表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/64

第10章「光を繋ぐものたち」第3話「巡る命の果てに」

焔牙隊の訓練場には、乾いた土の音が響いていた。

若い兵士たちが、額に汗を浮かべながら、何度も木剣を振るっている。

「構えが甘い! ほら、肩が開いてる!」

「す、すみませんリュミエール様!」

指導に当たっていたリュミエールは、苦笑まじりに首を振った。

「謝る必要はないよ。今、ここで直せばいいだけだ。それが訓練だからね」

「は、はいっ!」

数年前なら、そんな立場に自分がいるとは思いもしなかった。

教えること。見守ること。託すこと。

それが今の、自分に与えられた役割だった。


休憩の笛が鳴り、兵たちは日陰へ散っていく。

リュミエールは額の汗を拭い、ふと、近くの丘へ足を向けた。

そこは、以前と変わらない。

土の感触も、風の香りも、揺れる木々のざわめきも。

――あの時も、ここから見えた。

眼下には、小さな集落があった。

その穏やかな景色を、静かに見下ろしながら、

リュミエールは胸の奥に沈んだ記憶を拾い上げていた。

(……あのとき、もし自分が……)

後悔は、今でも色濃く胸に残る。

すると、そんなリュミエールを見て、隣で水を飲んでいたジャロスが反応した。

「あの時のこと、か?」

リュミエールは驚いたように顔を向けた。

ジャロスは、口をゆがめて笑う。

「まだ、気にしてるのか。あの件。……お前のせいじゃねえって、何度言や気が済むんだ。だいたい、お前が気付かなかったら、どれだけ大きな被害になっていたことか」

「……でも、僕がもっと早くにノア様にお願いしていれば…ひょっとしたら今でも…」

「“もしも”なんて、考えてたらキリがねぇよ」

静かに返されたその言葉に、リュミエールは目を伏せた。

でも――次の瞬間、その瞳がふと揺れる。

(いや……待てよ)

何かが、頭の奥でつながる。

あの集落は、確か封鎖されたはずだ。

けれど――今のフィトリアは、再生された王国だ。

ならば、“封鎖された後”の状態ではなく、

“封鎖される前”の姿で存在していても、不思議ではない。

瞬間、心臓が強く打った。

足先から頭のてっぺんまで、熱が駆け上がる。

「……っ!」

リュミエールは走り出していた。

「……リュミエール?」

「……ごめんなさい、ジャロス様!」

「はあ? おい、どこに――おいって!」

ジャロスの声を背に、リュミエールは駆け出していた。

汗ばむ手のひら、荒い息。全身が熱を帯びる。

地面を蹴るたび、足がもつれそうになる。

鼓動が速くなる。呼吸が追いつかない。

汗が目に入り、視界が滲む。

(……なんで……どうして、今まで気づかなかったんだ!)

心の底からわき上がるのは、希望ではなかった。

息の詰まる思考の奥で、自分を責める声が響く。

(あの場所は……あんなにも大切だったのに……!)

(再生された王国に、あの集落が元に戻っている可能性だって――)

(少し考えれば、すぐに分かったはずじゃないか!)

(僕は……また、目を背けてたんだ)

足がふらつく。

それでも止まらない。

(怖かっただけだ。見に行くのが……何もなかったら、絶望するのが怖くて……!)

(でも……そんなの、ただの言い訳じゃないか)

自分が何を守ったのか。

何を守れなかったのか。

何を、置き去りにしてきたのか。

胸の奥が、焼けつくように痛い。

(……気づくべきだった。僕が……真っ先に、気づくべきだったんだ)

足は止まらない。

遅すぎた気づきに、追いつこうとするかのように――。

期待するな、自分に言い聞かせる。裏切られたら、今度こそ立ち直れない。

でも――

(でも、あの場所が、まだ――)

木々の間を抜け、緩やかな坂を駆け上がる。

汗が目に入り、視界が滲む。

そして――

視界が、開けた。

そこには、あった。

朝の光の中で、穏やかに過ごす人々。

子どもたちの笑い声。

木造の家々の間に、かつてのような生活のにおいがあった。

そして…

封印の輪は、どこにも、見当たらなかった。

視界が、滲んだ。

理由は分かっていた。

こみ上げてくるものが、止まらなかった。

(やっぱり……間違ってなかった……)

涙を拭おうと手を上げた、そのとき。

「まったく、いつまで待たせるのよ。次の春が来ちゃったじゃない」

背後から届いた声は、夢でも、幻でもない。

耳が覚えていた、胸が忘れたことのない――あの、芯の強い声。

リュミエールは、息を呑んだ。

その声を、何度思い出したか分からない。

何度も夢で聞いた。

何度も心の中で繰り返した。

でも今、その声は、現実だった。

ぎこちなく振り返る。

濃い赤の影。

柔らかに揺れる髪。

こちらを見つめる、まっすぐな瞳。

「……ごめん。遅くなった」

風が吹いた。

柔らかな草木の匂いが、空に舞う。

「やっぱりあんたは私がいないとダメね」

その声に、リュミエールは一歩も動かず、ただ立ち尽くした。

目に溜まっていた涙が、頬を伝ってこぼれ落ちる。けれど、その顔に滲むのは、哀しみではない。

まっすぐ前を向いたまま、彼は、確かに微笑んでいた。

その笑みには、想い続けた日々と、それを越えてきた歩みのすべてが宿っていた。



春だった。

新しい命が、確かに芽吹いた春。

あの時、皆で守った種子が、

今、こうして芽を伸ばし、枝を広げ、再び人々を包んでいる。

花はまた咲き、風は巡る。

植物の命は、いつだって、そうやって繋がっていくのだから。


終わり


ここまで読んでくださりありがとうございました。植物の世界を、少し知ってもらえたのであれば嬉しいです。もし、少しでも良かったと思っていただけたのであれば、感想、ブックマーク等よろしくお願い致します。


もし、次回作を、描くことがあれば、またよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ