第9章「奪う者、繋ぐ者」第7話「侵略の理由」
王国の地層の奥――
そこは、光も届かない、静寂の狭間だった。
リュミエールは、ジャロスと共に、根の先端近くを巡っていた。
寄生された箇所の境界。
それは、侵略者がいつ再び姿を見せるかわからない、緊張の空間でもあった。
「……ここだ。気配が濃い」
ジャロスが片膝をつき、手を土に当てる。
鋭く立った髪が、かすかに震えた。
突如――
「っ! 来るぞ!」
ジャロスの叫びと同時に、周囲の土が爆ぜた。
木の根に似た長い組織が飛び出し、リュミエールたちに襲いかかる。
「やはり来たか……!」
ジャロスが一歩、地を蹴る。
その腕から、深紅に染まった鉤爪がせり上がるように展開された。
鋭く、熱を帯びるような爪。
それは、王国の守護者にのみ許された武器だった。
しかし、リュミエールはそれを制した。
「待ってください!……対話の余地があるかもしれません!」
土の中から、次々と姿を現す影たち。
命繋の装束に酷似した姿だが、微細な模様や色調が違う。
そして、彼らの中央には――隊長格と思しき個体がいた。
「お前たちは……一体、何者なんだ……?」
リュミエールの問いに、中央の個体が一歩踏み出す。
「我々は――ストラギア王国。生きるために、根を伸ばす者たちだ」
「なぜ、こんなことを……!王国を侵略してまで……」
リュミエールの問いに、影の隊長は淡々と答える。
「生きるためだ。……それ以外に、何が必要だ?」
「……光合成は、できないのか?」
「できる。だが、足りない。我らの成長は速すぎる。
自身の光合成では、追いつかない。
我らはずっと、こうして生きてきた。
悪く思うな。それが我々の“命の形”だ」
ジャロスの咆哮が響いた。
「ふざけるな! 自分たちで賄えないなら、静かに枯れていけ!
他国を道連れにするなッ!」
目を細め、影の隊長が小さく笑った。
「……何を言っている?我々を呼んだのは――お前たちだ」
「……は?」
リュミエールの声が掠れる。
「お前たちの呼びかけに応じて、我々は発芽した。
土の奥に響く“あれ”に惹かれて、我々は根を伸ばした。
――招かれたのは、我らの方だ」
リュミエールの視界が揺らいだ。
――自分たちが呼んだ?
そんなはずは……ない。
「誰かが……王国を裏切って……?」
「……何のために……」
「それは知らない。だが、事実だ」
膝が、震えた。
世界が、音をなくしていく。
そのとき。
「しっかりしろ、リュミエール!」
鋭く叱責する声。
ジャロスだった。
その目には、怒りと共に、不屈の光が灯っていた。
「今は真相を探る時じゃねえ!
目の前の奴らが、王国の命を削ってる。それだけが、確かなことだ!」
その言葉が、深く刺さった。
リュミエールの胸の奥に。
「……はい!」
次の瞬間、戦闘が始まった。
命繋の兵士たちが集まり、攻撃の布陣を敷く。
ジャロスが最前線で鉤爪を振るい、リュミエールも武器を抜いて続いた。
敵の軍勢の中、ひときわ強い気配を放っていたその男――
ストラギアの隊長格は、音もなく歩み出た。
その体から伸びる黒褐色の根が、土を割り、周囲の水脈を奪い尽くしていく。
「お前が……この部隊の長か」
リュミエールは腰を低く構えた。
剣に集う光が、緊張に震えている。
だがその前に立つ相手は、何かを失い続けてきた者の目をしていた。
「なぜ、ここまで……!」
「同じだろう。お前たちも、生きるために戦っているんじゃないのか?」
――次の瞬間、視界が弾けた。
ストラギアの隊長が放った一撃は、まるで空気を裂くように速かった。
リュミエールは防ぎきれず、地面を転がる。
剣を握る手が痺れる。腕に走る鋭い痛み。
それでも立ち上がるが、敵は容赦なく距離を詰めてくる。
「……もうやめろ、立つな。
お前たちは、十分に守った。
今度は……俺たちが、生きる番だ」
土をえぐるような動作で、敵の根がリュミエールに迫った――その瞬間。
「させるかよ!!」
風を裂いて飛び込んだ影。
赤い閃光とともに、巨大な鉤爪が唸りを上げ、敵の攻撃を叩き落とした。
そのまま踏み込んだジャロスの一撃が、隊長の胸を深く穿つ。
「ッ……が……!」
ぐらりと揺れた隊長の体が、崩れるように地面へと沈む。
「私たちも……生きたかっただけ、なのに……」
その声は、土に吸い込まれていった。
静寂が戻った。
リュミエールは、ただその場に立ち尽くしていた。
剣を握る手の力が抜ける。
膝が揺らぐのを、ぎりぎりで踏みとどめた。
「……生きたかっただけ、なのに」
さっきまで敵として目の前にいたその男の声が、
いつまでも耳に残って離れなかった。
どうしてだろう。
勝ったはずなのに――
胸の奥が冷たいもので満たされていく。
この勝利の先に、本当に“何か”を守れたのか。
この土の上に倒れた命と、王国のために立ち続ける自分。
何が違った?
「リュミエール……大丈夫か?」
背後から、ジャロスの声がかけられる。
「……はい、大丈夫です」
いつもと変わらぬ口調で返すことはできた。
けれど、瞳の奥に揺れるものだけは、
まだ言葉にならなかった。
リュミエールはそっと剣を納めた。
戦いは終わった。
けれど――
何かが、心の奥に刺さったまま、消えてくれなかった。
言葉でもなく、傷でもなく。
ただ、熱を失わない棘のような感情が、胸の奥で疼いていた。
(……僕は、本当に、これでよかったのか?)
倒れたストラギアの隊長の顔が、瞼の裏に残る。
怒りと悲しみと、わずかな諦めが混ざった表情。
その奥に、リュミエールは“誰か”を見てしまった。
自分に、重なるものを――。
ふと、脳裏に
あの声が蘇る。
『あんたはさ、優しすぎるんだよ』
『でも、その優しさは、誰かを守る強さにもなるってこと、忘れないで』
(……トウカ)
その声は幻だったかもしれない。
けれどリュミエールの胸には、
確かに、彼女の熱が宿っていた。
「……リュミエール!」
我に返った彼が振り返ると、
ジャロスが、一歩前に出ていた。
「皆、よくやった! これが命繋だ!」
その声は土を震わせ、
熱気を孕んだ風のように、兵士たちの間を駆け抜けた。
「恐れるな!奪われても、奪い返せばいい!
俺たちは、命を守るためにここにいるんだ!」
歓声が上がる。
誇りと興奮、そして安堵の混ざった咆哮。
仲間たちの武器が天を突き、土が震えた。
リュミエールはその輪の中に立ちながらも、
声をあげることができなかった。
(彼らは――)
(何のために、生きようとしていたんだろう……)
熱狂の渦の中で、
ただひとつ、冷たい違和感が残った。
そのときだった。
土が、再び揺れる。
低く、重い響き。
「……何だ……これは……」
姿を現したのは――
さきほどの軍勢の十倍はあろうかという大軍だった――。
どの植物も,自分が生きるために精一杯活動している。それが,他者を侵食することになっても,悪気があるわけじゃないんです。植物たちの争いに正義なんてない,ただ,この物語では,フィトリア側に立った視点で描かせていただきます。決してストライガが悪者ではないんですよ。農作物への被害は甚大なので,人類にとっては圧倒的に悪者ではありますが…




