第9章「奪う者、繋ぐ者」第8話「疑念の芽」
「全隊、退け――!退避だ!」
ジャロスの咆哮が響いた。
土の層が軋み、根がきしむ。
命繋の部隊が、一斉に後方へと撤退を始める。
後方に残した傷跡には、無数の影が蠢いていた。
さきほど打ち倒した軍勢の――十倍はあろうかという規模。
そのひとつひとつが、這うように根を伸ばし、王国を目指していた。
「急げ!はぐれるな――!」
リュミエールは走る。
土に散った仲間の名を思い出す暇もない。
その横で、ジャロスが振り返ったまま、隊列の殿を守っている。
「まだ来る……チッ。キリがねぇ……!」
必死の退避により、部隊はどうにか王国の外縁部までたどり着いた。
ひとまずの安全圏に入った頃には、誰もが膝をついていた。
顔を上げる者の目にあったのは――恐怖、そして絶望。
「……あれだけ倒しても……」
「次から次へと……どうすれば……」
「もうだめだ……あんなの、勝てるわけない……」
重く沈む空気の中で、ただ一人、リュミエールだけが目を伏せず、じっと遠くを見つめていた。
視線の奥にあったのは、恐れでも怒りでもない。
揺るがぬ疑念――何かを問い続けるような、沈黙だった。
「……呼ばれたって、言ってたな……」
誰にともなく、ぽつりと呟く。
あのとき、ストラギアの隊長が言い残した言葉が、まだ耳に焼き付いていた。
『お前たちが呼んだんだ。呼びかけに応じて、俺たちは発芽した。』
「リュミエール?」
ジャロスが振り向いた。
「……やっぱり、あの言葉が気になるか」
ジャロスが目を細め、リュミエールを振り返る。
「あいつは言ってた。呼ばれたから来たって……。
なら、僕たちの中に、やつらを“呼んだ”誰かがいるってことになる」
リュミエールは、ぎゅっと拳を握った。
「……そんなはず、ない。でも、もしそれが本当なら――」
胸の奥がざわめく。
誰が?何のために?
呼び寄せた?ストラギアを?
ジャロスは黙って空を仰ぎ、
しばし遠くを見つめたあと、一歩だけ前に出る。
そしてリュミエールの肩を軽く叩いた。
「……まずは報告だ。皓塔へ向かうぞ。着いてこい、リュミエール。」
皓塔。
王国の中枢、光を受ける高台に建てられた白い塔の一室。
五耀星と命繋の隊長たちが、再び顔を揃えていた。
会議室に入るや否や、ジャロスが報告を始める。
「敵軍の一団はストラギア王国と名乗っていた。交戦し、一度は殲滅した。だが……」
言葉を切る。
その表情には、わずかに影がさしていた。
「……まるでキリがなかった。倒しても、次が来る。
しかも、こっちの十倍はいる……総退避するしか、なかった」
重苦しい空気が落ちた。
だが、誰も責める者はいない。
「いえ、正しい判断でした」
アウラが静かに口を開く。
「王国は――一時的とはいえ、確実に守られた。それだけで、今は充分です」
「俺たちの方も、進展はあった」
ジルヴァが言った。
「アウラと協力して、王国の構造を物理的に捻じ曲げた。
奴らの根の進行は、幾分か緩やかになってるはずだ」
「寄生された根については、細胞死を誘導しました」
エリスの声は淡々としていたが、その瞳には確かな意志が宿っていた。
「組織の巡りは断ち切られ、進行は食い止められています」
「備蓄の再分配も完了したよ!」
カインが、テーブルの上に何枚かの記録紙を置く。
「どこに何を運んだか、全部リネアが整えてくれてる。今のところ、抜けはない」
「流れの偏りはありません。全体のバランスも安定しています」
リネアが端正に言い添えた。
「気孔閉鎖の準備も、進めてるわ」
シアが窓の外を見ながらつぶやく。
「水分が奪われれば即座に対応できるよう、警戒は続けてる」
「王国全体の防御層も、随時張り直しております」
ノアの声は落ち着いていた。
「いくつかの外壁では侵入を防げた報告もあります。今のところ被害は広がっていません」
「他国への連絡も済んでる」
ミコルが淡く笑いながら言った。
「……今のところ、被害が出てるのは、うちだけみたいだけどね」
そこまで一気に報告が流れたあと、静かに手を挙げたのは、リュミエールだった。
「僕からも……伝えたいことがあります」
その場に視線が集まる。
リュミエールは言葉を選ぶようにして、ゆっくりと口を開いた。
「あの時……ストラギアの隊長が、こんなことを言っていました」
『俺たちは呼ばれた。お前たちの呼びかけに応じて、ここに来た』
ざわっ、と空気が揺れる。
「呼ばれた?」「どういうことだ……?」
「つまり、誰かが……?」
「……裏切り、ってことか……?」
カインが低く言った。
「まだ確証はありません」
リュミエールは首を振る。
「でも……あの言葉は、嘘には聞こえなかった。何かを受け取って、彼らは発芽したんです」
リネアが静かに言った。
「ならば……その“呼びかけ”を出した存在を、突き止めなければなりませんね」
「だが誰が……何のために……?」
ジルヴァが腕を組み直す。
誰もが考え込む中――
その中で、ただ一人。
青ざめた顔で、身じろぎもせずに俯いている者がいた。
ミコルだった。
その肩が、かすかに震えていた。
リュミエールが、不安げに名を呼んだ――
「ミコル様……?」
しかし、呼びかけに応じることなく、ミコルは俯いたまま、唇を強く噛んでいた。
ミコルのせいなのか…はたまたリュミエールの練習のせいなのか…真相はわかりませんが,菌根菌を呼ぶシグナルによってストライガは発芽します。加えて大地も乾燥を始めている…相手の国も気孔を閉じるため,しばし休戦になると皆は予想していますが,果たして…




