2 諦め
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宮殿に登城する日になった。父親と一緒なのでまだ良い方だと思うことにした。朝早くからメイド達に磨き抜かれて髪より少し濃い色のピンクのドレスを着終わった頃にはくたくたになり、気付け薬の代わりに果実酒とチョコレートを口にした。
幼さを引き出すように髪には花を飾り化粧はごく薄くして貰った。アクセサリーも控えめな物にした。最後まで足掻くつもりだったのだ。
高位貴族の令嬢で婚約者のいないものが僅かだったとはいえ、候補とするには失敗だったと思って貰うのが狙いである。
父親と馬車に乗り宮殿に着いた。迎えに来たのは陛下の側近だろうか、若い侍従だった。豪華な応接室に案内された。
侍女がお茶を置いて出ていった。
そこへ入れ違いに現れたのは王妃様だった。
思わず貴族の礼とカーテシーをしたのは当たり前のことだったが、心臓が止まりそうになるほど驚いた親子であった。
まさか王妃様の召喚だと誰が思うだろうか。
これは側妃を辞退するいいチャンスではないだろうか。いや、辞退するように強制されるのではないかと希望が芽生えた。
「面を上げてちょうだいな。貴女が側妃候補なの?若すぎて気の毒ね、陛下はロリコンだったのかしら。まあ良いわ、陛下の趣味なんてどうでも。貴女お名前は?」
「リリア・スタンベールと申します。我が国の清らかな月であらせられます王妃様にお会いできて光栄でございます」
「我が国の清らかな月であらせられます王妃様におかれましては今日も美しく」
「堅苦しい挨拶はもう良いわ。スタンベール侯爵と令嬢のリリア様ね。陛下とこの国を宜しくお願いするわ。わたくしお役御免になりそうで嬉しいの。暫くは離宮で暮らすのだけどいずれ国に帰るつもりなの。もう勤めは果たしたのだからお金と自由を手に好きに生きるの。ではごきげんよう」
そこへ慌てた陛下が飛び込んで来た。
「どうして君がここにいるんだ。私のお客様だ」
「憂いなく去れるようにお願いしただけよ。ロリコンだったとは知らなかったわ」
「私はそんな趣味は持っていない。君の趣味のほうが特殊だろう」
スタンベール侯爵親子は何の茶番を見せられているのだろうとげっそりした。
王妃様が出ていき陛下が大きな息をつきながらソファーに腰を降ろされた。
侍女がさっとお茶を取り換えた。
「王妃が失礼をした。よく暴走して大変なんだ。きっと話を聞いたと思うんだけどもうすぐ王妃は離宮で暮らす。表向きは自分に子供が出来ず国内の声に押されて側妃が来るからだということになっている。さっさと国へ帰りたいのが本音だろう。男性嫌いだそうだ」
「政略で婚姻を結ばれたのですよね」
「国では隠していたそうだ。修道院でも行けば良いものを自分の立場を分かっていないのだ。侯爵も令嬢もそう思うだろう?」
リリアは修道院へ行こうと思っていたことがバレた気がして落ち着かなくなった。もう腹をくくるしかないと決めたリリアは父親にアイコンタクトを取ると
「陛下、不敬な発言をお許しください。気分を害されたら私だけ切り捨てくださいませ。家には咎がないようにお願い致します」
「王妃に振り回されてきたんだぞ、今さらどうってことはない。人払いもした。防音魔法もしてある。申してみよ」
「私を側妃候補にと命じられたのはどうしてでしょうか。私はまだ学生でございます。それに今日お会いするまで陛下のことも王妃様のこともよく知りませんでした。美男美女のお似合いのお二人だと思っておりました。正妃様がいらっしゃる陛下に嫁ぐのははっきり申し上げて嫌です。我が国は王族といえど一夫一妻制ではありませんか。政略で子供を作るのは貴族では仕方がないとは思っておりましたが諦めきれていないところがありました。いらぬ嫉妬もしたくありませんでしたし、虐められたりするのも嫌で、それこそ修道院に送ってもらいたいと父に頼んだくらいでした」
「まず不敬にはせぬから安心して欲しい。さっきの王妃の話から分かるように私達は書類だけの夫婦だ。だから子供ができないのが当たり前なのだ。若いそなたを選んだのはやはり子を孕み易いからだ。二人共睨まないでくれ、悪いと思っている。高位貴族の令嬢で国内で婚約者のいない者は僅かしかいなかった。そちらにも候補として申し込んでいたのだが先程の王妃のやらかしでリリア嬢そなたが側妃となった。まだ離縁が成立していないのでな。なるべく早くそなたを正妃にしよう。それに先程王妃が騒いだせいで話が漏れてしまった。あっという間に噂が広がるだろう。許して欲しい」
「頭を上げてくださいませ。父と私は口が硬いです。漏らすつもりはありません。王妃様の話は知らぬ存ぜぬで通されてはいかがでしょう。せっかく陛下が新しい王妃様を娶られるチャンスではありませんか。何人いるのか知りませんが私より綺麗な方にお話を持っていかれてはいかがかと想います」
「私のことが嫌いか?包み隠さず思ったことを言ってくれたではないか。そういうところが気に入った。裏表がなくて好ましい、すぐにでも妃にしたいくらいだ。将来側妃は娶らないと約束しよう」
やってしまった。しかも王命だ、断れるはずがない。親子は腹を括った。
陛下は金髪碧眼で陶器のような白い肌にシミ一つ毛穴一つない。目は切れ長で鼻筋が通っている。女装しても似合うかもしれないほどの美丈夫だ。
この方のどこが恐いと思ったのかリリアは不思議でたまらなかった。
「妃教育を受けて欲しいのだが良いか」
(良いかってやれってことよね、学院はどうなるのかな)
「わかりました。学院は辞めたほうが宜しいのでしょうか?」
「出来れば、そうして欲しい。警備の都合があるので早目に宮殿に越してきて欲しい。教師は最高の講師陣を用意しよう。今日から王宮の護衛を付ける」
「我が家からも護衛と侍女を付けさせていただきたい」
あまりの急展開で固まっていた侯爵が漸く口を開いた。
「勿論だ」
「娘には時々会いに来ても宜しいのでしょうね」
「先触れがあれば構わない」
「では今日は帰ろうか、リリア。失礼します、陛下」
「ええ、父様帰りましょう」
「いつ登城してくるのだ?」
「一ヶ月後には登城できるように計らいます」
「待っているぞ」
「かしこまりました」
ぐったりと疲れた親子は宮殿を後にした。