第9章「奪う者、繋ぐ者」第4話「隠された不一致」
王国の空気には、確かな回復の兆しがあった。
菌根菌との取引が功を奏し、欠けていたリンは補充され、根と葉の成長も順調に進み始めていた。
巡りの流れが戻り、人々の足取りも軽やかになる。
リュミエールもまた、日々様々な隊を渡り歩き、巡環士としての責務を果たしていた。
この日は調律隊。
空気の流れや物質の循環を調整する役目を担う部隊だ。
案内された先には、調律隊の隊舎で軽やかに働くカインの姿があった。
その手は休むことなく、物資の入った小さな結晶を次々と各地への輸送路へと流していく。
「これは――巡りの細かった南の葉群へ。
あれは――前回回収しきれなかった外壁沿いに。
……おっと、これはまだ貯蔵しておかないとね。そろそろ乾季が来る頃だ。」
弾むような声とともに、物資の流れは淀みなく進んでいく。
リュミエールは、その鮮やかな指示にただただ見惚れていた。
「……すごい……。
どこに何が必要か、全部頭に入ってるんですか……?」
「そりゃまぁ、これでも五耀星の端くれだからな!」
カインはいたずらっぽく笑うと、手のひらにある透明な球をひとつ放り上げて、また次の流路へと送り出す。
「巡りってのはね、流れ出す時よりも、“滞らせない”ことのほうがずっと大事なんだよ。
あふれさせてもダメ、足りなくてもダメ。バランス命。……料理と一緒さ。」
「料理……ですか?」
「そう、素材も火も道具も、同じでも――順番ひとつで味がまるで変わる。巡りも似たようなもんだよ。」
楽しげに話しながらも、カインの手は止まらない。
だが――。
「……ん?」
ふと、その動きが止まった。
目の前にある貯蔵庫の扉を、少しだけ開けたまま、カインは首を傾げた。
「思ったより少ないな……リネア、ちょっと見てくれるか?」
後ろから、資料を手に現れたリネアが、怪訝そうに眉を寄せて覗き込む。
「おかしいですね……
先週の光合成量を考えれば、もう少し蓄えてあってもおかしくないのですが……。」
「うん。絶対おかしい。
ちょっと運び出した記録を洗い出してみよう。悪いけど、一覧作ってくれる?」
「かしこまりました。」
リネアの落ち着いた返答を横に、カインはすでに次の手順を考えていた。
複雑な物資の流れと備蓄量を即座に把握し、状況を整えていく姿――
リュミエールはその冷静さと瞬発力に、思わず見入っていた。
「……あんまり見つめるなよ、照れるじゃないか。」
カインがひょいと指先で髪をかき上げる。
「いえっ、なんでも……っ!」
リュミエールは慌てて視線をそらしたが、胸の奥にじんわりと熱が灯るのを感じていた
***
数日後。
リネアが仕上げた報告書には、ある一つの不一致が記されていた。
計算上の同化量と、実際に使われた物資の量が、どうしても一致しない。
そして――明らかに記録にない“持ち出し”が存在していることが判明した。
「やっぱり……誰かが、備蓄を勝手に使ってる。」
リネアの声は落ち着いていたが、その奥にある緊張は隠せなかった。
「これは調べる必要があるな。」
カインが腕を組み、重く頷いた。
「王国の巡りを乱すような真似、見逃すわけにはいかない。」
そう言ったカインの目は、冗談を飛ばしていたときとは違う。
巡りを守る者としての、静かな怒りをたたえていた。
リュミエールは、鼓動が速くなるのを感じながら、その場に立っていた。
何かが――少しずつ狂い始めている。
けれど、それが何なのかは、まだ誰にも見えていなかった。
カインはサイトカイニンです。
植物体のなかで、どの器官が栄養を受け取る“シンク”になるのかを決める役目を持っています。
弱っていく葉にそっと手を添え、そこへ栄養を呼び寄せる。
その働きのおかげで、葉はすぐには老け込まない。
そばには、成長を助けるブラシノステロイドがつき添っている。
そんな様子を描いてみました。




