離宮に行かれるそうなの」
「意地悪されたりしないの?」
「あまり仲が良くないというふうに言われていたわ。内緒よ」
「あんなにお似合いだと思っていたのに意外だわ」
「私だってお会いするまでそう思っていたわ、割って入るなんて出来ないと思っていたんだけど。未だに信じられない気持ちもあるの。後継ぎには代えられないってとこかしら」
「政略結婚はしなくていけないものね。諦めないといけないこともあるわよね。女は度胸よ、頑張って」
「ええ、魔法も使えなくなるのかしら。分からないことばかりだわ」
「リリアは風魔法と氷魔法が得意よね。陛下にお聞きしてみたらどうかしら。そうだわ、卒業したらリリアの侍女になろうかしら、どう?」
「嬉しいけど婚約者の方はどうするの?」
「王宮侍女になってから結婚するわ。箔が付いて喜ばれるわ」
「それまでは宮殿に会いに来てね。手紙も書くわ」
「リリアを見守るから心配しないで」
「メリッサが友達で良かったわ」
そうして一ヶ月はあっという間に過ぎた。逃亡計画が漏れたのは王家の諜報員のせいだった。侯爵家にもいるのだが今回は負けたらしく手も足も出ない内に動向がばれていた。死んでお詫びをしますという諜報を引き留めたのは侯爵だった。悔やむなら腕を磨き直せと言ったようだ。死ぬ気で訓練のやり直しをしているらしい。
お母様が花嫁支度で忙しくされていた頃、父と兄は他の候補のことを調べていた。リリアに害をなすのかどうか探る為だった。候補になったのは一つの侯爵家と伯爵家の二家だった。
侯爵家が十七歳の令嬢で、伯爵家が十六歳の令嬢だった。侯爵家の令嬢は身体が弱かったらしく最近まで領地に住んでいたということだ。現在は健康になっている。病弱だったという理由でお断りしたと聞いた。
伯爵家の令嬢は愛人に産ませた娘だったらしく、一年前に引き取られた平民の娘だった。政治の駒にしようと引き取ったらしい。早速声がかかり喜んでいたところにリリアが選ばれたと連絡が来たのだ。愛人でもと狙っているかもしれない。
どちらも容姿は美しい。侯爵令嬢は儚げで伯爵令嬢は可愛らしい。
リリアはそれを上回り清らかで天女のような美しさがあった。髪はピンクゴールドで鼻筋は通り、瞳は金色で唇は小さくぽってりとしていた。まだ十五歳なので身体は育ちきっていないが、腰は柳腰でほっそりしている。手足のバランスも良い。胸はこれから育つだろう。両親の家系的に胸の小さな女性はいなかった。
どうかリリアが幸せに暮らせますようにと願うばかりの家族だった。
登城する日がやって来た。両親と兄が付き添うことになっている。十五年しか一緒にいられなかった家族と別れるのは辛かったが仕方がない。
朝からマリーとエリーに磨かれて陛下から贈られた青いドレスを纏ったリリアは
少女から大人になる途中の危うい色気があり、内面の輝きで光を放っているようだった。
応接室に通されたスタンベール侯爵一家は
「お座りになってお待ちください」
という執事の声でソファーに座っていた。メイドがお茶を置き出ていくと
「済まない、待たせた」
と陛下が側近を従えて入って来た。
「我が国の太陽であらせられます国王陛下にご挨拶申し上げます」
「堅苦しい挨拶はやめて欲しい。義理の関係になるわけだし。この度は勝手な願いを聞き届けてもらい感謝している。令嬢は決して粗末にしない、いや大切に慈しむと宣言しよう。リリア嬢ドレスとても似合っている。妖精のようだ」
「素敵なドレスとアクセサリーの品々をありがとうございます」
「喜んでもらえて良かった。申し訳ないが今はまだ王宮に部屋が用意できていないので離宮に住んでいてもらいたい。警備はきちんとするので安心して欲しい。侯爵それで構わないだろうか?」
「仰せのままに」
それならもっとゆっくりで良かったものを・・・と侯爵家の四人が同時に思ったのは無理からぬことだった。