1 覚悟
どうぞ宜しくお願いします
メッサニア王国は広大な国土を持ち肥沃な土地に農業、畜産、鉱山と安定した王政の平和な国だった。
十五歳の侯爵令嬢リリア・スタンベールは王立貴族学院に通う学生だった。
兄がいるのでいずれ嫁ぐことは覚悟していた。貴族の令嬢として家の駒になることも理解をし、勉学や社交もこなしていた。
穏やかな気質で侯爵令嬢ということもあり仲の良い友人もいてそれなりに楽しい学園生活を送っていた。中でも仲がいいのはメリッサ伯爵令嬢だった。
同じクラスになり話をするうちに気が合うことがわかりすぐに打ち解けた。
昼休憩には一緒にランチを食べ、好きなドレスの話や本の話、流行りの劇の話で盛り上がった。
帰りには流行りのカフェでお茶をすることもあった。
専属侍女のマリーは五歳の頃から面倒を見てもらっている姉のような存在だった。兄とは違う優しさがあってリリアはすっかり懐いていた。
護衛のクラウドも十歳になると専属として付けられた。
五年前孤児院に慰問に行った帰りに、道路の端にぼろ切れのように倒れているのを見つけたのがリリアだった。
護衛の反対を押し切り連れて帰り、食事を食べさせお風呂に入れて着替えさせれば、金髪に緑色の目をした小綺麗な子供に変わった。その日から剣の訓練と執事の仕事を覚えさせることにした。本人も誕生日は分からなかったらしく二歳上の七歳くらいかと思い、拾った春の日を記念日にするとリリアが決めた。
クラウドを家に入れるのはお父様に必死でお願いした。
「お父様、お願いです。ドレスも宝石もいりません。この子を救ってください」
「リリア、この子はスラム街から逃げてきたんだろうと思う。もうまともではないかもしれないが、我が家の騎士団で鍛え直そうと思う。見込みがあれば頑張るだろうしそうでなければ多分逃げ出すぞ。それでも良いのか?」
「かまいません。目が綺麗です。きっと頑張ってくれます」
クラウドは地獄のような訓練に必死で食らいついていった。幸い意地の悪い先輩はおらず厳しいだけだったので心は守られた。休むまもなく夕方からは執事見習いとして働き始めた。くたくたになり寝るだけだったが、給料も僅かだが貰えるようになり暗い穴のような目に光が宿るようになった。
☆
大好きな兄のカーチスは次期当主としての教育が忙しく、中々会う時間が限られていた。
それでも嵐の夜や、理由もなく寂しくなった夜にはベッドに潜り込んで一緒に眠ってもらった。
風邪を引いて熱を出した時には家の者に止められているにもかかわらず、部屋に入り込みそっと手を握ってくれたりもした。兄の冷たい手は朦朧とする意識の中で気持ちの良さだけが残って、リリアを幸せな夢にいざなってくれた。
後で風邪が移り兄が寝込んだと知ったときは、リリアは濡れタオルで頭を冷やそうとして絞りきれず兄の枕をビチャビチャに濡らし、こってりと母に叱られたのだが。
幸せな子供時代を送っているなといつも感謝をしていた。
そんなある日父の執務室に呼び出された。
「リリア、陛下の側妃候補に選ばれた」
真っ青になったリリアは漸く声を絞り出した。
「陛下には王妃様という方がいらっしゃるではありませんか。とてもお似合いだと思っていましたわ。それに我が国は一夫一妻制ですのに。どうして・・・」
「お子様がお出来にならないからだ。外交的に隣国の王女様を迎えられたがそれが致命的な問題になっているのだ。それに王妃様はあまり政がお好きではないようだ」
「好き嫌いの問題ではないと思いますが。それに父様、旦那様を共有するなんて気持ちが悪いです。嫉妬もしたくありませんし虐められるのも嫌でございます。修道院に送ってくださいませ。神様の花嫁になったほうが幸せでございますわ。候補というなら他にもおられるのですわよね?」
「名は明かされなかったがいると思う。早く婚約者を決めておけば良かった。
それ程嫌なら、外国へ家ごと逃げるか。王命でも出されたら身動きができぬ。財産をいろんな国に預けよう」
「ありがとうございます、父様。これから荷物を纏めますわ」
リリアが部屋に戻りマリーに手伝って貰いながら必要な荷物を入れ始めた時だった。玄関のほうが騒がしくなった。
「お嬢様、見て参りますのでこのままお続けくださいませ」
お城からの使者が陛下からの勅令を持って来たのだった。内容はお茶会への招待だった。
両親と兄とリリアは重苦しい雰囲気に包まれた。
「もう逃げられる気がいたしませんわ」
「陛下が候補の為人を見られるのかもしれないな」
「やっと、十五歳になったばかりだというのに何ということだろうか」
「父様、母様、兄様心配してくださってありがとうございます。リリアは覚悟を決めましたわ。陛下にお会いします。元々父様に言われたところに嫁ぐつもりでしたもの。もしそうなっても嫌な気持ちになられるのは王妃様の方だと思うのです」
「結局無理をさせてしまうわね」
「気になさらないでお母様」
「娘の幸せを願わない親なんていないのよ。それにしてもやけに手を打たれるのが早かったわね。調べないといけないわね」
母と娘は頷きあった。