第2章「乾きの号令」第1話~異変の予感~
風が、止まっていた。枝葉を揺らすはずの微風が消え、空気は鉛のように重たく、光だけが痛いほど真上から降り注いでいる。
気づいたのは、碧苑に立つひとりの青年だった。
「……おかしいな」
カイン。 継環の五耀星にして、若さと再生を司る者。 陽気でお調子者と見られがちだが、その実、王国の循環の“兆し”には誰よりも敏感な感性を持っている。
彼は立ち止まり、空を仰いだ。 彼の額には、いつになく汗が滲んでいた。雲ひとつない空。眩い光が降り注ぐ中、風がまるで、どこかへ息をひそめたかのように消えていた。
「これ、まさか……」
遠くで誰かが走ってくる音がした。
「カイン様!大変です!」
駆け寄ってきたのは、碧苑の管理を任された若き衛士だった。 その顔は、明らかに強張っていた。
「気温が急激に上昇し,ここ数日雨も降っていません! 乾燥が……王国全体に広がっている可能性が……」
「なんだって……?」
カインの表情から、笑みが消える。
「それだけじゃありません。苑の中の若芽たちが、みんなぐったりしていて……水分の蒸散が抑えられなくなっているようです」
カインは、膝をついて土に手を当てた。 熱い。 まるで土までもが、内側から水分を奪われているかのようだった。
「……そうか。じゃあ、最悪の事態も考えなきゃな」
いつもの軽口はなかった。彼の瞳が、真っ直ぐに空の彼方を見据えた。
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皓塔――王国の中心。 その頂に、アウラはいた。
静かなその横顔に、いつもの余裕はない。 彼女はひとり、遠くに視線を向けていた。
やがて、重たい足音が階段を登ってくる。 現れたのは、朱殿を守護する女、シアだった。
「来たわね」
アウラが言うと、シアはゆっくりとうなずいた。
「呼ばれた理由は分かってるわ」
「……風が止まって、光が強すぎる。地面が焼かれてる…」
「知ってる。私の苑の枝たちも、軋んでいた」
アウラは少し俯き、口を閉ざした。 ほんの数秒の沈黙。 そして、思い切るように言葉を紡ぐ。
「私が命じれば、みんな戸惑う。反対もあるはず……だから、頼みにくかった」
「ふふ、あなたらしいわね」
シアは微笑む。 それは、どこか切ない微笑だった。
「でも、私の役割でしょう?命を守るために、命を一時凍らせる。それが朱殿の務めよ」
「……ありがとう、シア」
ふたりの視線が重なる。 そこにあったのは相談ではなく、ただの意思確認だった。
その頃――
「……変だな」
訓練場の片隅。 剣を握る手を止め、リュミエールが空を見上げていた。
空は晴れている。 風もなく、陽が強い。
「おーい、休憩だってさ。戻ろー」
背後から声をかけてきたトウカは、まだ異変に気づいていないようだった。
「……うん、すぐ行く」
返事をしながらも、リュミエールの目は空を離さなかった。
まだ誰も気づいていない。 だが、リュミエールだけが、世界の“軋み”に耳を澄ませていた。
何かが、起ころうとしている―― そんな“気配”だけが、確かにそこにあった。
第2章スタートです。乾燥という、植物にとっての大敵と、どう戦っていくのか、植物自身にどんな弊害があるのか…を描いてみました!
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